後編

第27話 輝く太陽 美しい島

「海だーーー!!」

水着姿の城戸あかりが砂浜を駆け出していく。

真っ赤なビキニを身につけた彼女を待っているのは、見渡す限りの海だ。

雲ひとつない紺碧の空の下、白い砂浜に彼女の足跡がついていく。

「きゃー、あちちち!」

「あかり、ビーチサンダル! それから日焼け止め!」

幅の広い帽子をかぶったリゾートワンピース姿の篠宮良子が、大声で呼びかける。

砂浜を駆け抜け、波打ち際までたどり着いたあかり。

視界いっぱいに広がるエメラルドグリーンの海が彼女を出迎えた。

あかりはしなやかな足をおそるおそる伸ばし、砂浜に寄せて白く泡立つ波にそっとつま先をつける。

「ひゃー! 冷たい! 冷たいー!」

すらりと伸びた足が白波を蹴るたび、あかりは小さな悲鳴をあげた。

「あかりちゃん、テンション高い。」

諏訪内静香が思わず呟く。

長い黒髪を後ろにまとめた彼女は、藍色の水着の上に白いカーディガンを羽織っている。

御堂一真は、波打ち際ではしゃいでいるあかりの姿を遠く眺めながらため息をついた。

「まったく、野生児か、あいつは。」

「無理もないだろ。なあ、良子。」

合宿に同行している大鳥真美博士が良子に声をかける。

彼女は黒いビキニ姿で、その上にいつもの白衣をはおっていた。

「まあ、確かにそうよね。」

そう言って良子が遠くあかりを見ながら眩しそうに笑う。

隣にいた和泉久遠が不思議そうな顔をしているのを見て、良子は口を開いた。

「あの子、こんな風に海へ遊びに来たの初めてなのよ。子供の頃はずっと病気で外に出られなかったからね。」

「そうだったんですね。」

白い半袖シャツを着た久遠も、あかりの姿を遠く見ながら呟く。

波打ち際の彼女は、ビーチサンダルと日焼け止めを持ってきた水着姿の静香に抱き付くようにしてはしゃいでいた。

「僕もこんな綺麗な海に来るの、初めてです。」

そう言って笑顔を見せる彼の言葉に、良子は少し寂しげな笑顔で返すと、波打ち際のあかり達に手を振る。

あかりは飛び跳ねながら大きく手を振りかえすと、いつもの綺麗なよく通る声で呼びかけた。

「みんなも早く来なよー! すごい綺麗だよ! 水が透明で下が見えるの!」

大きな柄のアロハシャツ姿で荷物をいくつも担いだ滝川大進は、その様子を見ながら思わず笑顔を見せる。

「拙者達も、荷物を置いたら行くでござるか。」

「大進君、僕も手伝うよ。」

「あ、私も手伝います。和泉さん。」

声をかけたのは、御堂一真の妹『御堂千鶴みどうちづる』だった。

小さな顔に、利発そうな瞳が印象的な少女だ。

彼女は長い黒髪をお団子にまとめ、オレンジのセパレート水着の上に白いラッシュガードを着込んでいる。

久遠達より一学年下の千鶴は、まだ幼さが残る可愛らしさと、品の良い端正な美しさが同居しているようだった。

「荷物は僕たちがやっておくから、千鶴さんは行っておいでよ。」

「え、でも……。」

「千鶴ちゃーん! こっち、こっち!」

あかりが大きく手を振る。

千鶴がちらりと一真を見ると、彼は口元に小さな笑みを作って頷く。

「じゃあ、行ってきます。お兄ちゃんも行こう!」

「いや、俺は別に……。」

「そんなこと言わないの。あかりさん達待ってるよ。行こ!」

妹は一真の手を引くと、砂浜を駆け出していく。

「一真君も、妹さんには弱いのね。」

傍で見ている良子が笑う。

「大進君達も、早くみんなと遊んでいらっしゃい。私達が荷物番してるから。」

「かたじけないでござる。」

大進はそう言って肩に担いていたクーラーボックスなどの荷物をタープテントの下におろし、あかり達に合流すべく砂浜を走っていく。

「ほら、久遠君も。」

「いえ、僕も荷物番を……。」

遠慮がちに言う久遠に、良子が向き直る。

「久遠君。明日からは合宿本番。部活のレポートと研究所の仕事が待ってるんだから。今日は何も考えずに、遊んでらっしゃい。」

良子はそう言って笑うと、彼の肩を叩く。

「……じゃあ、行ってきます。」

彼は少し微笑んでそう言うと、上に来ていた白いシャツを脱いで丁寧に畳む。

グレーの生地に黒いボーダーの模様が入った長めのスイムショーツ。

そして色白の背中には、縦一直線についた大きな刀傷があった。

その傷を目にした良子は表情を凍りつかせ、息を呑む。

