第57話 私たちの戦い

 ボート乗り場の水面が激しく波立ち、並んだ遊覧ボート同士が揺れてぶつかり合う中、HDハイドラ型と呼ばれる次元獣は、湖面を巨体で押し退けるようにして進み、今にも湖から上陸しようとしていた。

広場の中央で迎え撃つ大進と静香の元に、一真からの通信が入る。

『大進、諏訪内。そいつは水棲タイプの次元獣だ。水中に逃げられたら厄介なことになる。なんとか地上にいるうちに仕留めてくれ。』

「心得たでござる。」

「了解です、一真君。」

二人の通信を聞き、一真は少し間を置いてて話し出す。

『……大進、諏訪内。』

「なんでござる?」

『二人での戦い方は、二人が一番分かっているはずだ。他の誰よりもな。』

「一真君……。」

『篠宮先生達もそう考えて今回も二人を組ませたんだ。お前達はUNITTEが誇る最高のタッグだ。頼むぞ、大進、諏訪内。』

一真の言葉に、鎧姿の大進と静香は武器を構えたまま大きく頷く。

「承知したでござるよ。」

「ええ。こっちは任せてください、一真君。」

その時、洞窟前で単眼の巨人と対峙している城戸あかりの通信が割り込む。

『ちょっと?』

『なんだ、あかり。』

『私と久遠君だって、結構いい線いくと思うよ?』

あかりの通信に、大進と静香は思わず顔を見合わせ、一真は額に手を当ててため息をつく。

『何を変な対抗心燃やしてんだ。久遠と組むのは初めてだろ。足止めだけしておいてくれれば俺が仕留めるから、お前は余計なこと言ってないで目の前の敵に集中してろ。』

『あんですって?』

『ちょ、ちょっと、城戸さん……。』

慌てて間に入ろうとする久遠。

彼らの様子に、またか、とため息をつきながら篠宮良子が通信回線を開いた。

『もう、二人とも、何やってるの。調査活動中よ。』

『あ、いけない……。』

『一真君もその辺にしてあげて。千鶴ちゃんも心配するでしょ?』

『うむ……。』

その時、中央研究室内のモニタが切り替わり、彼らのディスプレイには御堂千鶴の姿が映し出された。

彼女は天井に設置されたカメラに向かって、眉根を寄せて口を尖らせている。

『お兄ちゃん、ダメじゃない。あかりさんにそんな言い方して。いつも言ってるでしょ? 女の子は丁寧に扱わないとって。』

『参ったな……全く。』

一真の弱り声がフィールド回線に流れる。

研究所からの思わぬ援軍に、金属製の面貌の下で一真は困り顔となり、あかりは得意げな顔を見せて口を開く。

『ふふん。良い妹さんを持ったわね、御堂君?』

『まったく……。わかったよ。わかりました。』

ディスプレイに映る千鶴は、降参した一真に小さな笑みを見せ、胸に手を当てて深呼吸をすると、真剣な表情でマイクを取る。

『あかりさん、久遠さん、静香さん、大進さん、それからお兄ちゃん。頑張って! あんなの、全力でやっつけちゃってください!』

千鶴の激励に、鎧姿の五人はそれぞれの場所で力強く頷いた。


   ◇


 湖岸の広場に、次元獣から流れ落ちる大量の水音と、巨大な足がアスファルトを踏み砕く音が響く。 

大進と静香は一瞬だけアイコンタクトを送ると、ボート乗り場付近から広場へと続く開けた場所に上陸した水竜の前に並んで立ち塞がった。

