第19話 紡がれない言葉
UNITTE筑浦研究所第一研究企画室。
壁面ディスプレイには、緑と桜色に輝く光に包まれた二体のディメンジョン・アーマーが映し出されていた。
「……あれは……!」
久遠が叫ぶ。
「大進君と静ちゃんの大技『
握り拳を振り上げたあかりが、大画面の向こうに届けとばかり歓声を上げる。
『忍法 天翔け斬り』は、静香の念動力を借りて飛翔した大進が高空から斬り下ろす大技である。
前回の大規模調査においては巨大な竜を切り裂いた、まさに必殺の技だった。
「何だと……!?」
歓声を上げた二人とは正反対に、一真は当惑をそのまま口にする。
(こちらも消耗しているとはいえ、敵は残り一体だ。一撃の勝負に出るより、諏訪内と協力して削りきる方が確実のはず……。)
一真は、緑色の光で全身を包んだ大進の機体を見つめ、絞り出すように呟く。
「何をしている……。大進……!」
◇
光に包まれた大進の機体は石畳を蹴り、高く宙に飛ぶ。
金属製の脚が、静香が念動力で作り出した不可視の力場を踏み締める。
胸部に内蔵された
見えない足場を飛び移るようにして、大進は夜空を駆け上がっていく。
彼の機体は大槍を携えた次元獣の姿が小さく見えるほどの高さへと上昇していた。
(もう一段でござるな……。む……?)
その瞬間、彼は地上で発した何かが砕けるような破壊音に気が付き、視線を移す。
「何……!!」
静香が立つ斜め後方の石畳一帯が崩落するように大きく割れ、大量の水飛沫と共に紫色の影が飛び出したのだ。
現れたのは、大進の
潰れた頭部をだらりと下げた次元獣は、石畳に開いた大穴から飛び出して着地すると、再び大きく跳躍して静香の機体へと襲い掛かった。
念動力で大進を空へと打ち上げようとしている彼女は、反応することができない。
いや、反応することすらしなかった。
彼女が念動力への集中を止めたならば、大進の身体はバランスを失って高空から投げ出されることになるのだ。
「静香殿!!」
天翔け斬りの体勢に入っていた大進の機体は身を捻り、静香を狙う次元獣に向けて矢のように急降下していく。
次の瞬間、高空から降り下ろした大進の双剣は、静香に迫っていたLZ型を縦に切り裂いていた。
大進の機体は完全にバランスを崩した状態で膝をつくようにして着地する。
金属製の機体が石畳に叩きつけられる轟音が響き、砕けた石の破片が舞い上がった。
「大進君!!」
静香の叫び声が夜の闇に響いた。
◇
「機体のチェックを!」
メカニック班を束ねる南ひろ子は、即座にオペレーターに指示を出す。
「左脚部第三アクチュエーターに損傷!」
「脚部への次元エネルギー供給量が低下しています! バイパス回路作動しません!」
「無理な着地が機体に変なダメージを与えたみたいだね。」
画面を凝視していた南が呟き、額の汗を拭う。
「なぜあんなところから次元獣が……!?」
声を上げるあかりに、公園の見取り図を確認していた久遠が答える。
「そうか……。大進君達がいるところは、改装前は湖につながる水路が走っている場所だったんだ。おそらく水路に蓋を被せただけのところが残っていたんだと思う……。」
久遠とあかり、そして研究室にいる全員が、二体が映る大型ディスプレイを食い入るように見つめていた。
◇
「大進君! 怪我は!?」
静香の機体が大進に駆け寄る。
「大丈夫でござるよ……。」
大進の忍者としての経験が、考えるよりも早く自らの身体をチェックする。
身体の痛みはないが、左脚に力を入れても脚部装甲の反応が鈍く、耳障りな異音がする。
装甲自体の損傷は少ないが、内部の機械類がダメージを受けているようだった。
あれだけの高さから不自然な体勢で着地をしてもこの程度の損傷で済んだのは、柔らかい地盤に敷いた石畳が割れることで衝撃を吸収してくれたのだろう。
「静香殿、まだ残りの一体が……。」
大進の外部カメラが次元獣の姿を追う。
次の瞬間には、紫色の影が高く跳躍し、視界を覆いつくすようにして彼に迫るのが見えた。
「おおお!」
大進は両腕と右脚に渾身の力を込めて立ち上がり、十字に構えた双剣でLZ型の槍を受け止める。
二つの剣に無数の亀裂が走り、砕けた刃が宙を舞った。
大型のリザードマンは再び跳躍すると、後方に着地する。
(次はさすがに受け切れるかわからんでござるな……)
丸腰となった大進は片膝立ちの状態で構えの姿勢をとる。
LZ型は、頭上で大槍を一回転させると、再び飛び上がった。
両手を広げ、後方の静香を守るようにして立ち塞がる大進。
(大進君……!)