「良子。」

真美の短い言葉に気を取り直すと、良子は両手で久遠の背中を押した。

「行っておいで。」

彼女の優しげな笑顔を見て彼は小さく頷くと、あかり達の元へと駆け出していった。


   ◇


 良子は小さく息をついて白い樹脂製のサマーチェアに腰を下ろした。

ホテルが提供しているタープテントは相当に広く、陽射しの下でも快適に過ごすことができそうだった。

黒いビキニ姿でサマーベッドに寝転んでいる大鳥真美が良子に声をかける。

「着いたばっかりだってのに、みんな元気だな。」

「ねえ。どこにあんな体力があるのかしら。高校生って大したもんね。」

良子はそう言って笑うと、サマーチェアから立ち上がって辺りを見渡す。

眼前にはエメラルドグリーンの海が広がっている。

白い砂浜は海に沿ってどこまでも続いていくかのようだった。

まるで楽園のような様相を見せるこのビーチにいるのは、良子達八人だけだった。

彼女達がいる砂浜はオオトリ・グループのホテルが有するプライベートビーチであり、大鳥家のはからいで今日は彼女達の貸切となっていたのだ。

「まるで別世界だわ……。」

良子が大きく伸びをすると、深いブラウンの髪と浅葱色のサマードレスが小さく揺れる。

夏の太陽が彼女を強く照らし、時折、南国特有の潮風が頬を撫でていく。

彼女は眩しそうに手をかざしながら、眼前に広がる美しい海を眺めていた。


   ◇


 本土からさほど離れていない人口五千人ほどの南の島『羽衣島』。

南国らしい透明度の高い海と、距離の長い白い砂浜が織りなす海辺の風景は、一度訪れた人ならば忘れられないほどの美しさだ。

近隣の大きな島からは微妙に海路が外れており、島に巨大な国連施設があることなどから観光地としての開発がさほど進んでおらず、静かな落ち着いた雰囲気を持つリゾート地となっている。

久遠達は今日から十日間、この美しい島で合宿を行うこととなる。

サマーチェアに戻った良子は、ビーチに隣接するホテルの女性スタッフが持ってきたトロピカルドリンクを受け取ると、ゆっくりと口をつける。

波の音に混じって、水遊びに興じるあかり達の歓声や笑い声が届いてくる。

今は六人とも海に入り、目一杯はしゃいでいるようだった。

研究所内での動作試験や訓練、そしてディメンジョン・アーマーによる次元獣の近接調査。普段は大人達に混じって遜色なく働いている彼らも、今日は年頃の高校生らしい姿を取り戻しているように見える。

その光景を見ることができたことは、良子にとって何よりも嬉しく思えた。

合宿という形はさすがに予期していなかったが、久遠やあかり達が羽根を伸ばして楽しんで過ごすことができる時間をずっと望んでいたからだ。

「本当に来て良かったわ。……でも、なんだか思い出しちゃうわね。」

そして彼女はいつの間にか、彼らの姿を六年前の自分達の姿に重ねていた。

良子の様子に気がついた真美が声をかける。

「良子、泣くな。」

「泣いてないわよ、もう。」

少し震えた声と共に、良子は目元を手で拭う。

「ちょっと思い出しちゃっただけ。みんなでここに来た六年前のこと。一日中組手をやってる竜崎さんと亮太君とか。すっごい水着でずっと寝てるだけのサラとか。あと、椿さんの手料理とかさ。」

大きなサングラスの下で、真美が柔らかな表情を見せる。

「君はずっと彼方のお守りだったよな。」

「そうなのよ。あの子、海を見るの初めてなもんだからさ。あっちこっち飛び回って。泳いでたと思ったら、今度は岩陰で蟹だの貝だの見つけてきてさ。」

彼女の視線は、久遠の姿へと向かう。

海に腰まで浸かり、あかりに大量の水をかけられては、笑いながら申し訳程度の水をかけて応戦している。

「あんな顔をするようになったんだね。久遠君。」

輝く太陽の下、笑顔を見せてあかり達と水遊びを楽しんでいる久遠の姿を、良子は優しげな眼差しで見つめる。

「あーだめ、歳とると涙脆くなる。」

良子は手元のハンカチで目元を拭う。

「無理もないさ。でも忘れないでくれよ、良子。」

良子はサングラスをかけた真美の横顔を見る。

「あの子は比良坂彼方ひらさかかなたじゃない。和泉久遠なんだ。」

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