第44話 夏空の下で
「おお、メロンアイス発見! あんずボーにチューベットも!テンション上がる……!」
山のように駄菓子を買い込んだあかりは、年季の入った白いアイスクリームケースの中を宝物でも探すようにガラス製の仕切り窓を眺めている。
霜で覆われたケースの中には、色とりどりの様々なアイスクリームがひしめいていた。
湖のほとりで静香と千鶴が語り合っていた頃と時を同じくして、あかりと久遠もレポートの取材を終え、帰途に着いていた。
二人が訪れていたのは湖に沿った山裾にある小学校だった。
島で最も古い学校であり、近隣の島でも類を見ないほどの長い歴史を持つ学校である。
取材を終えた二人は、その学校からほど近い古い雑貨店にいた。
木造の小さな店の中には所狭しとばかりに無数の駄菓子が並び、奥には紐や小鍋のような日用品が置かれている。
「この二つ繋がったのもアイスなの?」
あかりの隣で久遠がケースの中を指差す。
「うん、そうだよ。あ、地域限定ぽい!買っちゃおう!」
そう言ってあかりはカラフルな色をしたパピコを嬉しそうに手に取った。
◇
二人は老夫婦が座るレジで会計を済ませて店を出ると、建物の影にあるベンチに腰を降ろした。
普段は小学校に通う子供たちで賑わう雑貨店も、この時間は久遠とあかり二人だけの場所となっていた。
「筑浦には無いんだよね、こういうレトロな感じのお店! 駄菓子がいっぱいあって、ちょっと昭和っぽくてさ。漫画とかで見て憧れてたんだよねー。」
そう言ってあかりは駄菓子が沢山入った袋を開ける。
「やっぱり夏はこれだよね。はい、久遠君。」
あかりはパピコを袋から取り出すとぱきんと二つに分けて久遠に手渡した。
「ありがとう。初めて食べるかも。」
久遠は微笑んで受け取ると珍しそうに眺める。
「私も家にあったのを食べたくらいで、こうやって二人で分けて食べるのはテレビや漫画でしか見たことないや。」
あかりはそう言って飲み口のリングを引っ張って開ける。
「あ、そうやって開けるんだ。」
久遠も彼女に倣って開けると、プラスチックの容器に唇をつけた。
ひんやりとした感触と共に、パッションフルーツの甘味が口の中で広がっていく。
ベンチに並んだ二人は、同じようにパピコを口にしながらぼんやりと空を眺めていた。
青い空の下には入道雲がしっかりと腰を下ろし、裏の林からは蝉の鳴き声がひっきりなしに聞こえている。
パピコを口から離すと、あかりは小さく息をついた。
「いやー、肩こったー。久しぶりに擬態したからね。」
「擬態なんだ。」
久遠は、制服姿のあかりが取材先の校長先生や地元の保存会のメンバーに丁寧に応対する姿を思い出していた。
「
「確かにそうかも。」
「正直肩もこるし、自分でも何やってるのかなあ、って思うこともあるんだけどさ。まあ、ああいう自分も結構気に入っているからいいんだけどね。」
あかりはそう言って笑うと、パピコを手にしたまま、うまい棒チーズ味の袋を開けた。
久遠はふと、普段の学校でのあかりのことを思い出していた。
制服を規定通りにしっかりと着こなし、丁寧な口調で立ち振る舞う彼女は、クラスメートや教師達からは真面目で明るい優等生として知られている。
UNITTEでの彼女は学校より長く過ごしてきた分慣れた感じはあるものの、大人達に囲まれて仕事をしている中ではそれなりの緊張感の中、いつも周りに気を使いながら振る舞っていた。
だが、C教室での彼女は少し違う。
制服を着崩してあけすけに笑い、時には一真と軽口を叩きながら過ごしている。
気を許した仲間達にだけ見せる、彼女の持つパーソナリティの芯に近い部分なのだろう。
「城戸さんのその”擬態”のおかげで、今日はいい取材ができたしね。」
「それは久遠君が事前に目一杯調べてくれたからだよ。」
あかりはそう言うと、さくらんぼ餅の容器を開け、ピンク色の小さな餅に楊枝を挿して久遠に手渡した。
そして自分でもひとつ口に放り込むと、小さな笑顔を見せる。
「それにしてもさ、あの小学校を設計した人が、新誠学園の旧校舎を設計した人の兄弟子にあたるなんて、すごい偶然じゃない?」
「うん。新誠の旧校舎も当時の先進的な技術や考え方を取り入れた最新の校舎だったらしいから、きっと一緒に学んだ人が沢山いたんだろうね。」
「繋がっているんだね。いろんなところで。」
あかりがそう言って空を見上げる。
久遠は同じように青い空を見つめながら口を開いた。
「そうだよね。文化保存研究部を思いついた時も、今日取材をした中でも思ったんだけど……。」
あかりはあんずボーを口にしながら、彼の言葉を待つ。
「どんなことにも長い歴史という縦の糸と、人と人の関係という横の糸があって……。その二つを僕達の部活動で繋ぐことができればいいなって思ったんだ。」
微笑みを浮かべてそう呟く久遠の横顔を、あかりは黙って見つめている。
彼の深い蒼色の瞳は、空のさらに先を見ているように思えた。
その横顔を見ていると、あかりは心の中の何かを彼がそっと触れて揺らしていくような感覚を覚えていたのだった。
不意に久遠がポケットのスマートフォンを取り出す。
「あ、そろそろバスの時間みたい。行こうか。」
そう言って立ち上がる久遠の背中を、あかりはぼんやりと見つめていたが、慌てて立ち上がる。
「今日は私達が夕食当番だから、買い出しもしなくちゃだしね。」
「そうだね。あ、大鳥博士がバイオリンを取りに来るように言ってたから、夕食の支度がある程度済んだら取りに行ってくるよ。衣装も準備できてるって。」
その日の夕食当番はあかりと久遠であり、彼らはその後にシークレットイベントとしてバイオリンのミニ演奏会を準備していたのだった。
「おお!真美さんが昔発表会で着てたってやつね。よーし、燃えてきた!合宿も折り返しを過ぎたところだし、最高の夜にしようね!」
あかりがそう言って笑顔を見せると、久遠は頷いて微笑む。
青く染め抜いたような夏空の下、二人は並んでバス停へと向かっていった。
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