彼のその背中を静香の視線が捉えた時、彼女の中で何かが弾けるのがわかった。
「……!」
静香は左の腕部装甲を虚空へと突き出す。
槍を構えて今にも大進を貫こうとしている次元獣は、何かに阻まれたかのようにして不自然に空中で動きを止めた。
静香の機体は眩いばかりの桜色の光に包まれている。
背中では二対の放熱板が翼のように広がっていた。
「静香殿……!?」
静香は大進の言葉に答えることなく、無言で左手に力を入れる。
金属製の指先が角度を変えていくと、空中に浮き上がったままのLZ型の全身は不自然に曲げられていく。
LZ型の顎からは、黒い体液が血泡と共に吹きこぼれた。
次元獣の巨躯は全身を締め付ける強大な力に耐えきれず、その関節は逆に曲がっていき、紫色の体表を覆う鎧はひしゃげて外れ、バラバラと地表へと落ちていく。
静香の目はその光景が見えているのかいないのか。
光を失った彼女の瞳はただ一点を凝視し、虚空に捧げた左手に力を込め続けていた。
◇
筑浦研究所に設置されたスピーカーからは、静香の荒い吐息が遠く聞こえてくる。
「静香!」
五浦がステータスモニターをチェックすると、静香をモニタリングする脳波計は、これまで彼女が見たことが無いような波形を描いていた。
「大鳥博士!」
真美は五浦の言葉に頷き、研究員に指示を出す。
「脳波モニタリングを警戒に移行。危険域に到達する前にDeUSを遮断する。」
DeUSとは、次元エネルギー炉を中心としたディメンジョン・アーマーのエネルギー制御を行うシステムの総称である。
機械の鎧は身体能力だけではなく、超越力と呼ばれる超能力をも強化することができる。
しかし、それがどれくらい強化できるのか、そして人体にどこまで影響を与えるのかはまだ未知の領域でもあったのだ。
壁面ディスプレイに映る巨大な次元獣は、全身が不自然に捻じ曲げられていき、装甲の隙間からは黒い体液が大量に流れ落ちていた。
「凄い……。こんなことが現実に起きるのか……。」
静香の能力を知っている研究員達ですら、目の前で繰り広げられる光景に驚きを禁じ得なかった。
画面に映る鎧姿の静香を見ていた五浦教授が絞り出すようにして声を上げる。
「……! だめよ……静香……」
脳波を示す波形は急激に揺れ動いていく。
「DeUSをカット! 生命維持モードに!」
真美の素早い指示が飛ぶ。
「やめて! 静香!!」
研究所の室内に五浦教授の叫び声が響き渡った。
◇
耳元に届いた五浦の叫びに、静香の瞳は光を取り戻す。
掲げた鋼鉄の左手には眩いほどの桜色の光が宿り、その先の空では巨大な次元獣が
彼女は力を込めていた左手を緩める。
次元獣は落下し、石畳が割れる音と共に、ぐしゃりと鈍い音がした。
滝のような汗を流し、荒く息をついている静香は、やがて両膝をついた。
「静香殿……!」
大進は彼女に駆け寄って装甲に手を添えると、ディスプレイに表示された静香のステータスを確認する。
DeUSのステータスは正常稼働状態を示し、脳波は安定値に戻っていた。
彼は静香に声をかける。
「立てるでござるか、静香殿。」
静香は大進の左腕装甲に右の掌を添えたまま、何も答えない。
『大進、奴はまだ動くぞ!』
耳元に届いた一真の通信に、大進は顔を上げる。
彼の視線の先の次元獣はゆっくりと起き上がり、よろめきつつも腕に構えた巨大な槍で彼らに狙いをつけようとしていた。
「なんという生命力でござる……! こちらも武器を……。」
大進は辺りを伺うと、静香が取り落とした薙刀を見つけ、手を伸ばす。
その時だった。
次元獣は槍を構えたまま、その動きを止めた。
LZ型の左胸には銀色に光る何かが突き刺さっている。
胸部装甲を貫いていたのは、一本の金属製の矢だった。
