第三話 物語の始まり
《???:桃太郎》
揺れる身体。
頬に当たる雫、誰かの吐息。
視界は不明瞭。
モヤモヤとしていて何もわからない。
わかっているのは、
誰かが僕を抱えて雨の中走っているということ。
あぁ、またこの夢か。
だけど、何かがいつもと違う気がする。
今日の雨は、強い。
……いや、
むしろなんで気が付かなかったんだろう。
今まで見てきてた夢で、
雨なんて降っていなかったことに。
「守る、必ず」
声が聞こえた。
相変わらず視界は不明瞭。
だけど走り方で夢の中の人と
同じ人なんだということはわかる。
僕はこの人の声を初めて聞いた。
「……との約束は……守る。……は……が守る。必ず……」
頬にあたる一粒の雫。
あぁ、そっか。だからだったんだ。
今日も、暖かい──
────────────────────────
《???:桃太郎》
「起きるのじゃ。おい、起きるのじゃ」
「どけ栗。私が叩き起こしてやる」
「よせ朔夜。お主は休んでおけ」
「うがー! 桃起きろ〜〜!」
僕は経験したことのない揺れで。
いや、もう転がされているから揺れとかじゃない。
とにかく最も絶望的な起こされ方をした。
「痛いよ朔夜さん……」
「えー、私じゃないよー?」
「朔夜さんしかこんなことしない。栗太郎なら一生こんなことしない」
「むー」
「ふっ、信用の差じゃな」
むくれる朔夜さんと、少し誇らしげな栗太郎。
僕たちはどこかの洞窟にいるみたいだ。
強い雨の音がどこかから聞こえる。
「洞窟? こんなところあったっけ」
「さぁー? 私も知らん。起きたら私はここにいた」
「ふむ。二人には内緒のワシの秘密基地じゃ」
「私たちが知らないようなところを栗太郎が知ってるとは思えんがな〜」
「確かに。もしかしてここって山の外?」
「いや、まだ山の中じゃな」
「そっかぁ。やっぱ山って広いんだね〜」
と、僕は何かに気づく。
僕は知らないところで寝ていた?
朔夜さんも?
なぜ? どうして?
とっかかりのない記憶を必死に摘み出す。
(僕たちは夜ご飯の準備をしていた)
焦燥感が胸を掻きむしる
(そこで僕は般若っていう変な人にあった)
思い出すだけで心が苦しくなっていく
(そしたら爆発音がなって……)
心音が高まっていくのがわかる
(朔夜さんとあって、他の誰かに襲われて……)
そして僕は全てを思い出した。
「……!! じっちゃんとばっちゃんは!?」
「わからぬ。朔夜から聞いた話もふくめると少なくとも相手は三人以上いる。無事ではないかもしれん」
「なら助けに行かなくちゃ!!」
「ならぬ」
「どうして!!」
栗太郎も朔夜さんもどうして。
じっちゃんとばっちゃんは大切な家族で。
僕たちに取っては親のようなものなのに……。
「奴らはお主を探しにきておるのじゃ」
「僕を?」
「そうじゃ。
「言ってる意味がわからないよ!! 僕だけでも助けに行く!!」
「待つのじゃ!」
僕は入り口へと駆け出した。
栗太郎の声が遠ざかっていく。
追ってきてくれるわけじゃないんだ。
確かにあの人たちは怖い。
でも、だからって
じっちゃん達を見捨てるわけにはいかない。
栗太郎も朔夜さんも見損なった。
もう別にいい。
僕だけがいても何にもならないかもしれないけど、
二人に恩返しをするんだ!! 絶対助けて見せる。
その時、一陣の風が頬を撫でた。
「桃、私を見ろ」
僕の数歩先。
洞窟の入口に朔夜さんのシルエットが見えた。
走ってくる音は聞こえなかったし、
何より一瞬だった。
まるで瞬間移動のように。
僕は、ゆっくりと朔夜さんに近づく。
見慣れた朔夜さんに、見慣れないものがあった。
額の少し上に一本のツノが。
「朔夜さん。それ……は?」
「いいか、桃。私は鬼だ」
「朔夜さんが鬼?」
「あぁ。そして私だけじゃない。
「鬼? 鬼ってあの危険って言ってた??」
「あぁ。それだけじゃない。お前はただの鬼じゃない。鬼の……頭首だ。今代のな」
鬼の頭首?
