第50話 月夜の恋話

 諏訪内静香は窓辺から月を眺めていた。

彼女のいる広い和室では、壁にかかった古い時計が小さく時を刻んでいる。

寝衣の肩に緩く結んだ髪を載せている彼女の白い顔を、宵待の月が優しく照らしていた。

傍のスマートフォンが鳴り、彼女はメッセージを読む。

返信を返して程なく、ドアをノックする音が響いた。

静香がドアを開けると、そこには部屋着姿の城戸あかりが立っていた。

「ごめんね。色々お泊まりの準備してたら、遅くなっちゃった。」

「ううん。私もなんだかそわそわしちゃって。さっきまでお茶の準備とかしてたんです。」

静香は優しく微笑むと、彼女を部屋に招く。

「静ちゃんの部屋は和室なんだね。」

「ひと部屋だけ和室があると聞いて、そこにしてもらったんです。家では畳の上で暮らしてるから、なんとなくなんですけど。」

「そっか。静ちゃんの家は呉服屋さんだもんね。」

あかりは室内を見回す。

洋室を改装したらしいその部屋は、フロアに畳を敷いただけではなく柱や梁などの部分まで手を入れられており、奥には床の間が作られていた。

「何か淹れましょうか。寝る前ですから、ハーブティーとか。」

「うん。夜のお茶会だね。」

あかりはそう言って笑みを見せた。


   ◇


 二人は窓辺の広縁に置かれた籐椅子に座り、小さなガラスのテーブルにはふたつのハーブティーが並んでいた。

窓からは月の光が降り注ぎ、白地に紺で紫陽花の柄をあしらった浴衣姿の静香と、シンプルなキャミソールにショートパンツ姿のあかりを優しく照らしている。

合宿が決まった時からあかりと静香の間で約束をしていたことがあり、それはお互いの部屋でお泊まり会をするということだった。

研究所の仕事やレポートが忙しくなかなか機会が訪れなかったが、合宿も7日目を迎えるこの日、ようやくそれが実現しようとしていた。


 あかりはガラス製の透明なティーカップを手にしながら口を開く。

「合宿もあっという間だね。二人で話す時間があまり無かったから、静ちゃんとゆっくり話したかったんだ。」

「私もそう思ってたから、あかりちゃんがお泊まりに誘ってくれて良かったです。」

「本当に?」

あかりが嬉しそうに顔を輝かせると、静香は少し頬を染めて答える。

「お友達と部屋でお泊まりしたこともないから、何だか嬉しくて。」

「へへ。私もこういうの初めてでさ。今まで修学旅行とかも行ったことなかったし、何だか楽しくなっちゃうなー。」

「私も行ったことないですよ。修学旅行。」

静香の言葉にあかりは目を丸くする。

「え? そうなの?」

「うん。今はそんなことないけど、以前は住んでるところから離れるの、色々手続きが面倒なことが多かったんです。」

そう言って彼女は整った顔立ちに少しだけ困り顔を混ぜながら笑った。

その笑顔の裏には、あかりの知らない静香の複雑な人生が垣間見えていた。


 学校のことや筑浦研究所での仕事のこと。合宿での出来事やレポートのこと。料理やアニメや小説の話。話し始めると話題は途切れることがなかった。

明るく快活なあかりと、大人しく落ち着いた静香。

二人は出会った時から不思議と気が合っていた。学校でも研究所でも接点が少なく、趣味や嗜好がさほど重なるわけでもないのに、一緒にいる時はお互いリラックスした状態でいることができた。


