第53話 機械の鎧を駆る者

 合宿八日目の夜。

遥か遠く見える水平線にはまだうっすらと陽光の残滓ざんしがあったが、夜空には輝く月が昇っていた。

「満月か……。」

御堂一真はそう小さく呟いて、まるで夜空の主であるかのように存在感を示す赤みがかかった月を見上げる。

彼は天抄湖と呼ばれる湖に近い『天抄総合公園』の管理棟にいた。

小高い丘に立つ建物の屋上からは、羽織山の雄大な姿だけではなく、広大な湖に面して建つ小学校の木造校舎や、湖の南に点在する機織り施設がよく見えた。

数日前には大進と共にその場所を訪れていた一真だったが、今は灰色の鎧に身を包んだ姿で同じ景色を眺めている。

彼を包む鋼鉄の鎧は、周囲に設置されたいくつもの投光器に照らされて複雑な輝きを放っていた。

西洋鎧を思わせる装甲の中には無数の機械類と先端技術が張り巡らされている。

それは強大な力を持つ次元獣に対抗するため、国連組織UNITTEが開発した『ディメンジョン・アーマー』と呼ばれる機械の鎧であった。


『やれやれ、とんだ肝試しになっちゃったわね。』

無線越しに城戸あかりの声が聞こえると、一真は周囲に置かれた端末を操作しながら口を開く。

「あかり。次元獣の到達まで時間が無い。のんびりしている暇はないぞ。」

『はいはい。別にあんたはそこでのんびり見物してていいのよ。』

「そうあって欲しいもんだ。」

『何よ、もう。』

一真は彼女の抗議を聞きながら小さくため息をつくと、周囲に設置されたディスプレイを確認しながら端末の操作を続ける。

彼の周りにはディスプレイやノートPCなどの機器がずらりと並んでおり、あたかも急ごしらえの移動司令室のような様相だった。

機体の傍には長い円筒形の砲身を持つ装備が据え付けられ、中央の部分から伸びている数本のコードがブルーに染め上げられた胸部装甲へと繋がっている。

「大進、湖の方はどうだ。」

液晶ディスプレイには撮影用ドローンが映し出した画素の荒い映像が映っている。そこには別のディメンジョン・アーマーの姿があった。

『こちらは今しがた準備が終わって、研究所の人達も後方のベースに下がったところでござる。』

「了解。諏訪内とそのまま待機してくれ。」

一真は面貌の横に装着されている、銀色のツノのようなアンテナに手を触れた。

彼の機体は元々全体指揮を想定したカスタムがされており、特殊な電子装備がいくつも取り付けられている。

「中央研究室。調査ポイントN及びWの準備完了。確認を願います。」

『了解。近接調査員は調査開始までそのまま待機してください。』

一真は短く了解と返答すると、ディスプレイに調査計画資料を映し出した。


『天抄湖周辺緊急調査活動』と銘打たれた資料には、国際連合ウィーン事務局外的脅威局長の名前と、UNITTE筑浦研究所の所長代理である篠宮良子の名が計画承認のサインとして記されている。

