第52話 迫りくる脅威

 羽衣島の中央に位置する国際連合共同研究施設。

UNITTE羽衣島研究所を再訪した篠宮良子と大鳥真美、久遠達高校生メンバーに御堂千鶴を加えた八人は、建物へと続く石畳の歩道を歩いている。

彼らは今までとは異なる雰囲気に気がついていた。

久遠は辺りを見回しながら良子に話しかける。

「……何だか、どこも静かですね。」

「変ねえ。休日以外は割といつでも賑わっているものなんだけど。」

「こないだ言っていた、ライプツィヒ研の大規模な実験のせいですかね。」

傍で聞いていた大鳥真美は、頬に手を当てて珍しく考え込んでいる。

「並の研究施設ならともかく、ここは国連でも特に重要な施設のひとつだ。軍事拠点並のインフラがあるから、ちょっと大きい実験くらいでここまで人払いはしなくてもいいはずだけどな。」

「それもそうねえ。」

良子は顎に指を当てて、空を見上げた。


   ◇


 建物の入り口で彼らを出迎えたのは、楠木副所長のアシスタントを務めるひいらぎだった。

「皆さん、こないだはどうも! 今日はご挨拶に来ていただいて、ありがとうございました!」

そう言って日焼けした健康的な笑顔を見せる柊。

「柊さん、なんか今日はあちこち静かですね。」

「はい。隣の区域にあるライプツィヒ研で大きめの実験があるらしくて。電力の融通や交通規制があるので、今日は閉鎖している研究所が多いんです。うちは明日の作業があるのでみんな出てきてるんですけどね。」

そう言って彼女は窓の外に遠く見える森の中の洋館を指差す。

「ジュネーブ事務局所属のライプツィヒ外的生命体研究所か。」

「いつもは静かなんですけど、今日は妙に車両の出入りが多いんですよね。なんでもジュネーブ事務局の偉い人が結構来てるって話なんですけど。」

そう言って柊は首を傾げた。

「良子、何か知らないの?」

あかりの問いに、良子は肩をすくめる。

「同じ国連とはいえ、よくわからないのよね。ま、余所よそから見れば私たちもそう見えるんだろうけど。」

「まあ、御影教授か楠木さんあたりから何か話が出るだろ。」

柊は真美の言葉に頷くと、入り口のドアを開く。

「それではみなさん、中央研究室にご案内いたしますね。」


   ◇


 柊を先頭に、研究所内の長い通路を歩いていく久遠達。

久遠は時折、頭の奥に不思議なうずきを覚えていた。

(次元震が来る前に感じる頭痛とは少し違う。何だか嫌な感じだ……)

あかりは、時々額を押さえる久遠の姿に気がついた。

「どうしたの、久遠君。」

「……何でもないよ。ちょっと寝不足なのかな。」

「そうなんだ。実は私も昨日はあんまり……。」

そう言って昨夜の恋話こいばなのことを思い出し、顔を赤らめるあかり。

その時、慌てた様子の研究員が彼らの横を走り去って行った。

「もう、廊下は走らないでくださいって、いつも言ってるのに。」

柊は口を尖らせたまま中央研究室のロックを解除する。

久遠達が中に入ると、研究所のあるじである御影教授と副所長の楠木が壁面ディスプレイを見上げていた。

画面に開かれたウィンドウには、森の中に建つ古い洋館が映し出されている。

「御影教授、皆さんをお連れしました。」

「柊、ご苦労だったね。皆さんも、出迎えられずに失礼した。」

御影英子教授は元々無駄な愛想を振り撒かない女性だが、今日は特に険しい表情を見せていた。

「御影教授、どうかなさったのですか。」

「ああ、おかしな噂を耳に入れた研究員がいてね。もう少し具体的な情報をつかむように言ったんだが……。」

「……噂……?」

良子の問いに、御影の横にいた楠木が代わりに答える。

「隣の外的生命体研究所のことね。あそこで何かあったらしいの。」

「例の次元獣を研究しているっていう……。」

良子の問いに、柊が口を開く。

「研究っていっても……。あそこは今……。」

楠木が柊の言葉に付け加えるように口を開く。

「この島にある外的生命体研究所は、ライプツィヒ市で起こした爆発事故が原因で日本政府から大規模実験の許可が出ないんです。だからあそこでは簡単な生体検査くらいしかできないはずなんですが……。」

