第51話 初代部長誕生 

 翌日。合宿八日目の談話室。

久遠達は各チームが作成したレポートの部内発表を行なっていた。

彼らが根城としていた旧校舎のC教室を巡る騒動から始まり、彼らは自らの力で新しい部活動「文化保存研究部」を立ち上げることとなる。

だが、部の正式発足における最大の関門として、新誠学園部活動委員会の審査が立ちはだかっており、それを乗り越えるためのレポート作りこそが今回の合宿における一番の目的だったのだ。

談話室には久遠達五人と御堂千鶴に加え、部の顧問教師となった篠宮良子、外部アドバイザー兼にぎやかしとして参加している大鳥真美博士が集まっていた。


 大型モニターに映し出されたスライド資料の隣で説明をしているのは、諏訪内静香と御堂千鶴のチームであった。

千鶴はそつなく静香のサポートを務め、静香は終始落ち着いた佇まいを崩すことなく発表を進めてクロージングに入っていく。

「……今回の事例で、デジタルによる支援が文化を伝え守っていく上での大きな力となることがわかりました。私達は羽衣島の南陽織普及活動に引き続きご協力をしていくと共に、同じような課題を抱えている自治体や組織に対して力になることはできないかを考えていきたいと思います。以上で発表を終わります。ありがとうございました。」

静香と千鶴が頭を下げると、メンバーから拍手が送られる。

「驚いたな。」

珍しく御堂一真が最初に言葉を発した。

「合宿に入ってそう時間も無かったろうに完成度が高かった。諏訪内も大したものだ。そして、頑張ったな、千鶴。」

一真の言葉に千鶴が嬉しそうに微笑む。

「左様でござる。内容も発表も堂々としたものでござった。感服したでござるよ。」

一真に続き、大進も賞賛の声を送った。

静香と千鶴は、彼らの様子にほっとした表情を見せる。

部活動委員会の審査を突破するためにも、二人を驚かせるような発表を作り上げることが彼女達の目標だったからだ。

「ありがとうございます。九月の部活動委員会の発表では南陽織の着物を千鶴ちゃんと着る予定なんです。」

「いいねえ。そういう演出は大切だな。」

大鳥真美がそう言って大きく頷く。

「高校の部活なのに、私も発表に出ていいんですか……?」

おずおずと尋ねる千鶴に、良子が笑顔で答える。

「ここまで一生懸命協力してくれて、こんなに良いレポートができたんだから、こちらからぜひお願いしたいわ。中等部の校長先生と部活動委員会の顧問の先生には話を通しておいたから。二人とも喜んでたわよ。」

彼女の言葉に、静香と千鶴は顔を見合わせて微笑んだ。

良子は立ち上がって久遠達の前に立つと、彼らに向けて語りかける。

「一真と大進君も、あかりと久遠君も、見事なレポートだったわ。みんな、短い時間だったけど本当によく頑張ったわね。これなら生徒会や部活動委員会のメンバーも納得してくれるに違いないわ。」