相対すると、やはりその巨大さが際立つ。

巨体を支える太い脚とヒレのついた長い尾、両腕の鋭い爪。

他の次元獣と同じく、胸部と腕、脚部には鈍色の装甲が取り付けられている。

HDハイドラ型次元獣は、二本の首をゆっくりと揺らしながら頭部装甲の間から覗く赤黒い瞳で、眼前に立ち塞がる機械の鎧を値踏みするように睨みつけている。

薙刀を構える静香が、大進に声をかける。

「大進君。私も……。」

「わかっているでござる。」

「……え?」

「あの二つの首には拙者一人では手を焼きそうでござる。二人掛かりでないと厳しいでござるな。」

静香が大きく頷く。

「行きましょう! 大進君!」

「心得たでござる!」

二体のディメンジョン・アーマーが双頭の水竜に向かって駆ける。

HD型の長い二つの首と鋭い左の鍵爪は、先行した大進に襲いかかった。

「なかなか手強いでござるな!」

予測すら難しい三方からの攻撃に、大進は凄まじい速さで大剣を振るい、卓越した体術を駆使して受け流し続ける。

「これならどうでござる! 忍法! 筑波おろし連脚!」

大進は手にした幅広の大型剣を大地に突き立てると、長い持ち手を利用して身体を風車のように回転させ、勢いのついた足蹴りを連続で見舞った。

強力な連打に巨体を仰け反らせながらも、HD型は二本の首を鞭のようにしならせて大進の機体を襲う。

その時、一閃した金属の刃が月の光を反射して煌めいた。

装甲に覆われた次元獣の頭が宙を舞い、湖に落ちて水柱をあげる。

月明かりを背にした静香の機体が、振り抜いた薙刀の鋭い穂先を天に捧げるようにしてかざしていた。

「お見事でござる! 静香殿!」

水竜の注意を向けさせるために、わざと大振りな攻撃を連続で見舞った大進。

それに気を取られているHD型に音もなく近づいた静香の機体が、断末魔の声をあげさせる暇もなく水竜の頭部を切り離したのだ。


   ◇


 『いいぞ二人とも! いいリズムで攻めている!』

 いつも冷静な北沢主任が、思わず拳を握りしめて天抄湖の二人を鼓舞する。

彼らから遠く離れた筑浦研究所の第一研究企画室では、大進と静香の活躍に意気が揚がっていた。

普段の調査活動では篠宮良子所長代理を中心としているが、今回は北沢研一主任がその役を担っている。

北沢と第一研究企画室の研究員達に加え、諏訪内静香を担当する五浦綾子教授が大型ディスプレイを見上げていた。

画面には、残りひとつとなった頭で金切り声をあげているHD型の姿が映し出されている。

「体術に優れた大進君が引きつけて、諏訪内君がダメージを与える。いい作戦だ。」

北沢の言葉に、五浦が頷く。

「二人で事前に相談してたんですかね。」

首を傾げる研究員に、五浦が答える。

「相談しなくたって、大丈夫なのよ。あの二人ならね。」

そう言って彼女は再びディスプレイに映し出された静香の鎧に目を向ける。

前回の筑浦水郷パークでの調査では、静香と大進の息は必ずしも合っているとは言い難い状況だった。

だが、今回は阿吽の呼吸で次元獣を翻弄している。

これこそが元々の二人が持つ本当の力なのだ。

(でも、本当の正念場はここからよ……。頼むわね、静香……!)