昔、聞いたことがあった。
平和を目指し、妖怪との平和条約が成るその日。
何者かに殺された悲しい鬼の頭首の話を。
鬼を率いる最強の優しい鬼の話を。
「おかしいよ朔夜さん。またそうやって騙そうとしているんでしょ。だって、僕が鬼のはずがない。ツノだって! ほら!!」
僕は自分の額を触りながら言う。
間違いない。ツノはない。
「お前はまだ未熟な鬼だからツノがないだけだ」
「未熟な鬼が頭首な訳あるもんか!」
「めんどくさいなぁ。鬼なんだから鬼なんだよ!!」
「朔夜さんの嘘つき! すぐ嘘つくくせに!!」
朔夜さんの顔が一瞬悲しそうな顔になった。
「良いか。お主が頭首だという理由じゃがな」
栗太郎が追いついてきて話を引き取る。
「お主は先代頭首、
「
「そう、前聞いたことがあるじゃろう。最強と呼ばれ、妖怪との和平条約を結ぼうとし、命を落とした心優しき鬼の頭首。それがお主の父の名前じゃ」
「そんな……でも……!」
「お主の本当の名前は
「
「左様。それにお主の左手にある六芒星の印。それが頭首の証じゃ」
「これが……」
僕は左手の小手を外す。
そこには三角と三角が重なった六芒星がある。
「これ、朔夜さんがただの珍しいほくろって言ってたじゃん」
「本当のことを言えなかったからな」
「んむ。ほくろじゃなくてせめてアザって言えばいいのにって思っておった」
「栗、今さらそんなこと言うな!」
「こんな話はどうでもいいのじゃが」
「そうだよ! なんで今まで教えてくれなかったの!?」
もし、この話が本当だったとして。
じっちゃんもばっちゃんもみんな鬼だったとして。
どうして僕にだけ黙っていたのか。
「お主を救った男が
「お父さんが?」
「
「そんなことを、お父さんが」
まだ、会ったことないお父さん。
もう、会えないってわかってしまったお父さん。
でも僕は、お父さんに愛されてたんだ。
捨てられたんじゃなかったんだ。
……僕はずっと不安だった。
誰もお父さん達の話をしないから。
ある年齢から思うようになった。
誰も話さないのは、
僕に知らせたくないことがあるからだろうって。
だって、みんな優しいから。
「お主を探しにきたあいつらは、おそらく頭首の座を狙っておる」
「頭首の座を?」
「そうじゃ。頭首の座を得るには四つの方法がある」
栗太郎がいうには以下の四つらしい。
一つ 頭首の心臓を喰らうこと
二つ 頭首より直接譲り受けること
三つ 頭首が死に誰も受け継がなかった時、
誰かが勝手に選ばれること
四つ 頭首にある戦いを挑み、それに打ち勝つこと
「つまり、お主を連れ帰って脅して譲り受けるもよし。勿論、そのまま殺すもよし。ということじゃ。悪しき鬼に頭首が渡れば、今以上の鬼の被害が出るじゃろう。頭首は力の象徴じゃからな」
「じゃあ、般若って人や朔夜さんと僕を眠らせた人が探してたのは……」
「十中八九、お主のことじゃろう。それに、その『般若』という名前は少し特別な意味を持つ」
「特別な意味?」
「そうじゃ。『般若』とは代々鬼の頭首に使える側近。いわば幹部の名前じゃ。初代に仕えた六人の鬼の名を襲名した『
「六芒鬼……」
それは、初めて聞くはずなのに、
なぜかしっくりくる名前だった。
「『
「いったい誰が……」
「詳しい話はわからんがの」
朔夜さんが会話に加わってきた。
「……私の母は先代の夜叉だ。お前の父の
「ちなみに龍仙が先々代の頭首。辰樹は龍仙の『紅葉』じゃった。確かに今は危険な状態じゃろうが、あやつらがそうやすやすと殺されるとは思えぬ」」
「僕は……どうしたらいいの」
僕は、正直もうパンクしそうだ。
何も考えが浮かばない。
僕が捕まることで
この国が不幸になるかもしれない?
じゃあどうしたらいいの!?