 月の光が雲間に隠れ、夜も深くなった頃。

静香は壁の時計が午前2時の鐘を小さく鳴らしたのを見て口を開いた。

「もうこんな時間なんですね。そろそろ寝ましょうか。」

「んー、もっと静ちゃんとお話ししたい。」

「じゃあ、続きはお布団でしましょう。」

静香はそう言って笑うと敷いてあった布団に座り、白い寝巻きの裾を整える。

あかりは隣の布団に胡座を組んで座りこみ、広い和室を見渡しながら口を開いた。

「修学旅行の夜ってこんな感じなのかなー。アニメとか漫画でしか見たことないからさ。なんか修学旅行でしかできないこと、みたいなのやりたい。」

「んー、枕投げとかですか。」

「それはやりたいかも!」

「先生が見に来たりとか?」

「いいねー。布団かぶって隠れたりしてさ。」

あかりはそう言って薄手の掛け布団の中に潜り込んだ。

「他に修学旅行っぽいことと言えば……。」

「というと、やっぱりあれかな。」

掛け布団の中から顔を覗かせて呟くあかり。

「あれって?」

小首を傾げて問い返す静香に、あかりは声を潜めて答える。

恋話コイバナ。」

恋話コイバナ?」

「そう。修学旅行の夜といえば、やっぱり女の子同士で恋の話かなって。少女マンガとか学園ものでもよくあるし。」

あかりはそう言って再び布団に潜り込むと、月明かりに照らされた静香の美しい顔を見上げながら小さく呟く。

「……もちろん、静ちゃんが良かったら、だけど……。」

静香は布団からのぞいているあかりの申し訳なさそうな顔を見て、思わず笑みを見せる。

「いいですよ。しましょう。恋話コイバナ。」

静香はそう言って笑うと、胸元の襟を直し、自分の布団に入った。

「ところで、あかりちゃん。」

「何?」

恋話コイバナって何を話せばいいのかしら……。」

静香の素朴な疑問に、あかりは眉間に皺を寄せて考え込む。

「確かに。よく考えたら私もそんな話したことない……。友達が話してるのとか聞くのは好きなんだけど、自分のことになると何を話したらいいかわからなくなっちゃう。」

そう言ってあかりはため息をつくと、困り顔で天井を見上げた。

壁掛けの古い時計が小さく針を刻む音が和室の壁に吸い込まれていく。

暗がりの中で、静香がぽつりと呟いた。

「……これって恋話コイバナになるのかな。」

「え、なになに?」

反応するあかりに、静香はひとつずつ言葉を確かめるようにして答える。

「私の……幼馴染の話。」

「それって……。」

あかりは思わず目を見開く。

静香が話す幼馴染といえば、彼のことに他ならない。

「だめかな。」

「ううん! だめっていうか……。」

あかりは少し間を置くと、静香の方を向いて小声で続ける。

「最近の静ちゃん、ちょっと元気ないなって思ってたから……。私で良かったら、話して欲しいなって思ってたの。」

「あかりちゃん……。ごめんね、心配かけて。」

あかりが横に首を振ると、静香は小さく照れ笑いをする。

「改めて話すの、何だか恥ずかしいな。二人ともよく知ってる人の話だしね。」

あかりは薄手の掛け布団にくるまったまま、黙って静香に身体を向ける。

窓から差し込む柔らかな月の光が二人を照らす中、静香はゆっくりと話し始めた。


   ◇


「私の病室に彼が訪れたのが、全ての始まりだったんです。」

静香はあかりに語りかける。

「あかりちゃんには話したことあるけど……。私、小さい頃は超越力の研究所を転々としていて……。」

あかりは小さく頷いて息を呑んだ。

超越力とは十五年前に世界のごく一部の人に発現した、いわゆる超能力だ。

強い能力を持つことが知られた能力者は、国や国連からの求めでその不思議な能力の研究に協力することも珍しい話ではなかった。

「私、研究所での実験と病院の検査を往復する毎日で、結構弱ってたというか……元気ない時期があって。」

静香は天井を見つめながら続ける。

「そんな時、研究所の人が病室に男の子を連れてきたんです。同じくらいの歳の子がいるから友達になってやってくれって。」

静香の脳裏に、忘れられないあの日の病室が浮かぶ。

数人の大人達と中学生くらいの姉と共に入ってきたのは、短く髪を切り揃え、意思の強そうな黒い瞳をした少年だった。

「それが大進君だったんです。」

「へえ。どんな子だったの、小さい頃の大進君って。」

目を輝かせるあかりに、静香は思わず笑みを浮かべて答える。

「自分のことを忍者だっていう変わった子。ござるとか言うし。」

「なんか、今と変わらない感じ。」

あかりはそう言って笑う。

「そう。あの頃から本当に変わってなくて。明るくてしっかりしてて。身体はすごく大きくなったけど。」

静香は懐かしげな表情で続ける。

「その頃の研究所には話し相手がほとんどいなかったから、何となく大進君といつも一緒にいるようになって。でも、そのうち気づいたんです。この子は目的があって私のそばに来たんだって。」