「久遠君、色々と手伝ってくれて、ありがとうございました。」

静香と千鶴が久遠に向かって頭を下げる。

「僕は何も……。凄いレポートができたのは、諏訪内さんと千鶴さんが頑張ったからだよ。」

そう言って笑う久遠の隣で、あかりが立ち上がった。

「よし。それじゃあ、ここで部長と副部長を決めなきゃね。」

彼らは部活動は申請したものの、部長と副部長は合宿の終盤で落ち着いてから決めようと皆で話していたのだ。

「そうね。あかりは何か考えがあるの?」

良子の言葉に、あかりは自信ありげに頷いて答える。

「うん。私、部長は久遠君がいいと思う。」

「え?」

久遠は隣のあかりを見上げる。

「でも、こういうのは、城戸さんとか大進君とかの方が……。」

遠慮がちに口にする久遠を、良子は何も言わずに黙って見つめている。

代わりに口を開いたのは静香だった。

「久遠君。私達が短期間で発表をまとめられたのは、久遠君が色々手伝ってくれたからなんです。」

「拙者達も資料集めに随分助けてもらったでござるしな。」

大進の言葉に一真が続ける。

「工程管理も無駄が無くて正確だった。全員が無事ゴールに辿り着けたのも、久遠の力が大きい。」

あかりは久遠の瞳を真剣な目で見つめながら、落ち着いたトーンで語りかける。

「久遠君が部活動のことを言い出してくれなかったら、文化保存研究部も、この合宿も無かったわ。」

「城戸さん……。」

「それに、私は部長みたいなかしこまった感じより、もっと大袈裟でシンボル的な方がカッコ良さそうだし。」

彼女はそう言って笑うと、大進が思いついたように口にする。

「総大将とかでござるかな。」

「そう! そんな感じ!」

あかりが嬉しそうに笑うと、久遠は振り返り、皆の顔を見る。

「城戸さん……。みんな……。」

「どうやら、決まりのようね。」

良子は満足そうに頷くと、ホワイトボードに書き込んでいく。

「文化保存研究部初代部長は和泉久遠君に決まりました。」

呆気に取られている久遠に盛大な拍手が浴びせられた。

「初代部長、何か一言。」

「ええ……。」

あかりは久遠の手を引っ張り、おずおずと立ち上がった彼をホワイトボードの前へと押し出す。

「文化保存研究部……初代部長……の和泉久遠です。ええと……。」

彼は皆の顔を順に見ながら、続ける。

「合宿は仕事や受験勉強とかがある中だったり、本当に大変だったと思います。でも、みんな凄いよね、しっかりまとめて。これで僕達の……文化保存研究部の力で生徒会や部活動委員会を驚かせられると思う。そして正式な部活動と、C教室を勝ち取りましょう。みんな、よろしく!」

