第17話 並び立つ機械の鎧
霞ヶ浦湖畔。二十時。
湖のほとりは、いつもと違う静けさに包まれていた。
霞ヶ浦の南側にあたるエリアには『筑浦水郷パーク』と呼ばれる広大な敷地を持つ公園がある。
自然を活かした遊歩道と広場からなる敷地には運動場と屋外プールが併設され、夏休みや行楽シーズンには特に賑わいを見せる。
亀城公園と共に、筑浦市を代表する観光地のひとつとなっていた。
今年新設された湖を一望できるイベントスペースは石畳で覆われ、広々とした空間を取り囲むようにずらりと並んだ屋外照明が辺りを煌々と照らしている。
その中心には西洋鎧を思わせる機体の姿があった。
ライトを浴びて輝く薄灰色の鎧は、全体が美しい流線で構成されている。
背中から生えた羽根を思わせる二対の安定装置は優雅なシルエットを描き、その手には背丈よりも長い薙刀状の武器が握られていた。
複数の特殊装甲で構成された胸部装甲は桜色に染められ、国際連合のマークと共に、扉と鍵をあしらったUNITTEの紋章が描かれている。
そして、胸の中央では機械の鎧のシンボルともいえる、淡い桜色の輝きを灯していた。
まるでファンタジー映画に出てくるような優美な全身鎧にも見えるが、その装甲の中には全身を通して先端技術が張り巡らされている。
そしてさらにその内側には、特殊繊維で編まれたインナースーツに身を包んだ少女の姿があった。
国連組織UNITTEに所属する諏訪内静香である。
彼女が纏っている鎧のような機体は『ディメンジョン・アーマー』と呼ばれていた。
強大な力を持つ次元獣に立ち向かうためにUNITTEが作りだした機械の鎧である。
「……。」
静香は小さく息をつく。
頭部装甲の金属製バイザー裏側に備え付けられたVR機器を思わせるゴーグル状のディスプレイには、広大なイベントスペースの石畳が映し出されていた。
映像は彼女の視線や動作と連動して動くため、慣れてしまうとそれがGPUで演算されて作り出された映像であることを忘れてしまいそうになるほどだ。
耳元の骨伝導スピーカーからは、遠く離れた筑浦研究所から通信で届いてくる喧騒とともに、特殊合金製の脚部ユニットと石畳が作り出す足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
「大進君。」
静香が振り向くと、肩部に訪れた金属音と感触と共に、ディスプレイに接触通信回線オンの表示が現れる。
「静香殿、準備は万全でござるか。」
「はい。」
静香の隣に現れたのは、同じく機械の鎧を身につけた滝川大進だった。
彼は静香の横に立ち、金属の掌を静香の肩部に乗せている。
第四世代型と呼ばれる彼の機体は、次世代機にあたる静香の機体とは異なり、多くのパーツが直線で構成されている。
しかし、そのひとつひとつが耐衝撃性や可動性を十分に考慮された複雑な形状をしており、全身を通して統一された機能美を感じさせた。
頭部は忍者である大進のイメージを表すかのように、鉢金と鎖頭巾をモチーフにした装甲が取り付けられている。
胸部装甲は彼のパーソナルカラーとなる緑色で塗装され、中心部はエメラルドグリーンの輝きを見せている。
その光こそが、機体にエネルギーを供給している『DeUS』と呼ばれるシステムの輝きであった。
◇
「おおー。やっぱり大進君と静ちゃんが並ぶと絵になるねえ。」
新誠学園の制服姿の城戸あかりが、明るい声を上げる。
筑浦研究所の地下二階に位置する第一研究企画室。
調査活動のオペレーションルームとして使われている研究室である。
壁面を全て使った巨大なディスプレイには、筑浦水郷パークに並び立つ大進と静香の機体が大映しとなっている。
画面は複数に分割され、撮影用ドローンがさまざまな角度から映す二体の姿や、各機体のステータスモニターが映し出されていた。
壁面ディスプレイの前には、篠宮良子を中心とした第一研究企画室のメンバー達と大鳥真美、分析部門の責任者である北沢研一主任、リードメカニックの南ひろ子、そして五浦綾子教授の姿があった。
その後方では制服姿の和泉久遠、城戸あかり、御堂一真が大型ディスプレイを見上げている。
「大進君の大剣はどうしたんですか。」
久遠が大進の腰部に挿さっている二本の中型剣を指差しながら南に尋ねる。
「前回の大規模調査では随分武器にダメージを受けたからね。メインも予備も、メーカー送りなんだ。」
久遠の横に立つ一真が彼に声をかける。
「少し前までは双剣が大進の主装備で、元々武芸百般だからな。装備の変更は問題ないだろう。」
あかりは、画面に映る筑浦水郷パークの全体画像を見ながら良子に尋ねる。
「良子、今回は北筑浦の例の場所じゃなかったんだね。」
良子がため息をついて答える。
「前回派手にやり過ぎちゃったからね、同じ月に連続はやめてくれって筑浦市の方から言われちゃったのよ。」
「水郷パークを使うのはジュネーブ事務局の提案というのは本当なのですか。」
「うーん。それがねえ……。」
一真の質問に答えずらそうにしている良子に変わって、北沢主任が口を開く。
「国連軍の関係でな。筑浦水郷パークは有事対応のために国連軍が優先的に使用できる施設のひとつなんだ。」
「今回は国連軍特殊部隊の実地研修も兼ねる調査なので、断りきれなかったのよ。大進と静香には悪いことをしたわ。」
「水場はディメンジョン・アーマーにとって鬼門だからね。」
大鳥真美がノートパソコンを覗き込んだまま呟いた。
「鬼門?」
