第56話 Initiative

 天抄湖南岸。

「天女の里公園」と呼ばれる広場の中心には、布織山に舞い降りた天女がひとすくいの水から湖を作ったという、羽衣島の伝説をモチーフにした像が建てられている。

天女像が見つめる先には、投光器の光を浴びて輝く二体の機械の鎧が並び立っていた。


 機体の外部カメラをパススルーモードにして湖の湖面を見ていた大進が呟く。

「おでましでござるな。」

夜空の星が映るほどに静かだった水面が突如揺らぎはじめ、大量の水泡が浮かび上がる。

「ヤマタノオロチ退治ですね。大進君。」

静香はそう言って鋼鉄製の大弓に矢をつがえる。

「うむ。そうでござるな。」

大進は背中に装備した大剣のロックを外す。

彼は複合金属で造られた幅広の剣を横に構えた姿勢を崩さずに、静香に声をかけた。

「仕留めるでござるよ。拙者達が、二人で……!」

「はい……!」

静香は力強く答えると、大弓につがえた矢を後ろに引き絞った。

次の瞬間、呼吸を求めた次元獣が水面へと浮かび上がる。

濡れた紫色の体表とにび色の装甲が赤い月に照らされてぬらりと光る。

湖から現れた巨体は、長い首の先についた三つの頭部を天を突くように掲げると、甲高い声で咆哮した。

筑浦に出現したレッサードラゴンを模した次元獣『LD型』よりは小型であるものの、直立させた身体の上部に三つ並んだ長い首は夜空を覆い尽くすかのごとく巨大に見えた。

失われた二本の頭部には竜の頭を模しただけの金属かいが取り付けられ、その異様な姿はより不気味さを増していた。

次元獣は眼前に立つ二体の鎧を認めると、黒く揺れる水面を波立てながらゆっくりと岸へと迫る。


 大進と静香の元に、総合公園の管理棟にいる一真から通信が届く。

『手はず通り行くぞ、大進、諏訪内。』

『了解!』

一真からの通信が届くと、二人は短く返答して外部カメラに防護シャッターをかける。

空中で待機していた支援ドローンの一機が次元獣目がけて急襲し、閃光弾を撒き散らして離脱する。

次の瞬間、炸裂した閃光弾が次元獣の周囲を真昼のように照らすと、強烈な光で視界を奪われた三つの頭部がうめきながら苦悶の様相を見せる。

『今だ!』

「はい!」

静香は外部カメラの防護シャッターを開き、引き絞った矢を放つ。

彼女の念動力を乗せた金属製の矢は、閃光弾が夜の闇から引き摺り出したHD型の額に正確に突き刺さった。

『よし! 行くぞ、大進!』

「心得た!」

大進は深く身を屈めると、大きく跳躍する。

「先手必勝でござる!」

一真が遠隔操作する兵装ドローンが投下した二本の棒手裏剣を空中でキャッチすると、彼は次元獣の長い首をめがけて投げつけた。

次元獣の首筋に刺さった二本の手裏剣に内蔵された爆薬が炸裂し、水面を赤々と照らし出す。

爆発により切り離された次元獣の頭部が音を立てて水面に落下し、残された次元獣の二つの頭が金切り声を上げた。


   ◇


「湖で何か光った!」

洞窟前で待機するあかりが、湖畔の方に目を向ける。

あかりと久遠の元に、羽衣島研究所の良子から通信が入る。

『あかり、久遠君。大進君達の近接調査が始まったわ。そちらにも間も無く次元獣が到達するわよ。気をつけて。』

「了解!」


 支援ドローンの遠隔操作から離れた一真は、洞窟の立体地図の中を移動する追跡ビーコンの反応をモニタリングしている。

「二人とも、ターゲットは『湖畔の洞窟』内に侵入した。」

彼はそう言って石造りの管理棟の床に手をつける。

装甲をわずかに伝わってくる巨大な足音が、獲物が近づいてくることを知らせていた。

「あかり、久遠、奴が来るぞ。」