「お主が頭首として生きるのか、そうでないのか。どちらを選ぶかは、今決められぬじゃろう?」
「……うん」
「なればお主も。お主の
「僕の
「左様。お前の父
僕は無言でうなづく。
「お主が逃げ隠れ続けるにせよ、迫り来る鬼と戦い続けるにせよ、
「心から信頼できる、守りたいと思える人たち……。僕に取っては栗太郎や朔夜さん達みたいなってこと?」
「ふふっ。そう言われるとむず痒いのう」
栗太郎は珍しく照れている。
朔夜さんは当たり前みたいな顔している。
ちょっとムカつく。
「そこでだ、桃。私はお前の六芒鬼になってやらんでもない。ただし『夜叉』だ。それ以外は認めん!!」
謎のスーパー上からお願いが発動された。
朔夜さんのデイリースキルだ。
「栗太郎、夜叉とか般若とか何か意味はあるの?」
「まぁ初代の特徴とかに合わせて近しい者を選んだりすることはあるみたいじゃが、概ねどうでもいいんじゃないかのう」
「え〜。なんか適当」
「だってワシ知らぬもん」
「もん! ぷぷーっ!! 栗が『もん』だって!!」
「お主は毎日言ってるじゃろう。今朝も確か……」
「こ、こほん! どうする桃。私に夜叉になって欲しいか? ん? ん?」
僕はチラッと栗太郎の顔を見る。
言葉は交わしてはいないが
栗太郎の言いたいことが聞こえる。
お主の心が答えじゃ と。
僕は、朔夜さんのことを……信用…………してる?
でも人のご飯を取るし、すぐ嘘つくしなぁ……。
でも、僕が危ない時はいつも助けてくれた。
僕だけじゃない。
朔夜さんが仲間を大切にするところを
何度も見てきた。
実際、さっきも僕のために戦ってくれていた。
朔夜さんを見るとソワソワしてる。
私日頃の行い悪いしなー。
って顔でソワソワしてる。
顔に描いてある。自覚はあったんだね。
見てたら、なんだか面白くなってきた。
「朔夜さんすぐ嘘つくしなー」
「もうあんまりつかないもん!」
「もん」
「うるさいぞ栗!」
「人のご飯を横取りするしなー」
「今度からはその分用意すればいいだけだ! みんなでな!!」
取らないという選択肢はないらしい。
「ふふっ」
「どうするんだ! こんなに可愛くて強い私が側近だぞ! 出るところ出れば、私モテモテなんだぞ!」
「冗談だよ朔夜さん。あまりまだよくわかってないけど、『夜叉』お願いしてもいい?」
「し、仕方ないな〜! 桃がそこまで言うなら渋々な! 渋々だからな!!」
「お願いしますっ。でも、どうしたらいいの? 僕が宣言したらそれで終わり?」
何か役所とかに書類出すのかな。
鬼役所みたいな。
「お主の左手を六芒鬼とする者の左手と繋ぎ、今回の場合は『夜叉に命ずる』と言ったようなことを言えば良い。受ける者がそれに肯定で応えたら、あとはその手の甲の『
「これそんなかっこいい名前だったの!」
「桃! 早く手!! 手ぇ繋ご!!」
またもや朔夜さんはソワソワしてる。
子供の頃におもちゃ買ってもらった時のように。
「ええと、朔夜さん。僕の夜叉になってください」
僕は朔夜さんの左手と握手して言った。
「んむ! よかろう!! 仕方ないな!! 渋々な!!」
まだ言ってる。
と、その時。
朔夜さんの左手の甲が眩く光る。
そして、光が収まったと思えば、
僕の
ただし、真ん中には『夜』という文字が
存在感を示すように浮かんでいる。
「やったやったー! これで母と同じ夜叉だ!! 並んだぞー! わーい!!」
珍しく朔夜さんがぴょんぴょんしている。
朔夜さんが限りなく機嫌がいい時にだけ出る、
通称ぴょんぴょんモードだ。
「お主の
栗太郎に言われて僕は手の甲を見つめた。
さっきは線だけだった六芒星の一角と
その内側の中心の一部が黒く塗りつぶされている。
それはまるでひし形の様な形で。
「夜叉が決まったことでお主にも頭首としての始まりが来たと言うことじゃな」
「頭首としての始まり……」
「左様。
「真の頭首?」
「頭首のためならば命を張ることができ、また、その
「そっかぁ……」
鬼も昔から悪い人たちってわけじゃなかったんだ。
「よーし! 私と言う最強物件を引いてしまった後じゃ以降全てが二流以下になるが、ほら! 探しに行くぞ
「そっか。ねぇ、栗太郎は
「ふむ。ワシは別にならなくてもお主の味方じゃしのう。ある程度探してみて見つからなければワシがなろう。味方は多い方がいいからのう」
「ん〜。わかった! 栗太郎がそう言うなら多分そうだと思う!」
「や〜い、思考放棄〜」
ぴょんぴょんモードの朔夜さんは
結局、別ベクトルでうるさい。
こうして、
正直、今でも鬼の実感はない。
でも、僕は二人の話を信じることにした。
いつも助けてくれた大事な二人と共に。
僕は未知なる外の世界へと旅立つんだ!!