久遠の問いに、南が代わりに答える。
「水中での動作はかなり限定されるんだ。短時間なら大丈夫なんだけどね。」
南ひろ子は画面に映る霞ヶ浦の黒い水面を見ながらため息をついた。
「大進君、静香。研究対象はできるだけイベントスペースの中央で相手をするようにして。絶対に水際には近づかないようにね。」
良子の発した言葉に、大型ディスプレイに映る二人は、小さく頷いた。
新設されて間もないイベントスペースは、今年作られたばかりでまだ真新しい石畳が敷かれている。
かなりの広さがあり、近接調査と呼ぶ戦闘行為には適していたが、すぐ隣には霞ヶ浦が広がっている。
園内には広い空間が他に無く、軍の特殊部隊を後方に配置する関係で国連軍から指定されたのはその場所だったのだ。
「まあ、あの二人なら心配無いだろうけどな。」
「忍者に超能力者。国連軍からも最も問い合わせが多いんだ。おそらく今回の調査も注目されているだろうね。」
「組み合わせのシミュレーションでも一番勝率が高いんですよ。」
資料を確認していた研究員がそう言うと、それまで沈黙していた五浦教授が初めて口を開いた。
「あくまでも、計算されたシミュレーションでの話だわ。」
「まあ、確かにそうですが……。あの二人は訓練でも常に高いスコアを出していますから……。」
横の研究員が付け加えるようにして呟くと、五浦はトーンを抑えた声で答える。
「訓練は訓練よ。実戦にやり直しは無いわ。」
「まあ、そう言われればそうなんですけど……。うーん……。」
資料を持ったまま困り顔で沈黙する研究員に、良子が口を開く。
「五浦教授のおっしゃることは確かだわ。彼らの能力に頼り過ぎないよう、私達も気を抜かずにしっかりサポートしていきましょう。」
五浦もまた言葉を柔らげて声をかける。
「ごめんなさいね。口を出してしまって。所長代理、皆さん。よろしくお願いします。」
そう言って後方に下がった五浦は小さく息をつく。
あのような厳しい言い方をするのは五浦の本意ではなかった。
だが、前回の大勝と今回の二人が見せる盤石さに、どことなく研究室の雰囲気が弛緩していることが気がかかりだった。
そして、彼女の中には前回の会議で見せた静香のいつもと異なる様相が今も心に残っていたのだ。
その時、観測担当の研究者が声を上げた。
「所長代理、時空計測データが再接近値になりました。」
良子は小さく頷くと、大鳥真美に声をかける。
「真美、次元接続装置を起動させて。」
「了解了解。」
いつも通り床に座り込んでノートパソコンを操作する彼女は、高速でキーを叩き始めた。
「久遠君、何見てるの?」
あかりが久遠のタブレットを覗き込む。
「計画書の見取り図と一緒に、公園の観光資料を見ていたんだ。……あれ、この資料は去年の改装前のだね。」
「ほんとだ。静ちゃん達がいるイベントスペースが無いもんね。」
壁面ディスプレイを見ていた一真が、横の久遠に声をかける。
「久遠、あの建物は何かわかるか。」
久遠はタブレットに映し出されている筑浦水郷パークの観光案内を見せて説明する。
「オランダ風の風車小屋だって。観光客に人気らしいよ。」
画面の中にシルエットとして映っている複数の風車小屋は、闇夜の中に潜むように佇んでいる。
「そうか。確かあのあたりは国連軍が待機していたな。」
久遠は頷いて画面を調査計画書に切り替える。
調査計画によれば、風車小屋周辺が国連軍特殊部隊の待機場所となっているが、久遠達のアクセスレベルでは、その一帯は真っ黒に塗り潰されているように表示され、軍の配置状況は完全に隠されていた。
篠宮良子達のような調査活動の責任者レベルでも、国連軍特殊部隊の詳細については直轄部門である国連ジュネーブ事務局からほとんど共有されていない状況だったのだ。
「一真。どうせ、ゲームのことでも考えてたんでしょ。あそこだったら隠れやすいとかさ。」
「隠れやすい、か……。」
あかりの言葉を受け、一真は壁面ディスプレイを見上げながら小さくつぶやいた。
複数並んだ煉瓦屋根の風車小屋は、昼間はまるでオランダの風景を描いた絵画のように牧歌的な雰囲気を醸し出しているが、羽根を止めて佇む今夜の姿は、どことなく不穏な空気さえ感じさせていた。
◇
筑浦水郷パークのイベントスペースは依然として静けさに包まれていた。
石畳の上に設置された次元接続装置は、大地に根を張る樹木を思わせる概観を持ち、中央では赤い起動ランプを灯している。
次元接続装置は『境界』と呼ばれる異空間に働きかけることで、この世界と境界を短い時間接続する働きを持つ。
次元接続装置に赤い光が灯ることは、境界からの来訪者である次元獣が出現するサインとなっていた。
(様子が変でござるな……)
『次元震』と呼ばれる次元接続時に発生する小規模な地震はすでにやんでいたが、次元獣は一向に現れない。
「研究室、モニタリング状況はいかがでござるか。」
大進が口を開いたその瞬間だった。
「大進君! あそこに!」
静香が指差した湖の水辺に四本の水柱が上がる。
「水の中でござったか!」
大進は静香の前に身を晒すようにして前に出ると、両手の双剣を構える。
水飛沫を上げて湖から飛び出した四体の影が、金属音と共に石畳に着地する。
暗がりの中では、それはまるで長槍を構えた兵隊のように見えた。
その異形の姿は、まさしく次元獣と呼ばれる存在そのものであることを示していた。
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