   ◇


「どおりゃあああ!!」

城戸あかりの雄叫びが羽衣島の夜に響き渡る。

彼女は機体を跳躍させ、まるで丸太の一振りのような次元獣の腕をひらりとかわすと、そのまま洞窟の入り口の壁を蹴りつけて勢いをつける。

「UNITTE流! 三角蹴り!」

鋼鉄製の脚部が次元獣の頭部装甲の側面にクリーンヒットする。

あかりの三角蹴りは見事に決まっていたが、巨人の頭側部と面貌を歪ませるだけで終わっていた。

「なんて石頭……!」

空中でそう叫んだあかりを狙って巨人は小さく屈むと、跳躍してショルダータックルを見舞う。

あかりは再度頭部装甲を蹴りつけることで逃れ、悠々と着地した。

「思った通り。巨体の割には動きは速いけど、攻撃は単調で予備動作が大きいから読みやすいわね。」

『あかり、油断してはダメよ。』

「わかってるわ、良子。」

あかりはそう言って距離を取り、愛用の槍を構え直して切先を単眼の巨人へと向けた。

盾を構えて様子を伺っていた久遠の中に、ひとつの疑問が湧いてきていた。

あかりの先制攻撃で脚部装甲を破壊した際に巨人のくるぶし付近の腱を傷つけていたらしく、さっきまで巨人は左脚をほとんど動かさずに攻撃をしていたはずだった。

だが、今の巨人の攻撃は躊躇なく跳躍をしていたように感じていたのだ。

「水瀬さん。CX型の左脚を解析できませんか。少し気になるんです。」

『……くおりんも気がつきましたか。こちらでも今数分前の映像と比較して解析を回していました。多分ビンゴです。』

「! やっぱり、次元獣の足の傷が……。」

『自己修復能力を持つタイプのようですね。これは厄介です。』

「ええ! そんな次元獣がいるの!?」

彼らの元に北沢主任からの通信が入る。

『次元獣は体内に埋め込まれた次元石から活動エネルギーを得ている。総じて強い生命力を持つのはそのためだ。特に大型タイプは継戦能力を高めるために、主要器官や可動部の自己修復を行うことができる個体があると聞く。』

「疲れ知らずな上に、ちょっとした怪我は戦闘中に治っちゃうということ!?」

あかりの通信に、大鳥博士が答える。

『そういうこと。だが、こんなに短時間で自己修復できるという話は今まで聞いたことがないね。元々そういう個体なのか、それとも……。ライプツィヒ研から何か共有は来てる?』

『いえ、大鳥博士……。そんなデータはどこにも……。』


   ◇


 真美と研究者のやりとりを聞き、中央研究室は不安の空気が流れ始めていた。

良子は額に汗を滲ませながら内心でつぶやく。

(確かに、もし自己修復の話が本当なのだとしたら、相当に厄介だわ。)

良子は画面に流れるさまざまなデータに目を通しながら、思考を巡らせていた。

当初の作戦では、洞窟から出現したCX型を一真に持たせた光学兵器による狙撃で射抜いて仕留める、あるいは大ダメージを与えて短期決戦で収めることを想定していた。

だが、ライプツィヒ研が秘密裏に次元獣に装着した光学拡散装甲の前に、作戦は変更を余儀なくされている。

あかりと久遠は今のところ優勢に進めているものの、相手に自己修復能力がある以上、小さなダメージの積み重ねだけで次元獣を倒すことは難しい。

(あかりは久遠君のリードをしながら前面に出ている。一見余裕があるように見えて、かなり負担が大きいはずだわ。)

そして、長期戦となれば二人の体力と精神力の消耗はさらに大きくなる。

ディメンジョン・アーマーは装着しているだけでも身体への負担が大きく、それに加えて今は夏だ。

元々季節を問わず屋外での使用を想定されているため、機体は耐候性能が高く、強力な冷却性能の恩恵で、搭乗者の負担はかなり軽減されている。

だが、夜になってもなお高い夏場の外気温は、搭乗者にも機体にとっても少なくとも味方とはいえなかった。

(一真君のディメンジョン・ランチャーが発射可能になっても、胸部装甲が健在のうちは効果が薄い……。次元獣の攻撃を掻い潜りながら胸部装甲を破壊するのは、そう容易いことではないわ。)

良子は画面に流れるデータと、各ウィンドウに映っているディメンジョン・アーマーと次元獣に視線を集中しながら口を開く。

「水瀬さん、次元獣の胸部装甲の詳細データをあかり達に送ってあげてください。柊さん、後方待機ベースに支援ドローンの第二陣を発進するように伝えてくれるかしら。」

水瀬と柊が頷き、作業に取り掛かる。

「南さん、筑浦と連携して各機の状態モニタリングを引き続きお願いします。」

「了解、所長代理! さあ、メカニック班もオペレーターチームも、気合入れていくよ!」

南の逞しい笑顔に、良子も思わず笑みを見せる。

「皆さんよろしくお願いします。現地のみんなが少しでも有利に戦えるように、私たちも頑張りましょう。」

良子の声に、中央研究室のメンバーは再び活性化して動き出していた。


篠宮良子は壁面ディスプレイに映る五機の鎧を見つめる。

(今回の任務に限らず、私達の進む道は楽なものではない。それでも……。いえ、それならばなおのこと……。)

彼らを信じるしかない。

そして、こちらは刻々と変わる状況に合わせて策を練り、最適な手助けを提供する。

それが私たちにできる戦いなのだ。

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