彼女の言葉に頷きながら、柊は良子に小声で囁く。

「だから……噂話があるんですよ。」

「噂話?」

問い返す良子に、柊が続ける。

「地上の洋館は表向きで、地下に本物の研究施設があって、そこで危険な実験をしているんじゃないかって。」

「地下ったって、いくらジュネーブ事務局でも勝手に穴掘ったりは……。」

良子の言葉を受け、静香が何かを思いついたように口を開く。

「……南陽織のおばあちゃんから聞いたんですが、この辺り一帯は元々火山地帯で、地下のあちこちに空洞があるそうなんです。」

「え、こないだ学校への取材で聞いた話と同じだ。ねえ、久遠君。」

あかりの言葉に久遠が頷いて口を開く。

「うん。あの学校の近くにある”湖畔の洞窟”もそのひとつなんだって。洞窟の先は結構広くて地下のあちこちに繋がってて、昔は軍事施設に使われたりしたとか……。」

「そんな、怪談じゃあるまいし……。」

良子は眉を寄せてため息をつく。

すると、研究室の入り口から血相を変えた研究員が飛び込んできた。

「御影教授! 副所長! 国連の管理本部から緊急連絡です。すぐに第一会議室に……!」

楠木は研究員の報を受けて即座に立ち上がる。その時、良子と真美の携帯が同時に鳴った。

「……筑浦研究所から緊急回線だわ。何かあったのかしら。」

真美と顔を見合わせている良子に、楠木が声をかける。

「篠宮所長代理、私と御影所長は第一会議室に行ってきます。柊さん、所長代理と大鳥博士に第二会議室を準備してあげて。」

彼女はそう言い残すと、御影と共に中央研究室を後にした。

「私達も行ってくるわ。すぐ戻るから、みんなはここにいてね。」

良子と真美は柊と共に中央研究室を出て、第二会議室へと向かった。

「いったい何なのかしら……?」

あかりが呟く。

「……静香さん……。」

「大丈夫。すぐみんな戻ってくるから。」

不安そうな千鶴の背中に、静香はそっと手をあてた。

一真は壁面ディスプレイの一角に表示されているライブカメラの映像を見上げる。

森の中にひっそりと建つ洋館は、壁全体が蔦に覆われ、窓という窓は鎧戸が固く閉ざされていた。

「……大進、今夜は確か満月だったな。」

「左様でござるな。」

大進は深刻な顔を崩さずに黙って頷く。

彼もまた不穏な動きを感じ取っているようだった。

(満月の夜にはお化けが出る……か……)

一真の脳裏に、朝霧鏡花の言葉が繰り返されていた。


   ◇


 二十分ほどが経過した後、別室で会議をしていた御影教授と楠木副所長、筑浦研究所とオンライン会議をしていた良子と真美が中央研究室戻ってきた。

「篠宮先生、状況は。」

真っ先に口を開いた一真に、良子は眉根を寄せた表情で慎重に口を開く。

「……みんなには、はっきり言っておいた方がいいわね。」

良子は小さく息をつくと、集まっている久遠達に告げた。

「筑浦研究所の北沢主任からの緊急連絡だったの。この島の中心部で断続的な次元接続が観測されたわ。」

彼女の言葉に、久遠達五人は血相を変える。

「次元接続って、まさか……。」

久遠の言葉に、良子は小さく頷く。

「そう。次元獣が現れたのよ。」

あかりが間髪を入れずに問いかける。

「次元獣が!? なぜこんなところに……!」

「……北沢主任達に説明をしてもらった方がいいわね。御影教授、ディスプレイをお借りしてもよろしいですか。」

御影が頷くと、良子はスマートフォンを操作して壁面ディスプレイに接続する。

画面にはオンラインで繋がった青山のUNITTE日本事務局にいる竜崎悟上級補佐官の姿があった。

別画面には筑浦研究所の第一研究室に集まっている北沢主任と研究者達の姿が見える。

「竜崎さん、北沢主任。みんなにも状況を伝えてくれますか。」

良子の言葉に竜崎が頷き、深刻な表情で口を開く。

「実は先ほど、ジュネーブ事務局から緊急連絡が入った。羽衣島にあるジュネーブ管轄の研究所で事故があり、対応中とのことだ。その事故は……。」

彼が珍しく言い淀むと、良子は静かな口調で竜崎に伝える。

「竜崎さん、大丈夫です。続けてください。」

「その事故は……次元獣の起動実験中で発生したとのことだ。」

竜崎の言葉を受け、あかりは思わず問い返す。

「次元獣の!? あれは『境界』っていう場所からやってくるんじゃないんですか?」

十五年前に世界を襲った外的脅威『次元獣』は、『境界』と呼ばれる異空間を越えて出現することが知られている。

あかりが発した問いに、竜崎は静かな声で答えた。

「ライプツィヒ研究所には、十五年前の外的脅威侵攻で捕獲した複数の次元獣が休眠状態で生体保存されていたんだ。研究のためという名目でね。その一部はこの島に秘密裏に設営された地下研究所へと運び込まれていたらしい。」