洞窟の奥深くから、木製の防御柵を無造作に破壊する音が届いてくる。

入口から離れた位置に立つ二体の鎧は、深い闇で塗りつぶされた洞窟の深奥を凝視している。

地響きと共に聞こえてきた重い足音は次第に近づき、洞窟の暗闇の中から巨大な腕が伸びて入り口の岩壁を掴み崩した。

投光器の光に照らされて姿を見せる巨大な次元獣。

それはOG型の倍はあろうかという大きさの、単眼の巨人だった。

ギリシャ神話に登場する単眼の巨人「サイクロプス」を模した次元獣とされ、CX型と呼称されている。

暗い洞穴を抜けて地上へと現れた鎧姿の巨人は、まるで地獄の底から現れた神話の怪物さながらの姿であった。

10メートルはある巨大な洞穴を塞ぐかのような紫色の巨体は、岩石のように隆起した筋肉に鈍色の厚い装甲を纏っている。

CX型は、頭部装甲から覗く赤黒い単眼を光らせ、低い唸り声を上げた。


「伏せろ! あかり! 久遠!」

あらかじめ洞窟の入り口と管理棟を結ぶ射線から大きく距離をとっていた二人は素早く地面に身を伏せる。

洞窟から見える位置の管理棟屋上に配置されている一真のディスプレイには洞窟から顔を出したばかりの次元獣の姿が映し出されていた。

一真は機械の鎧に身を包み、胸部と数本のコードで繋がれた長い砲身を持つ火砲を構えている。

UNITTEが試作した新兵器「ディメンジョン・ランチャー」であった。

「ターゲットロック。」

彼は次元獣の上半身に照準をあわせると、静かに引き金をひいた。

機体が構えた長い砲身の先から青色に輝く光が溢れ出て闇を切り裂いていく。

次の瞬間には次元獣の左腕を直撃し、肘から下が蒸発するようにして吹き飛んだ。

『命中……!』

次元獣が地響きのような咆哮をあげて片膝をつくと同時に、一真の短い通信が飛んだ。

「凄い威力だ……!」

地面に伏せている久遠が思わず呟く。

一真は砲身の後部に装着されているエネルギーカートリッジを素早く交換する。

『次弾装填完了。補助システムに同期ズレあり。補正して第二射を行う。』

一真の指がディメンジョン・ランチャーの操作コンソールを叩き、第二射の準備を完了すると、彼は再び巨人の胸部装甲を狙って引き金を引いた。

夜の闇を駆け抜けた青い光は、立ちあがろうとしていた巨人の胸部装甲を直撃する。

CX型は次元エネルギーが作り出した奔流に押し込まれるようにして、洞窟の入口を崩落させながら仰向けに倒れ込んだ。

「やった……!」

久遠が呟く。

一真はディスプレイを暗視モードに切り替え、洞窟内に倒れ込んでいる巨人の姿をうかがう。

土埃つちぼこりがもうもうと巻き上がる中、瓦礫の中で揺れ動く影を見た一真は、思わず声を上げた。

「……何……!?」

単眼の巨人は首をもたげると、ゆっくりと上半身を起こす。

CX型の頭部装甲から、単眼の怪しい光が見えた。

胸部を撃ち抜かれたはずの巨人は活動を止めることなく、立ちあがろうとしていたのだ。

「一真、外したの!?」

「いや、直撃したはずだ……。」

一真は、モニター越しに闇夜で輝くその不気味な単眼を凝視しながらつぶやいた。


   ◇


 彼らの様子は、羽衣島研究所の壁面ディスプレイにも大きく映し出されていた。

騒然とした中央研究室で、画像解析をしていた研究員が叫ぶ。

「御影教授! これは……光学拡散装甲です!」

「奴ら、厄介なものを……。」

中央研究室の最奥で大型ディスプレイを見上げていた御影英子は苦々しく口にする。

次元獣に取り付けられた胸部装甲は、特殊加工した表面と独特の形状による効果で、光学兵器であるディメンジョン・ランチャーの強力な一撃を拡散して減衰することに成功していたのだ。