「目的?」

「研究所の人に言われたんです。もしあなたに何かあったら、あの子を盾にして逃げなさいって。それがあの子の仕事だからって。」

「え、それって……。」

「ボディガードだったんです。国が用意した。」

当時、超越力の研究に大きな予算を割いていた政府は、強い能力者を他国や国連からの好条件で引き抜かれることを何よりも警戒していた。

そこで政府は長きに渡り要人警護を生業としてきた忍者一族「筑波忍つくばしのび」に静香の警護を依頼する。

とはいえ、十にも満たない少女に仰々しい警護をつけることにも消極的だった政府は、静香と同い年である筑波忍の少年「滝川大進」を彼女の警護役として付けたのである。

「すごいね……。ボディーガードをつけられるなんて……。」

あかりの言葉に、静香は首を振った。

「今思えば、一応つけてたくらいだったんだと思います。その頃、超越力の存在はとっくに忘れられてたんです。平和利用や復興支援……。いろんな形で期待されて研究されていたけど……。」

静香は小さなため息をついて続ける。

「苦労して超越力の研究をするよりも、重機やロボットの方が安いんだって。」

静香はそう言うと、少し寂しそうに笑った。

「だから、何か特別なことが起きるでもなく。かといって毎日学校に通ったりとか普通の生活を送れるわけでもなく。何となくいつも一緒にいる感じで過ごしてきたんです。私と大進君は。」

「出会いはそういう感じだったけど、普通に幼馴染だったんだね。」

「そうなんです。毎日一緒に勉強したり、音楽とか小説の話をしたり……。でも、二人でぼーっとしていることが一番多かったかな。ずっと空の雲が流れるのを見てたりとか。」

静香は懐かしげにつぶやく。

「それに、大進君は物知りだし器用で何でもできたから、色々教わったりして。そうだ。林檎の皮剥きとか教わったな。」

「へー。」

「それで、お礼に剥いた林檎でお菓子を作ってあげたりとか。」

「なんか可愛い。何を作ってあげたの?」

「林檎のお菓子ですよ。本で読んだばかりのタルトタタンを……。」

そう言うと、静香は何かに気がついたように黙り込んだ。

楽しかった幼い頃の思い出から、急に現実へと戻ってきたようだった。

あかりはその横顔を見ながら、小さな声で語りかける。

「ねえ、静ちゃん。」

あかりは一息ついて続ける。

「大進君のこと……どう思ってるの……?」

静香は思わず息を呑む。

だが、彼女はあかりの率直な問いを正面から受け止めていた。

城戸あかりという子は、いつもあけすけに話すように見えて、実のところ言葉や内容を慎重に選ぶ方だということを知っていたからだ。

だからこそ、あかりが話の核心に切り込んできたのは、それなりに考えと覚悟があってのことだということに気づいていた。

静香は小さく息をつき、ゆっくりと答える。

「……わからないんです。合宿に来てからは別々に行動するようになって、離れてみれば少しは何かわかるのかなと思ったんだけど……。やっぱりよくわからなくて。」

雲間から薄く届く薄明かりの中で、静香が小さなため息をつくのがわかる。

「でも、離れているほど、いつの間にか彼のことばかり考えていて。大進君だったらどう考えるかなとか、どうしているかな、とか。」

「静ちゃん……。」

静香は間を置いて答える。

「……本当はもうわかっているんです。」

彼女は自分の気持ちを確かめるように言葉を続ける。

「初めて彼に会ってから今までいつも一緒で……。いつの間にか、彼がいない人生なんて想像できなくなってた。もうただの幼馴染とか、警護の対象とか、自分の心を誤魔化すこともできなくて……。」