「そんな……。」

羽衣島の出身である柊は、顔を曇らせる。

大鳥真美がノートPCのキーを叩きながら口を開く。

「どうやら今回は日本政府どころか国連内部にも極秘で起動実験を行ったらしい。それもそうだ。ひとんちの地下に勝手に実験施設を作ってたわけだからな。」

「そして急に暴れ出して、手に負えなくなったってことか。」

一真の言葉に、竜崎は黙って頷いた。

「ライプツィヒ外的生命体研究所が休眠中の次元獣の起動に成功したのは十年前だ。それ以来、幾度となく起動実験を繰り返していたが、その全てが成功したわけではないことがわかっている。」

竜崎の言外には、くだんの研究所がライプツィヒで引き起こした爆発事故を指していた。

彼の言葉を受けて、筑浦研究所の北沢主任が続ける。

「次元獣に埋め込まれた次元石は、休眠から起動状態に移る際に『境界』への接続リンクを行うことが判明している。我々が次元接続と呼ぶ現象だ。羽衣島研究所にあるモニタリング装置から次元接続を検知して調査を進めていたところに、ジュネーブ事務局から緊急連絡が来たんだ。」

北沢は画面に羽衣島の地図を映し出す。

羽織山を中心とした三次元マップに、ゆっくりと移動する赤いふたつの点が重ねられた。

「ジュネーブからの情報共有では、起動した次元獣が暴走して地下施設を破壊し、地下空洞に逃げ込んだらしい。モニタリングビーコンの動きを見ると、島の地下に張り巡らされた地下空洞を通って島の南東にある天抄湖周辺へと進んでいる。湖畔の洞窟と呼ばれる場所か、湖の南側から地上に現れる可能性が高いだろう。」

「湖の……南側……?」

画面に映し出された地図を見た静香が思わず声を上げる。

「静香さん、あそこには南陽織の里が……!」

千鶴の沈痛な声に、静香が頷いた。

「久遠君、あの辺って……。」

あかりが久遠の服の袖に触れる。

「うん。僕たちが取材した校舎がある辺りだね……。」

彼の横で話を聞いていた柊の顔は蒼白となっている。

「そんな……。国連がこの島でそんなことをするなんて……。」

彼女は久遠達が取材した小学校の卒業生であり、湖畔の地区には彼女の生家がある。

国連の事情を幾許いくばくかは知っている彼女でも、その衝撃を隠すことができないようだった。

あかりは血相を変えて良子に向き直る。

「良子! 早く私達が止めないと!」

「あかり……!」

良子はあかりをたしなめるかのように強く反応すると、自分を落ち着かせるために深い息をつく。

「よく考えてみて、あかり。ディメンジョン・アーマーだって、あなたの機体しかないのよ。」

「久遠君の白騎士があるでしょう?」

あかりの言葉に合わせるかのように、久遠は良子に視線を送る。

良子は彼の考えから目を背けるように視線を外すと、絞り出すようにして言葉を綴る。

「……久遠君は近接調査員じゃないわ。それに。」

彼女は口調を強めながら続ける。

「暴走したのは私達が調査したことが無い大型タイプが二体という情報が入っているの。あかりだけじゃとても対処できないわ。」

「でも、篠宮先生……!」

久遠の言葉を遮るように良子が口を開く。

「久遠君。今回は許可できないわ。知らない土地で、初めて見る相手よ。準備もしてなければ筑浦からの支援もない。久遠君だけじゃない、あかりにだって、誰にだって許可は出せないわ。」