「データが出ました。国連軍が二年前に開発した新型装甲と同じものが使われています。」

水瀬の言葉に、柊が問い返す。

「え!? ライプツィヒ研究所はジュネーブ事務局の管轄なんですよね。国連付きの研究所がなぜ次元獣にそんなものを……。」

絶句する柊に、御影教授が落ち着いたトーンで答える。

「軍事利用しか考えられないね。奴ら、まだそんなことを……。」

「……そんな……!」

青ざめた表情の柊の横で、大鳥真美はノートPCの画面に表示された巨人の姿と装甲材のデータを凝視している。

「次元獣の軍事利用……。表向きに公表することは絶対にしないが、国連はずっとそのことを考えてたんだろう。それこそ、十五年前に初めて次元獣を見た時からね……。」


   ◇


 一真はディメンジョン・ランチャーのコンソールから砲身冷却と再チャージの操作をしながら通信回線を開く。

『あかり、次の射撃まで五分かかる。何とか持ち堪えてくれ。』

立ち上がったあかりは、鎧についた土をはたくと、小さく笑って答える。

「五分? そんなにかけないわよ、一真。」

『何?』

あかりは手にした長い槍を頭上でひと回しすると、腰だめにして正面に構える。

「あんなひとつ目、とっちめてやるわ。私と、久遠君がね!」

赤い光が一瞬輝いたかと思うと、彼女の機体は一陣の風のように舞い、CX型の肩口に槍を突き刺す。

次の瞬間には、次元獣の左肩から先に残っていた上腕が切り離され、地面に落ちて轟音を立てた。

一つ目の巨人はうめき声を上げると、残った右腕を力任せに振るう。

巨岩のような拳は城戸あかりにではなく、もう一方の機体に向けられていた。

『久遠君! 盾を!』

良子の叫び声が通信越しに響く。

彼女の声に応えるかのように、久遠は巨大な盾を構えて両足に力を込める。

砲弾のような次元獣の拳が白い盾を捉えた瞬間、盾の表面が一瞬青白い光を放って輝いた。

「ぐうううう!」

久遠の叫びと共に、巨大な盾が拳の衝撃を弾き返すと、CX型はたまらずバランスを崩した。

「ナイス! 久遠君!」

あかりは間髪入れずに武器を両腕のトンファーに持ち替えると、CX型の脚部装甲に鋭い打撃を連続で浴びせ、完全に破壊した。


   ◇


「今のコンビネーション、いい感じでしたよ! あかりん! くおりん!」

羽衣島研究所の中央研究室に、水瀬沙織の高い声が響く。

「大鳥博士……。何か今、久遠さんの盾が光ったような……。」

困惑している千鶴に、真美は『よくぞ聞いてくれた』とばかりに答える。

「あの盾にはね、機体から貯めた次元エネルギーで作った強力な電磁場で、瞬間的に防御用の力場を作る仕掛けがあるんだ。まあ、分かりやすく言えばバリアーみたいなもんかな。」

「バリアー!? それって凄くないですか!?」

「そりゃ凄いさ。世界でもまだ数えるほどしか実用化されていない、オオトリウチ自慢の防御盾だからね。キャパシタが持たないから、何回もは使えないというのが今後の課題かな。」

「くおりんはまだディメンジョン・アーマーの扱いに完全には慣れていませんから、うってつけの装備ですね。」

水瀬の言葉に付け加えるように、良子が口を開く。

「ええ。それに、元々白騎士は王族の保護のために使用されたものなの。だからこういう防御系の装備とは相性がいいのよ。」

良子は真剣な表情で壁面ディスプレイを見つめた。

(……王族?)

思わず心の中で問う千鶴。見上げる画面には、白い盾を前に掲げて立つ機械の鎧が映し出されていた。

その時、湖畔のモニターをしていた研究員が声を上げる。

「所長代理、HDハイドラ型が湖から上陸します!」

良子は頷くと、大進と静香が映るモニターを見上げる。

(事前の準備と作戦で、なんとか先手は打てたわ……。でも、ここから先は彼らに託すしかない……。)

「みんな、頼んだわよ……!」

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