「よーし、やろう! みんな!」

あかりの掛け声と共に、全員が拳を上げる。

「ところで、あかり。」

「何、良子。」

「あなたは副部長ね。」

「え!? 私? そういうの大進君とかがやるんじゃないの?」

「拙者は書紀として、会計とか細かい実務をやろうかと思っているでござるよ。」

大進の言葉に良子は頷くと、あかりに語りかける。

「あなたが久遠君を焚きつけたんだから。それに、こういうのも良い勉強になるわよ。」

「わかった。総大将兼、副部長ね。久遠君、頑張ろう!」

「城戸さんがいれば心強いよ。」

照れた顔で呟く久遠に、あかりは笑みで答える。

「じゃあ、お茶にいたしましょうか。」

静香がそう言って立ち上がる。

「そうね。その後は予定通りみんなで研究所の方にご挨拶に行きましょう。」

「良子、今日は千鶴ちゃんも一緒に行くでしょ?」

「ええ。初日に色々お世話になったしね。みんなで行きましょ。」

「よーし! 研究所のお仕事も、部活のレポートも終わったし、明日明後日は遊ぶぞー!」

あかりは飛び跳ねんばかりに明るい声を上げた。


   ◇


 キッチンで紅茶とお菓子の準備をしている静香の元に、大進が姿を見せた。

「拙者も手伝うでござるよ。」

「ありがとうございます。じゃあ、タルトを出すのでそこのお皿を……」

微笑む静香に、大進も釣られるようにして笑みを見せる。

「静香殿、見事でござったな。」

「千鶴ちゃんが頑張ってくれたから。……それに大進君のお陰なんです。」

「拙者が? 拙者は今回何もしていないゆえ……。」

静香は小さく首を振ると、少し俯いて答える。

「いつも考えていたんです。こういう時に、大進君だったらどうするかなって。そうしたらいないのに、何だか側にいてくれるような気がして。変ですよね、私。」

「静香殿……。」

その時、ガステーブルにかけてあったケトルがカタカタと鳴り始め、静香は慌ててスイッチを押す。

ふと談話室の方を見ると、キッチンにいる二人を横目でちらちらと見ている城戸あかりの姿があった。

その様子に気づいた静香と目が合うと、あかりは彼女にエールを送るかのように微笑む。

静香は少し顔を赤らめたが、すぐに気を取り直して大進と向き合った。

「大進君……。あの……。お話ししたいことがあるんです。今夜、ちょっとだけ、いいですか……?」

静香の言葉に、大進は優しげな表情で頷く。

「もちろんでござるよ。拙者も、静香殿と話したいと思っていたところでござる。」

「では、今日の夜に……。」

静香は大進の顔を見つめ、小さく微笑んだ。


   ◇


 談話室ではお茶会の準備が進んでいた。 

あかり達もいそいそとテーブルや食器の準備をしている。

設置してあった移動式の大型ディスプレイや機材を片付けている久遠に、良子が優しげに声をかける。

「ありがとうね、久遠君。合宿中、みんなのことサポートしてくれて。」

「いえ……。」

久遠はそう言って立ち上がるが、足元の絨毯を見つめたままだった。

「……僕でいいんでしょうか……。」

良子には、久遠が初代部長を託されたことを迷っていることがわかっていたが、彼女はあえて問い返した。

「どうしてそう思うの?」

久遠は少し間を置いてから答える。

「……僕よりも……。一真君の方が頭も良くて統率力もあるし、城戸さんの方が人を巻き込んで引っ張っていく力があります。大進君の方が物事をよく知っていて行動も速いし、諏訪内さんだって落ち着いて気が回る……。僕に何ができるのか……。」

「あら。そんなみんなが、君がいいっていうから決めたのよ。それじゃだめ?」

「だめじゃないですが……。」

「ならいいじゃない。自信持ちなさい。それに。」

彼女は久遠の肩に手を置いて続ける。

「私だって、真美や北沢主任のような飛び抜けた能力は持っていないわ。筑浦研究所にいる研究者やエンジニア達のような専門的で高度な技術も持っていない。それでも所長代理という役割を任されて、いかにみんなが活躍してくれるかだけを考えながら仕事をしているの。」

「篠宮先生……。」

良子が自らのことをこういう形で彼に話すのは初めてのことだった。

「自信持ちなさい、久遠君。みんながあなたを選んだのよ。選ばれたあなた自身が、みんなの選択を信じてあげないと駄目でしょう。」

「……はい。篠宮先生。」

「じゃあ、お茶にしましょ。和泉部長。」

そう言って良子は久遠の額を人差し指で突くと、微笑んだ。

久遠は彼女の様子を見て、なんだか今まで見たことが無い笑顔だなと思った。

彼は気づいていなかったが、気が利くが控えめでおとなしい久遠が皆から認められたことを、良子は自分のことのように嬉しく思っていたのだ。

「良子ー、準備できたよー。」

「はーい。おお、フルーツタルトじゃない。私、好きなんだー。」

皆が待つテーブルへと向かう良子。

機材の片付けが済んだ久遠も彼女に続く。


(……?)

その時、久遠はふと額をおさえた。

(なんだろう、今の……)

頭の奥でわずかに頭痛がする。

そして何か不思議な違和感があった。

例えるならば、遠いところで何かが呼んでいるような感覚だった。

久遠は窓の外を見上げるが、いつも通り南の島の夏空が広がっている。

(……まさか……。)

彼がわずかな頭痛を感じる時、それは次元の壁を越えて境界に接続される瞬間であることがあった。

次元震と呼ばれる小規模な地震は起きていない。

その上、次元獣が現れるのは主に都市部や特定の地域に集中しており、この島に出現した例は十五年前も含めて全く無かったと聞いているのだ。

(考え過ぎだよな。まさかこんなところに……。合宿来てから少し睡眠時間が短かったからかな……。)

彼は窓越しに外を見つめる。

「そう言えば今日は満月か……。」

彼は小さく呟き、窓越しの空を見上げる。

満月の夜とは程遠い、真昼の紺碧の空が広がっていた。

「和泉部長ー! 紅茶が冷めちゃうよー。」

あかりのよく通る声が久遠の元に届いてくる。

「うん。……あと、なんだか照れるから、今まで通りの呼び方で……。」

「いいじゃん、今日くらい。ね、和泉部長?」

あかりは嬉しそうに笑いながら答える。

彼は小さく笑うと、彼らの元へ足を向ける。

久遠はその時気が付かなった。

彼が頭痛を感じていたその瞬間、ガラス窓がはまっている木製の枠が、ほんのわずかに震えていたことに。

それは島の中心部で生み出された新たな脅威が巻き起こす怪事件の胎動でもあった。

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