国際連合が運営する羽衣島の研究施設群において、ジュネーブ事務局管轄となる外的生命体研究所にて発生した鹵獲次元獣の暴走事故。

次元獣とは十五年前に世界中で出現し、強大な力で世界を混乱に陥れた外的脅威とも呼ばれる存在である。

逃走した次元獣を調査という名目で討伐することが、ウィーン事務局外的脅威局所属の調査チーム『UNITTE』に今回課せられた任務であった。

調査活動を行うのは近接調査員と称され、機械の鎧『ディメンジョン・アーマー』を駆る者達である。


御堂一真

城戸あかり

滝川大進

諏訪内静香

そして、和泉久遠


たった五人の高校生からなるメンバーで、かつて世界を震撼させた次元獣の生き残りを相手にすることになる。

放たれた二体の大型次元獣は、今まさに彼らのいる場所へと到達しようとしていた。


 一真は計画書にリンクされた、調査区域周辺の三次元地図を表示させる。

次元獣に埋め込まれた発信機が示す赤い光は、地図の中を二つのルートで進んでいた。

出現した二体の次元獣は途中で二手に分かれ、片方は天抄総合公園の敷地内にある『湖畔の洞窟』へと向かっている。

もう一方の次元獣は地下水で満たされた洞内を進んでおり、湖に直接つながる地点となる天抄湖の南に出現することが予測されていた。

そのため、いくつかの条件を考慮した結果、今回の調査ではチームを二つに分ける形とした。

全員で一体ずつに当たることも検討されたが、野放しとなった片方が観光地や居住地を襲撃する可能性があった。

それに加えて、出現地点がさほど離れていないことから、最悪の場合は二体の次元獣に前後から挟撃される恐れがある。

調査活動の指揮を執る筑浦研究所第一研究企画室と近接調査員メンバーによる作戦会議において採用されたのは、篠宮良子の案だった。


城戸あかりと和泉久遠の機体は洞窟前に配置し、大型次元獣を迎え撃つ。

未知の水棲型次元獣には、臨機応変に対応できる滝川大進と諏訪内静香が当たる。

そして、御堂一真は両方の様子を目視確認できる管理棟の屋上で全体指揮を執りつつ、開発中の長距離射撃装備で狙撃を行うという布陣だ。


 一真はホワイトボードに描かれた調査布陣図の画像に目を向ける。

(篠宮先生は大したもんだ……。)

彼は布陣図と、提供された次元獣のデータを見比べながら感嘆していた。

洞窟に出現すると予測されているのは巨人型次元獣である。

これまでの経験から、巨人型は総じて力任せで動きが単調なため、機体に習熟したあかりと相性が良く、機体に不慣れな久遠が組んでも彼女が常に前に出ていれば対処がしやすい。

また、戦闘能力が高く応用力がある大進と、超越力を使って的確に支援ができる諏訪内の組み合わせならば、どんな状況にも対処できるだろう。

先月の水郷パークにおける水棲型次元獣と交戦した経験もある。

そして研究所からの支援が薄い分は、自分自身が直接戦力として加わるのではなく、全体指揮に回ることでカバーする。

通常の調査活動では筑浦研究所からのリアルタイムな支援があり、電磁トラップや武装ドローンなどの物理的な援護もあるが、今回は羽衣島研究所のサポートがあるものの全体では通常の半分にも満たないからだ。

そして、配置されている管理棟は両方の地点を確認できる位置にあるため状況把握にも狙撃にも適している。

また、どちらかのチームに万が一のことがあっても、すぐに駆けつけて加勢できる距離だ。

(手持ちの状況とデータ、そして皆の意見から篠宮先生が導き出した今回の作戦は、恐ろしいくらいに洗練されている。普段はぼんやりしているくせに、どこにこんな引き出しがあるのか……。)

その時、まるで彼の考えを見透かしていたかのようなタイミングで、羽衣島研究所にいる篠宮良子からの通信が入った。

「一真君。聞こえる?」

「……はい。」

少し遅れて返答した一真に、良子は笑い声まじりで続ける。

『そこは眺めがいいからってぼんやりしてちゃだめよ。ま、私と違って一真君はその辺り心配ないんだけどさ。』

「了解です。」

『今回の調査は現地指揮のあなたがかなめになるわ。でも一人で抱え込まずに、皆と協力して対応してね。』

『そうよ、良子。一真ったらひとりでピリピリしちゃってさ。もっと言ってやって。』

あかりからの通信に一真はため息をつく。

『あかりも絡まないの。彼だってわかってるわよ。頼むわね、一真君。』

「……了解。すまんな、あかり。」

『ふふん。わかればいいのよ。』

「単純で助かる。」

『何ですって!?』

一真はあかりと繰り広げるいつものやりとりが済むと、深く息をついた。

彼はせばまっていた自分の視界が急に開いたような感覚に驚いていた。

作戦立案から準備まで深く関わった上に、初めて現地での全体指揮を任された彼は、そつなくこなしているように見えてやはりどこか緊張していた部分があったのだろう。

(篠宮先生がそこまで見越していたのなら、恐れ入るぜ。全く……。)

彼は心の中でそう呟いて立ち上がり、屋上の柵から辺りを見渡した。

洞窟前と湖の南岸に、投光器の煌々とした光が見える。

天空で輝く満月が、これから始まる戦いの舞台を静かに照らしていた。

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