「良子……! でもこのままじゃ……!」

いてもたってもいられずに良子の前に進み出るあかりに、良子は沈黙で答える。

その様子を見ていた真美は、壁面ディスプレイに向かって口を開いた。

「ジュネーブはなんて言ってる? 竜崎さん。」

「矢のような催促だ。緊急調査のね。もはや額をこすり付けんばかりだよ。それに……。」

竜崎は苦虫を噛み潰したような顔で続ける。

「国連の日本支局からも、なんとかならないか、の一点張りだ。……何せ国際連合日本支局はようやく発足できたばかりだ。ここぞとばかりに恩を売って実績を作りたいらしい。どこもかしこも、勝手なもんだ……。」

「……本当に勝手なことばかり……。」

良子が唇を噛み締める。

「私たちが、毎回どんな気持ちで……。」

爪が食い込むほどに拳を握りしめて呟く良子を横目に、真美が口を開く。

「竜崎さん、ジュネーブのやっこさん達は何でもするって言ってたかい?」

「情報や物資の提供を含め、必要なことはなんでも検討するそうだ。」

「検討か、まだ押しが弱いかな。」

彼女は良子の横に並ぶと、小声で呟く。

「ジュネーブ事務局がひた隠しにしているあれを出させるか。」

「……!」

良子は一瞬目を見開いたが、首を振ってはっきりと答える。

「これは何かと引き換えにすればいいという話ではないわ。」

「だよな。」

真美はそう言って肩をすくめると、御影教授を振り返る。

「明日からの例の予定はどんな感じですか、御影教授。」

真美の真意を汲み取った御影教授は鋭い眼光を崩すことなく答える。

「相当前倒しになってるね。もうすぐここに到着するって連絡があったよ。こちらもすぐに動けるように指示をしてある。相変わらず抜け目が無いね、大鳥。」

御影はそう言って口元で小さな笑みを見せる。

その表情には、幾つもの修羅場をくぐり抜けてきた歴戦の強かさを感じられた。

「その辺は学びましたからね。御影先生に。」

彼女はそう言うと、良子の方を向き直った。

「……なんとなく嫌な予感がして、手を打ってみたんだ。流石にこんなことになるなんて思ってなかったけどな。」

状況を掴みきれていない良子の顔を見ながら、真美が続ける。

「そろそろこの島に着くはずだ。それを見てから決めても遅くはない。そのくらいは待てるだろ、良子。」

良子は張り詰めた表情のまま頷く。

真美はライブカメラに映る外の紺碧の空を見ながら、小さく笑みを作った。


   ◇


 羽衣島研究所の敷地内に造られた広大な屋外試験場。

そこには久遠達五人と、篠宮良子、大鳥真美達に加えて御影教授の姿があった。

彼らの頭上に広がる紺碧の空は、少しずつ夜の訪れを感じる色へと変わり始めている。

「そろそろだな。」

真美がスマートフォンの時計を見て呟く。

「……何か見えるでござる。」

大進が空を指差す。

「え、何?」

あかりが大進の見上げると、遥か遠くから小さな影が甲高いエンジン音と共に近づいてくるのがわかった。

「恐らく垂直離着陸機の音だな。多分、欧州に配備された新型の……。」

「一真、あんたそういうのよくわかるわね。」

「FPSで散々聞いたからな。」

紺碧の空に現れた小さな影は、甲高いエンジン音と共に次第に近づいてくる。

「大きい飛行機ですねえ。」

「……! 見て、あの紋章……!」

あかりが指差す白い機体の側面には、国連のエンブレムと共に、扉と鍵をモチーフとしたUNITTEの紋章が描かれていた。

機体は研究所が有する広大な試験場へとゆっくりと降り立とうとしている。

着陸時に発生する強い風が、離れた場所にいる彼らの元にも届いてきた。

「良子、あの飛行機は……。」

風に流れる髪を片手で抑えながら、良子が口を開く。

「輸送機よ。UNITTEのね。」

「ええ! ひょっとして、良子……!」

傍にいるあかりに、良子は笑みを見せる。

「夏休み前にあかりに頼まれたことがあったでしょ? あの後、何となく竜崎さんに聞いてみたのよね。そしたら、ちょうどウィーン事務局管轄で一台浮いている機体を見つけてきてくれたの。」