よろめいたLZ型は矢に手をかけて力を込めるが、矢尻に装着された小さな機械が、爆発するような輝きと共に強力な電撃を発生させる。
次元獣は槍を取り落とし、刺さった矢を握りしめたまま完全に動きを止めていた。
「いったい誰が……。」
強力な電撃の前になすすべがないLZ型を前に、大進が呟く。
「だが、この勝機……利用させていただくでござる!」
大進は薙刀を振りかざすと、勢いをつけて次元獣に放った。
薙刀はLZ型の胴体に深々と突き刺さる。
次元獣の背中からは金属製の切先が現れ、二つに割れた次元石が転がり落ちて小さな音を立てた。
◇
「次元獣のバイタルサインが全て消えました!」
「やった……!」
筑浦研究所の第一研究企画室で、安堵の声と歓声が上がる。
「調査活動を終了します。近接調査員は、回収班に現場を引き継いでください。大進君、静香、ありがとう。」
そう言って篠宮良子はマイクを切ると、デスクに手を乗せて深く息をついた。
胸に手を当てて安堵の表情を見せる久遠の横で、一真は手元の端末で映像用ドローンのカメラを操作している。
「あの矢は一体、誰が……。」
一真はそう呟いて、矢が放たれた方角を探る。
ドローンが転送する映像の先には、暗闇の中に佇む風車小屋があった。
最上部にある窓の奥に一瞬だけ見えたのは、黒い人影と中心に灯った青い輝きだった。
(なんだ、あれは……?)
「北沢主任、あの矢を放ったのは国連軍なのでしょうか……?」
「そうとしか考えられんが……。しかし、あれだけ離れた次元獣の装甲を正確に射抜くなんて芸当は……。」
ディスプレイを見つめ続けている北沢に、良子が続ける。
「それこそディメンジョン・アーマーでもなければできない芸当だわ……。」
五浦綾子教授は、無言で壁面ディスプレイを見上げている。
「静香……。」
画面の中の静香は膝を折り、夜空を見つめている。
それはまるで、何かに祈りを捧げているような姿に見えた。
◇
静香は外部カメラ越しに映る夜空を眺めていた。
彼らが普段機体のディスプレイで見ているのは、演算装置で作られた映像だが、パススルーモードにすることで、外部カメラから入る映像をそのまま見ることができた。
雲間から覗いた無数の星が白い帯のような輝きを見せている。
(
静香は夜空を彩る星の河に魅入られたかのように空を見つめていた。
彼女の傍では、大進の機体が座り込んでいる。
彼の機体の左腕に乗せた静香の右手は、そのままに置かれていた。
「静香殿。大丈夫でござるか。」
「はい……。大進君こそ……。」
「拙者はいつだって、平気でござるよ。」
大進は頭部装甲を外すと、いつも通りの力強い笑顔で答える。
静香は小さく頷くと、大進の腕に右手を添えたままぽつりと呟いた。
「大進君。」
「何でござるか。」
外部カメラ越しに、彼のいつもの笑顔が見える。
その優しく力強い笑顔の前に、静香の心に生まれていた小さな決意は、あっという間に溶けて霧散してしまう。
「……ううん。何でもないんです。」
再び夜空を見上げる静香。
大進は何も言わずに小さく頷くと、装甲に覆われた彼女を優しげに見つめた。
「大進君、私は……」
静香は夜空を見上げたまま小さく口にする。
だが、その先の言葉は紡がれることなく、天の川が見下ろす湖畔に佇む二人の間で淡く消えていく。
静香はそっと目を伏せる。
彼女の脳裏には、体育倉庫の前で大進にはっきりと想いを告げる柚原美咲の姿が浮かんでいた。
たったひと言だというのに
私は言うことができない。
今までも、きっとこれからも。
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