第18話 二人の呼吸

「見たことが無い次元獣だわ。」

研究室の壁面ディスプレイを見上げる良子が思わず声を上げる。

画面には、蜥蜴とかげのような頭部を持つ四体の次元獣が映し出されていた。

それぞれに長い槍を構えており、ひと回り大きい個体が後方に控えている。

出現した次元獣の画像は自動的に過去のデータと照合されるが、画面上でのステータスは『NO DATA』と表示されていた。

「水棲タイプの次元獣……?」

呆然とする研究員に答えるように、過去のデータを探っていた大鳥真美が口を開く。

「東南アジアとかで似たような目撃例があったらしいけど……やはり該当するデータは無しか。」

良子は後方にいる一真に声をかける。

「一真君、ああいうのは何ていうの?」

「リザードマンと呼ばれることが多いですね。」

良子は頷くと、画面に向き直る。

「了解。次の名称委員会で決定するまで、対象をLZ型と呼称します。」


   ◇


『大進君、静香。データの無い次元獣よ。様子を見ながら、落ち着いて対処して。』

「心得たでござる!」

良子の通信に応えた大進の機体に、緑色の輝きが宿る。

次の瞬間には、撮影用ドローンのカメラでは捉えられないほどの速度でLZ型に肉薄していた。

次元獣は彼の姿を認めると、にび色の金属槍を真突き出す。

大進は難なくかわすと、次元獣の懐に入り込み、肩口の装甲を打ち付けるようにして体当たりを食らわせた。

その衝撃に槍を取り落とし、よろめきながら後方に退く次元獣をめがけて大進の機体はさらに速度をあげて追い打ちをかけていく。


「忍法! かすみ十字!」

右手による斬り上げと、左手の切り払いが同時に閃く。

次の瞬間には次元獣の頭部と右腕は切り離されて吹き飛び、残された胴体が崩れ落ちるようにして倒れ込んだ。


   ◇


「凄い! もう倒した!」

研究所の城戸あかりが歓声を上げる。

大型ディスプレイには残り三体のLZ型に向かって果敢に突撃していく大進の姿が映し出されていた。

「やっぱり凄いな、滝川君の戦闘能力は。まさに忍者だ。」

画面を凝視する研究者が感嘆する中、久遠は隣にいる一真がけわしい顔をしていることに気が付いた。

「一真君、どうかしたの?」

「らしくないな。」

「え?」

久遠の横にいるあかりが口を開く。

「何言ってんの。今の大進君の攻撃、凄かったじゃない。」

一真の代わりに、五浦教授があかりに答える。

「同時に、静香のトランセンズ・バインドは使えなくなったわ。」

「五浦教授、それは……どういうことですか?」

「前回の調査でも見せた静香の念動力を使った拘束は、敵味方が混戦状態になると効力が弱まってしまうの。」

ディスプレイには、二体のリザードマンを相手に一歩も引かない大立ち回りを演じている大進の機体が映し出されている。

「動き回る複数の敵があの近さにいては、静香の念動力が大進君にも影響を与えてしまうのよ。」

「一体ずつ捕まえるとかできないんですか?」

久遠の問いに五浦教授は首を振る。

「超越力は万能の魔法じゃないわ。静香のコントロール力は並外れだから、いとも簡単にやっているように見えるけど、本来はとても難しいことなのよ。」

一真は静かに口を開く。

「普段の大進だったら、諏訪内の力を発揮できるようにうまく相手を誘い込んだはずだ。」

「そう? 大進君だってさ、後先考えずに突っ込みたくなっちゃう時くらいあるんじゃないの?」

「全く……お前とは違うんだ。」

「何よ。どういう意味?」

呆れ顔の一真に口を尖らせるあかり。

一真は画面を見上げ、果敢に戦う大進の機体を凝視する。

(大進は考えた末にこうしているとしか思えない。お前らしくないぞ、大進……!)


   ◇


 筑浦水郷パークの屋外イベントスペース。

諏訪内静香は、腰に装着した折り畳み式の弓からそっと手を離した。

眼前では大進の機体が二体の次元獣を同時に相手をしている。

彼女の目から見ても、LZ型の槍さばきは大雑把であり、とても大進をとらえるようなものではないように見えた。

それだけに、戦いに加わらずにいる後方の大型リザードマンは、不気味に感じられた。

まるで先遣隊に様子を見させているような雰囲気さえ感じられていたのだ。

これまでの次元獣にはそういった行動は無かったように思える。

相手が未知の次元獣である以上、こちらの勢いがあるうちに大進に加勢するのが得策と考えてはいたが、乱戦になっている状態では大進に影響を与えずに念動力を使うのは難しい。

弓で大型のLZ型を狙おうにも、射線状に彼がいては撃つことができない。

二手に分かれる意味で直接攻撃に行ったならば、大進の意識が分散してしまうことになるだろう。

(どうすれば……。)

