第21話 病室にひとり
霞ヶ浦水郷パークでの調査活動翌日。
北筑浦国際連合総合病院の一室では、検査着を着たままの諏訪内静香がベッドから窓の外を見ていた。
すっかり夏らしくなった紺碧の空には、うっすらと雲がかかっている。
もはや馴染みとなっていたその個室から見える夏空は、彼女にとって物悲しいようにさえ見えていた。
彼女はふとベッドの隣の小さな丸椅子に目を向ける。
いつも当たり前のようにいた大柄な幼馴染は、そこにはいない。
静香は久しぶりに思い出していた。
ひとりの病室というのはこんなに寂しげなものだったのかということを。
廊下から靴音が近づき、ドアをノックする音が聞こえる。
「どうぞ。」
「邪魔するよ。」
ドアが開くと、そこには深い紺色のスーツを着た大鳥真美がいた。
「大鳥博士……。」
いつもは部屋着のような薄着に白衣を引っ掛けただけで研究室を
「たまにしかスーツを着ないんでね。なんとか入るのがあって良かったよ。」
「一瞬、誰かと思いました。」
「白衣しか着ない生き物だと思ってただろ。」
真美はそう言って笑う。
「本当は良子の役目なんだろうけど、国連やら何やらへの対応で研究所を離れられなくてね。だから今日は私がお見舞いに来たんだ。私も肩書き上は筑浦研究所の副所長だしな。」
彼女は静香のベッドの横に置かれた丸椅子に腰をかけた。
「あかり達も学校が終わったら来るって言ってたけど、夕方には退院なんだってな。」
「はい。……色々とご迷惑をおかけしました。」
真美は首を振って答える。
「良子と二人でね、五浦教授にしこたま怒られたよ。」
「……五浦さんは大袈裟なんです。今回もなんの異常も無かったですし。」
「大進も怪我ひとつ無かったよ。」
静香の表情が少し和らいだのを見て、真美が続ける。
「だが、それは結果としてだ。今回危険な目に合わせてしまったのは、私達が君達のポテンシャルに頼りすぎたのが全ての原因だ。すまなかったね、静香。」
「……私の方こそ、その……うまくできなくて。」
真美は黙って首を振った。
「そんなことはない。静香と大進は期待以上の活躍をしてくれた。それにね、国連やUNITTEとしては、今回の結果は驚異的な成果なんだ。新型の次元獣のデータをとれた上に、未知の検体と次元石を入手できたからね。」
彼女はそう言って続ける。
「ディメンジョン・アーマーの損傷はあったが、未知の次元獣を二人の力で四体も撃破している。充分に胸を張っていい結果なんだ。もっと得意そうな顔をしてくれてもいいんだよ。」
真美が見せる優しげな表情と言葉に、静香は微笑みを浮かべて頷いた。
「大進君はどうしていますか?」
「診察の後は筑浦研究所の方に呼ばれて行っている。本人は渋い顔をしていたが、国連の方から、ぜひにと頭を下げられてしまうとな。」
「そうですか……。」
「獅子奮迅の活躍だったからね。噂を聞きつけた国連御三家を始め、あちこちの機関から問い合わせが来ているよ。どっから漏れたのか知らないが、アメリカの映画会社からまでコンタクトがあったそうだ。」
「……大進君は……人気がありますから……。」
真美は静香の横顔に影がさしたのに気がつく。
彼女は小さく息をつくと、ゆっくりと口を開いた。
「……何か、気になっていることがあるのか。」
真美の言葉に、静香は
長い沈黙の後に彼女は口を開いた。
「……大鳥博士は、幼馴染みとかっていますか。」
「……ああ。」
予期していなかった真美の返答に、静香が目を見開く。
「子供の時からずっと一緒に過ごしていた幼馴染がいてな。親同士が仲良くて、家も近かったから、自然にという感じだ。」
彼女は時折目を伏せながら続ける。
「彼は将来医者になるって言っててな。私は父のような研究者になりたかったから、いつも一緒に勉強して。学校、部活、研究室。気がつけばいつも一緒だったよ。」
「……今はその人は……。」
「もう、いない。」
「……!」
「不思議なもんだな、幼馴染みっていうのは。家族でも親戚でもなんでもないのに、なぜかずっと一緒にいるもんだと思っていて。」
彼女は小さくため息をつく。
「終わりが突然来るなんて、考えもしないんだ。」
「……ごめんなさい……。」