白色の機体は巨大な二つの回転翼を変形させながら、ゆっくりと着陸する。

サングラスをかけた真美が輸送機の姿を見つめながら口を開いた。

「国連軍と米軍が共同開発した新型輸送機なんだけど、納入時に色々あったらしくてね。一台だけ行き場が無くなってたらしいんだな。」

「それでUNITTEに来たのね。」

あかりはそう言うと、はたと気がつく。

「待って。ということは、中にあるのは……。」

あかりと共に輸送機を見つめる久遠達の目の前で、輸送機の後部ハッチがゆっくりと開いていく。

「おおおーーー!」

あかりはその光景に思わず声を上げた。

輸送機内部には、陽光を浴びて輝く機械の鎧が格納されていた。

三体のディメンジョン・アーマーは、キャビンの壁面に取り付けられた専用のラックに直立した状態でその勇姿を見せている。

「これは……。驚いたでござるな。」

「一真君と大進君の機体……。それに、私の五世代機も……!」

大進が呆気に取られたように呟くと、静香も思わず声を上げた。

「大鳥博士、これは一体……。」

一真の問いに、真美は得意げに答える。

「松山の工場で重整備してたのが早めに終わってね。元々最終調整は明日からこの島でする予定だったんだ。」

「篠宮先生……!」

静香達五人が良子の方を向くと、彼女は小さくため息をついた。

「また真美にやられちゃったわね。」

「役者は揃ったよ。どうする、所長代理。」

真美の言葉に良子はふっと笑顔を見せたが、再び真剣な表情に戻り、はっきりと答えた。

「見過ごすわけにはいかないわね。」

「良子!」

「次元獣の調査は私達が本家だって言うことを見せてあげて、あかり。静香、大進君、一真君。」

「よおし! みんな、行こう!」

あかりが拳を打ち合わせると、静香達が頷く。

彼らは白く輝く輸送機へと足を向けた。

「……篠宮先生。」

一人その場に残った久遠が良子に近づき、おずおずと声をかける。

「久遠君。」

良子はそっと彼の肩に手を乗せる。

「……白騎士の新しい装備品があるわ。水瀬さん達からレクチャーを受けて。」

「篠宮先生……!」

良子は小さく微笑むと、両手で包み込むようにして久遠の手を取った。

「絶対に……無理はしないでね。必ず無事で帰ってきて。」

「……はい!」

(良子……?)

ただひとり久遠と良子の様子に気づいたあかりは、一瞬だけその光景に目を取られていた。

だが、次の瞬間に輸送機の方から届いた声に振り返る。

「おーい! みんなー!」

聞き慣れた声に、あかりの表情が輝く。

「南さんだ!」

輸送機からいつものツナギ姿の南ひろ子が降り立った。

筑浦研究所のメカニック部門を統率する彼女は、いつもの逞しい笑顔を輝かせながらあかりに声をかける。

「合宿は楽しんでた? あかり!」

「うん! 南さんは、どうしてここに!?」

「松山の工場にいたんだよ。研修を兼ねた出張でね。驚かそうと思って、メカ班も出張組は全員連れてきたんだ。」

輸送機からUNITTEの整備服を着た数名の男女が降り立つと、あかりは彼らに大きく手を振った。

「南、久しぶりだね。」

杖を片手に、御影英子が南に声をかける。

「御影教授。ご無沙汰しています。」

「事情はもう聞いているね。あかりの機体も白騎士もすぐに出せるようにしてある。うちのメカニックも自由に使って構わないからね。」

「恐れ入ります。教授。」

南が深く頭を下げると、御影教授は優しげな笑顔を見せる。

「立派になったね、南。成長したところを見せてもらおうか。」

「はい!!」

南は力強く答えると、輸送機から降り立ったメカニック達の元へ走っていく。

良子はその後ろ姿を見て頷くと、久遠達五人を呼んだ。

「みんな。南さんたちが準備している間に、私たちは中央研究室で詳しい作戦を練りましょう。北沢主任がライプツィヒ研究所から次元獣のデータを受け取っているはずだわ。」

「はい!」

久遠達五人は揃って答えると、研究所へと足を向ける。

(……。)

あかりの頭の隅には、先ほど一瞬だけ目に入った久遠と良子の姿がちらついていた。心が強く揺らされるような感覚に戸惑い、自分でもどうしたら良いのかわからない。

そんなあかりに、久遠が声をかける。

「城戸さん。今回は僕も調査活動に加わるよ。次元獣から学校も、あの駄菓子屋さんも守ってあげよう。僕達の手で……!」

活気づいて頬を染めている久遠の表情を見て、あかりは力強い笑顔で頷いて応える。

(……気のせいよね、きっと。)

彼女は何かを確かめるように心の中でそう告げると、久遠と並ぶようにして研究所へと走り出した。

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