当惑の様相を隠さない静香の首筋を、一筋の汗が流れた。

この時の彼女と大進が気がついていなかったことがあった。

二人は阿吽あうんの呼吸で事を進めることに慣れ過ぎていたことで、二人の呼吸が合っていない時に言葉や行動の力で事態を修正することに長けていなかったのだ。


   ◇


 大進の機体が宙を舞い、力強いかかと落としがリザードマンの脳天を砕く。

装甲ごと頭蓋を砕かれたLZ型は後方によろめくと、湖に転落して大きな水柱を上げた。

『凄い! 二体目だ!』

無線から届いた研究所の歓声に、大進が頷く。

「大進君……!」

「静香殿。あと二体でござるな。」

背後にいる静香に、大進が力強く腕を上げる。

静香は手にしていた薙刀を握り直す。

「大進君、私も……!」

彼女がそう言いかけた時、大進は左手で彼女を制する。

「筑波山で姉上と修行をしていた頃を思い出すでござる。心配無用でござるよ。」

「……でも!」

その言葉が届かないうちに、大進の双剣が閃き、眼前のLZ型の頭部を切り飛ばす。

後ろに控える大型の水棲次元獣は、その様子を不気味に伺っていた。


   ◇


「初めて見る次元獣を、たった一人で三体も仕留めるとは……。」

研究員の一人が思わず声を上げた。

城戸あかりは、壁面ディスプレイを見上げている一真に声をかける。

「ほら、見なさい。考え過ぎなのよ、一真は。」

一真はあかりの言葉に表情を変えることなく、画面に映る機体を見つめている。

同じように画面を見上げている五浦も、険しい表情をしていた。

(一見、大進君が静香を守る形で場を支配しているように見える……。でも、二人の呼吸は完全にバラバラだわ……。)

五浦は手にしたファイルバインダーに思わず力を込める。

(静香……。無理をしては駄目よ……。)


   ◇


 大進の眼前にゆっくりと迫るのは、他の三体よりもひとまわり大型のリザードマンだった。

元々手足が長いLZ型をそのままサイズアップしたような体躯に、厚い装甲を身につけている。

刺股さすまたのように穂先が分かれた金属製の大型槍を両手で構え、石畳に地響きを立てながら大進に近づく。

大進は出現したLZ型の姿を見てから、本能的にこれまでの次元獣とは異なることに気がついていた。

彼が直接相手をしたことがあるOC型やOG型といった次元獣は、その名の元になった怪物『オーク』や『オーガー』のように、素手や簡易な武器を力まかせで振るうタイプがほとんどだった。

だが、このLZ型は洗練されていないとはいえ、槍を使いこなす技術を持っている。

しかも眼前にいる次元獣は他の三体よりも大型であり、指揮官タイプとしてより高い能力を持っていることが予想された。

次元獣の大槍が振り下ろされると、大進は双剣を駆使して受け流す。

穂先が石畳を突き刺し、地面を穿うがったままであることを認めると、彼はすかさず攻撃に転じる。

「忍法! 霞十字!」

『忍法 霞十字』は両手の剣がまさに十字を描くような俊速の技であり、大進の師匠が編み出した必殺の忍法でもあった。

左手の中型剣がLZ型の右腕を切り裂き、傷口から黒い体液が噴き出す。

しかし、右手で横薙ぎにした剣は次元獣が瞬時に構え直した鋼鉄製の大槍にらされ、頭部装甲の一部を割るだけで終わってしまった。

(逸された……!? そして、浅い……!)

次元獣の右腕の傷もまた、表面を切り裂いたのみとなっていたのだ。

大進は左手に持った剣を確認すると、無数の細かい刃こぼれを起こし、黒い体液が固着しているのが見えた。

大剣よりも耐久性に劣る双剣は、連戦において早くも悲鳴をあげようとしていたのだ。

忍者としての勝負勘が彼を考えるよりも先に動かす。

大進は右脚でLZ型の胴に強力な前蹴りを入れると、その反動を使って一気に距離を取った。

「大進君……!」

静香の機体が彼の元に駆け寄る。

彼は黒々とした体液のついた双剣を両手に構えたまま、静香に声をかけた。

「静香殿。」

「……はい!」

天翔あまがりで一気に勝負をつけるでござる。」

(え……?)

静香はわずかに逡巡しゅんじゅんを見せる。

直感的に、いつもの彼ならこの場面でこの技を選んだだろうか、という疑問が頭をよぎったからだ。

だが、彼女は短い沈黙の後、小さく頷く。

大進の言う通り、どんな相手であろうと勝負をつけることが可能だと考えたのだ。

二人が協力して繰り出す最大の奥義ならば。

「やりましょう、大進君。」

静香の言葉に大進は強く頷くと、双剣を構えなおした。

大進の胸部装甲が緑色に輝く。

同時に静香の背部に装着された安定装置スタビライザーから放熱板が開き、桜色の輝きが機体を覆っていく。

石畳に覆われた周辺は、彼らが発する二色の輝きに包まれようとしていた。

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