……そう、ここが物語の始まり。
いくつもの話が折り重なる僕たちの記録の始まり。
一つの世界が終わるまでの、始まりだ。
────────────────────────
《近辺の山》
「まったく。お二人ともどうかしていましてよ」
「ハハハハ。そうカリカリしないで下さいヨ」
「せっかく頭首の子を見つけたって言うのに二人して逃すだなんて」
「黙れ」
山の深い森の中、三人の人影があった。
傍には二つの倒れた人影。
「ホラ、羅刹サンがしつこいから仁王サンがお怒りデスヨ」
「貴様もだ般若。余計な口を叩いて余をこれ以上怒らせるな」
「まったく。いったいどうするつもりですの? 今追えばまだ間に合うんじゃなくて?」
「どうやったのかは不明デスガ、マァ、我らがリーダーであらせられる『仁王』サマが負ケタ訳ですカラ、追ったところで上手くいくかワカリマセンガネェ」
般若はうやうやしく言って茶化す。
「般若、貴様死にたいか?」
「ソンナ訳、あるとお思いデスカ? お強いリーダー殿。ハハッ」
「二人ともいい加減にしましてよ! ……まぁ、でも仕方がないですのよ。流石は最強と呼ばれた頭首の息子ってことですわ」
「たわけが。余を破ったのは頭首の小僧ではない」
「じゃあ誰ですの?」
「……
その名を聞き、般若と羅刹の表情が変わる。
「
「ナルホド……デスネェ」
「あぁ。悔しいが般若の言う通りだ。余ら三人だけでは戦況は覆りかねん。幸い土産もできたことだ。この二人を
『仁王』と呼ばれた男は、
目で転がる二人を示した。
「ダソウデスヨ、羅刹サン」
「なんでわたくしが?」
「空、飛べるジャナイデスカ。私二人かついデ歩くの嫌デスヨ」
「わたくしも嫌ですわよ! 疲れますわ! 貴方の数いる部下に運ばせればいいでしょう!」
あぁだこうだと揉める様を見て、
ため息をついて仁王は言った。
「羅刹、貴様が行け」
「……理由をお伺いしても?」
「般若には周りを探させる。今は少しでも情報が欲しい。人海戦術はうってつけだ」
「承知いたしマシタデ候! リーダーノ命令ハ絶対デスカラねぇ?」
「はぁ、わかりましたわ。貴方はどういたしますの?」
「余は城に戻る」
「それも大切な仕事ですものね。ではまた」
そう言って羅刹は
黒くうごめくものを操り棺桶を二つ作った。
それらに二人を入れ、
赤黒く生成された鎖で棺桶を肩にかけ
背から赤黒い翼を出す。
「あぁ〜、重いですわ〜!!」
飛び立つ羅刹を手を振りながら見送る般若。
羅刹はキッと一瞬般若を睨み、
そのまま飛んで行った。
『ピーーーーュゥ』
指笛特有の高い音が鳴る。仁王だ。
近くで控えていたのか、
白く立派な馬が駆けつけてきた。
仁王は二、三度たてがみを撫で付け、
ヒョイとその背にまたがる。
「さて、余も行く。童たちの動向を頼んだぞ般若」
「オオセノママニー」
軽快な足音を鳴らし、
仁王は深き森へと溶けていった。
「サテサテ、探シ物ハ見ツカッタ。楽シミデスネェ……」
誰の耳にも届かないだろう独り言を残し、
般若も森へと消えていった。
──────────────────────
読んでいただけてありがとうございます!
ここまでが導入部分になります!
ここから第一節『旅立ち編』が
五十話くらいまで続きます!!
星をつけるならこのタイミングです!わら
ここまでで刺さらなかったら多分刺さらないかと……
さて!
みなさんのレビュー、コメント、フォロー、
そして流れ星 ミ☆ 本当にありがとうございます(˘•̥⧿•̥˘ )
すんごい力になっております!!
素敵だと思ったら☆3を
まあまあと思ったら☆1を
ぜひお願い致します(* .ˬ.)
では、次話でまたお会いしましょう!
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