「いいんだよ。私には昔の話だ。だけど君にとっては現在進行形の話なんだろ、静香。」
静香が息を呑む。
「もし解決できることがあるならそうした方がいい。そうできるうちにね。」
真美は少し寂しげに微笑んで静香の顔を見る。
その表情の中には、薄着に白衣姿で研究所を歩き回り、軽口を言いながらノートパソコンを叩く、いつもの大鳥真美はいないように見えた。
◇
静香のいる病院から少し離れた筑浦駅。
三年前に全面改築が完了した、駅に隣接する最新の商業ビル「New WING」の二階フロアにはファストフード店がいくつも入居しており、夕方近くになるとまるで近隣の学生達に占拠されたような大賑わいを見せていた。
その一角では、新誠学園の夏服を着崩した女子生徒のグループが放課後のひと時を過ごしている。
静香と同じクラスの、柚原美咲とその友人である小夏とせとみだった。
「で、大進君からは返事もらったの、美咲。」
「ううん。別にすぐじゃなくていいし。せっついたらダメだと思うしさ。」
美咲はふわりとした髪を指先で弄びながら答える。
「ウチら、びっくりだよ。いきなり告るなんてさー。」
「普通だよ。大進君みたいなタイプは、駆け引きせずに真正面から行くのが一番勝率高いと思ったから。」
美咲はさらりと言うと、ミルクシェイクに口をつけた。
「美咲はさすがだねー。でも、わざわざ体育倉庫みたいなところで告白しなくったってさあ。」
小夏とせとみが笑うと、美咲は口を尖らせ、真面目な顔で答える。
「私にとっては思い出深い場所なの。大進君と初めて二人で話した場所なんだもん。」
「え、そうなの。」
「この学校入ったばっかで、まだ小夏ちゃん達と仲良くなってなかった頃さ。親ともうまくいかなくて、恋愛関係とかもっとダメで。」
「ああ、例の家庭教師だった大学生ね……。美咲が告白したのに振ったヤツ。」
「そう。で、放課後に一人になれる場所探してたら、あの体育倉庫に一人で入っていく大進君を見かけたのよ。」
フライドポテトをつまみながら聞いていたせとみが口を開く。
「あれ、あそこって生徒立ち入り禁止じゃなかったっけ。」
「なんか先生に倉庫のチェックを頼まれたんだって。旧図書室の……そう、篠宮って先生。」
美咲はそう言うと、ミルクシェイクのカップを小さな両手で包み込むようにしながら、優しげな表情で続ける。
「体育倉庫の外で、大進君にしばらく色々話聞いてもらったら、すごく気持ちが楽になってさ……。」
「で、オチちゃったわけだ。」
「そ。オチちゃった。」
美咲は照れ笑いをしながらそう答えた。
「いいなあ、ロマンティックじゃん。ウチの彼氏とかマジそういうの無かったからさー。」
「……でも、何か気になるのよね。」
美咲の様子に、小夏とせとみは顔を見合わせる。
「……諏訪内さんのこととか?」
小夏の言葉に美咲は小さく頷く。
「ただの幼馴染みとは違うような気がするの。」
「諏訪内も忍者だったりして。」
「馬鹿なこと言わないでよ。」
呆れたように笑う美咲。
「じゃあ、やっぱ付き合ってんじゃない?」
ふと、美咲の表情が固まる。
せとみの何気ない一言は、美咲の心の奥底に潜んでいた暗い感情を呼び覚ましていた。
そんな美咲の内心に気づくはずもなく、小夏が畳み掛けるように口を開く。
「あー、わかった。体育倉庫でこっそり会ってたんじゃないの?」
「あるねー、それ。やばいやばい。」
指を差し合って笑う小夏とせとみの前で、美咲は人差し指を唇につけたまま黙り込んでいる。
彼女の様子に気がついた小夏は、慌てた様子で取り繕う。
「おいおい、冗談だってー、美咲ー。」
小夏の言葉が届いているのかいないのか、彼女は無意識にストローが入っていた細長い紙袋を指先で弄んでいる。
「確かに、そうだよね。」
独り言のように呟く彼女を前に、小夏とせとみは顔を困り顔で見合わせる。
「やっぱ、直接聞かなきゃだめか。」
美咲はプラスチックの蓋に挿さったストローの先を見つめながら小さく、しかしはっきりと呟くと、手元の細い紙袋を指先でくしゃりと潰した。
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