静香の頬を小さな涙の粒が流れていく。

「大進君とこれからも一緒にいたい。そんなこと、本当はずっと前からわかっていたのに……。私……。」

静香は言葉を続けることができずに、天井を見つめている。

あかりはそっと彼女の手に触れた。

暗がりの中で静香は再び口を開く。

「でも私、やっぱり怖いんです。自分の気持ちを認めてしまうことが。そして、そのことで今の関係が変わってしまうことが……。」

静香はそう言ってまつ毛を伏せた。


「ねえ、静ちゃん。」

あかりは静香の小さな手をそっと握りしめる。

「私は幼馴染とかいなかったし、病気がちでずっと一人だったから、高校に入るまでは良子以外に友達というか近しい人っていなかったの。だから、そういう気持ちって以前だったらよくわからなかったと思う。」

「あかりちゃん……。」

「……でも今は、静ちゃん達がいるから、ちょっとだけわかる気がするんだ。私だって、怖いもの。今までの大切な関係が変わってしまうって想像したら……。」

静香は黙って手をそっと握り返す。

「あたし、ここに来るまでちょっと怖かったんだ。」

「……。」

「まだ知り合ってそんなに経ってないのにこんな心の深くまで入り込むような話をして、静ちゃんに引かれたり、嫌われたりしたらどうしようって思ってた。でも、良子に言われたの。正面から真っ直ぐにぶつかっていくのがあかりでしょ?って。」

あかりは静香の手を握りしめたまま続ける。

「それに、もし私が自分の怖さに負けて何も言わないでいたら、それって静ちゃんのことを信じていないということになっちゃう。きっと静ちゃんなら私の伝えたいことをわかってくれる。わかろうとしてくれるって信じたから、こうやって話すことができたと思うの。」

静香は小さく頷く。

そしてあかりは、静香の顔を見て意を決したように呟く。

「私、思うんだ。大進君もきっと静ちゃんと同じように感じているんじゃないかって。」

「……!」

「そして同じように苦しんでる。そんな気がするの。だって、ずっと一緒に過ごしてきた、幼馴染なんでしょう。」

あかりの言葉に、静香は思わず目を見開く。

だが、やがて悲しげに目を伏せる。

「……私みたいな子にそんなことを思ってくれるかな。暗くてぼーっとしてるし。人とお話しするのも得意じゃない。超能力以外は、お菓子作りくらいしかできないもの。大進君は素敵な人だから、もっとふさわしい人がいるかもしれないし……。」

「そんなことないよ! それに、もし静ちゃんが言うことそのままだったとしても、大進君はずっと静ちゃんのことを大切にしてくれたんでしょう?」

あかりは静香に顔を寄せるようにして続ける。

「静ちゃんのこと大切じゃなかったら、こないだの水郷パークの時みたいに静ちゃんのことを必死で守ったりしないと思う。それに、ただの警護の対象だと思っているんだったら、大進君みたいな人は静ちゃんのことを一緒に戦うパートナーとして選んだりしなかったと思うんだ。」

「あかりちゃん……。」

「静ちゃんのお話を聞いた今ならわかるよ。大進君だってきっと同じように思って苦しんでる。大進君だってずっと続いてきた関係が変わるのが怖いだろうし、自分が静ちゃんにとってふさわしいのかなんてわからないもの。そして、これから先もずっと一緒にいたいと思っているはずだよ。」

あかりは静香の目を見つめながら、最後は涙声でそう言うと、片手で小さく目を拭った。


 静香はそっとあかりの柔らかな手を握り返す。

暗がりの中の瞳は潤んでいるように見えた。

「……私、この学校に来て、UNITTEに入って……。本当に良かった。」

「え?」

「あかりちゃんがお友達になってくれたから。」

「静ちゃん……。」

あかりは少し照れ笑いをしながら答える。

「あたしは、静ちゃんと違ってお菓子も焼けないし、落ち着いていてみんなを和ませるようなこともできなくて。いつも騒いで空回りしてばっかりで、何もできないけど。」

そう言って笑うあかりの言葉に、静香は小さく首を振る。

「あかりちゃんは、いつも勇気をくれるの。」

静香は続ける。

「C教室にいる時も、ディメンジョン・アーマーを着ている時も。何事にも全力でぶつかっていくでしょう。みんなを引っ張って、前に進む気持ちにさせてくれる。その姿を見ているとなんだか勇気が湧いてくるんだ。」

「静ちゃん……。」

「私、大進君と話してみる。今の気持ちを伝えてみようと思うの。」

「うん! それがいいよ。」

あかりは目を輝かせると、両手で静香の手を取った。

「二人っきりになれる方がいいよね。そうだ、やっぱり肝試しがいいかな。良子にもう一度頼んでみる!」

あかりが笑顔でそう言うと、静香は釣られるようにして笑った。

「そもそも、大進君は間違いなく静ちゃんのこと好きだと思うんだよね。こんなに可愛くて綺麗な子と幼馴染というだけで最高の人生じゃない? 私だったら絶対に放っておかないもん。」

あかりは満面の笑みで静香を見つめる。

「……もう……。」

顔を赤らめる静香はぽつりと呟いた。

「ありがとう。あかりちゃん。」

静香は深く息をついて目を閉じる。

「今日はよく眠れそう。」

「良かった。」

あかりはそう言って小さく頷いた。


 月はいつしか雲の中に隠れ、室内は暗がりに包まれている。

目を閉じて白い枕に頭を乗せている静香がぽつりと呟いた。

「ねえ、あかりちゃん。」

「何?」

暗い部屋の中で静香の囁くような声が聞こえる。

「次はあかりちゃんの番だよね。」

「え? なんの番?」

思わず聞き返すあかりに、静香が口を開く。

「私は話したから、今度はあかりちゃんだよね。」

「……あ……。」

「するんでしょ? 恋話コイバナ。」

「え……私? わ、私は別に……」

静香はあかりの手を握ったまま、あかりの言葉を待っているようだった。

暗闇に沈んだ部屋に、壁にかけられた時計の音だけが小さく響く。

(……どうしよう……)

あかりは静香の手の温もりを感じながら、高まっていく自分の心臓の音まで聞こえてくるようだった。

「あ、あの……。」

掛け布団に深く顔を埋めるようにしているあかりは、二の句を告げることができずに再び黙り込んだ。

どれだけ時間が経っただろう。

あかりは消えいるような小さな声で話し始める。

「静ちゃん、あのね。……これは、もし、とか仮の話として聞いて欲しいんだけど……。」

頭の中で浮かんで消えていくのは、談話室に響いたカノンと、バイオリンを弾く後ろ姿だ。

静まり返った部屋の中で、あかりは意を決したように呟く。


「私、その、ひょっとしたら……」


あかりはそう言いかけて、ふと言葉を止めた。

暗がりの中で、小さな寝息が聞こえる。

静香はあかりの手を握ったまま、眠りについていた。

あかりは彼女の安らいだ寝顔を見て、ほっと息をつく。

彼女はそっと手を離すと、静香の小さな肩に薄手の布団をかけた。

あかりは自分の布団に潜り込み、目を閉じる。

いつも穏やかで物静かな彼女が、心の中では捉えようのない嵐のような想いを抱えていることを知った。

その苦しさを思う反面、少し羨ましく思えた。

私はそんな風に誰かを想えるのだろうか。

あかりの頭の中に、さっきまで思い浮かべていた彼の後ろ姿や、柔らかな髪、深く蒼い瞳が目に浮かぶ。

彼女は目を背けるようにしてして瞼を閉じ、布団に潜り込む。

胸の高鳴りは収まることがない。

自分以外の誰かのことを強く想う。

私にもそんな日が来るのだろうか。

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