第13話 残していく、ということ
久遠達が新しい部活動を創ることを決めた翌日の放課後。
C教室の教壇に立っているあかりと、黒板の前でチョークを手にしている久遠。
整然と並んだ机の一番前に座っている大進と静香、その後ろに一人座る一真。
彼らは揃って頭を抱えていた。
「……いざ考えると難しいものですねえ。」
静香はそう呟いて黒板に目をやる。
そこには、ありとあらゆる部活動の名前が記され、斜線が引かれていた。
C教室を継続して使用するために新しく部活動を創ることを考えついたものの、彼らはその内容を決めることに頭を悩ませていた。
「……部活動が多すぎるんだ、この学校は。」
「まあ、そうなのでござるが。」
いつも
部活動の申請自体はそう難しいものではない。
そのため、新誠学園には運動部や文化部を問わずさまざまな部活動が存在する。
それこそ創立以来続いている大きな部もあれば、できたばかりで部員が数名しかいないような部もあった。
百花繚乱の生徒活動こそが新誠学園の人気のひとつでもあったが、その多様さが思わぬ形で彼らの頭を悩ませていたのだ。
『すでにある部と同じような部活動は、ほぼ新設が許可されない』という現状が、彼らの前に立ちはだかっていた。
「運動部系はほぼ無理かなあ……。思いつくスポーツは大体あるよね。」
ため息混じりに黒板を見ている久遠の横で、あかりも同じように小さく息をつく。
「文化系が狙い目なんだけど、こっちも大概のものはあるのよねえ。」
「もう一度、みんなが出した案を確認してみようか。」
久遠があかりに提案すると、彼女は頷いて一真を指差す。
「じゃあまず、一真。」
「ゲーム部。」
「わかりやすいわねえ。」
呆れ顔のあかり。
大進は学校用タブレットの画面に映る部活動リストを見ていく。
「新誠はゲーム系の部活動は激戦区でござるからな。ゲーム研究部、ボードゲーム部、オンラインゲーム部、ゲーム制作部……。」
「ちょっと目線を変えたくらいじゃ、ゲーム系の部活動は難しそうだね。」
「私が出したお茶や和装の部活動もほとんどありました……。」
静香がそう言って肩を落とす。
「大進君は忍術部だったよね。これは流石に無かったな。」
「そうでござるが、忍者は拙者一人でござるからな。難しそうでござる。」
「みんなで忍者になるかー。」
あかりは教卓の上に顎を乗せてため息をついた。
「あかりちゃんのアイディアは?」
「アニメーション研究部。」
「アニメや映像系の部活はすでに十個以上あるでござるな。」
「じゃあ、マンガ部?」
「読む方も描く方も結構ありますねえ。」
大進のタブレットを覗いていた静香がそう答えると、あかりは天を仰ぐ。
「もう、この学校は部活動が多すぎるのよ〜。」
「最初に戻ってるぞ。」
一真が呆れ顔で呟くと、あかりは教卓の天板に突っ伏して覇気のない声を出す。
「久遠君が提案した音楽系の部活も、管弦楽部や軽音はじめ結構数があるしねえ……。」
「後は、本に関することくらいしか思い浮かばないなあ……。」
「どうしても自分の知っていることや興味がある範囲になってしまいますよねえ。」
静香も大進と同じく宙を見上げたまま呟く。
教壇のあかりは教卓に突っ伏したまま口を開く。
「一真も真面目に考えなさいよ。ゲームばっかやってるあんたがゲーム部なんて、当たり前過ぎるでしょ? ゲーム以外になんか好きなこととかないの。」
「ない。」
「もう。誤魔化す事ないでしょ。」
「別に誤魔化してる訳じゃない。ゲームは映像、テキスト、音楽、あらゆるメディアを組み合わせた総合芸術だ。興味が尽きることはない。」
「言うじゃない。」
あかりが感心したように呟くと、隣にいた久遠が一真に目を向ける。
「それに、娯楽や教育、体験、コミュニケーション。さまざまな要素を含んだ文化活動でもあるしな。」
「文化活動……。」
珍しく長い言葉で語る一真の姿を見ながら、久遠はぽつりと呟いた。
「確かに、コンピュータゲームだけを取り出しても、結構な歴史を持つ立派な文化でござるな。」
「そうね。それなら、アニメや漫画だって、誇れる文化だわ。もちろん、和装だってお茶だって忍術だって。」
大進とあかりの会話を聞きながら、久遠は自分の考えを確かめるようにして呟いた。
「……文化……。」
「どうしたの、久遠君。」
「それなら、文化そのものを活動にできないかな。」
「え? なんでもありのよろず部活動ってこと?」
目を丸くして久遠の顔を覗き込むあかり。
「悪くないが、それで通すのは難しいと思えるがな……。」
冷静な一真の言葉に、大進も頷いて同意する。
何でもあり、の部活も存在しないわけではなかったが、何か芯になるものがなければ難しいことは久遠にも理解できた。
「……そうなんだよね……。だから、それに加えて何か……。」
久遠は指先を顎に当てて考えを巡らせている。
不意に、彼の脳裏にアクリルのケースに収まった一輪の薔薇の姿が浮かんだ。
それは旧図書室で見たプリザーブド・フラワーだった。
久遠は何かを探すように、蒼色の瞳で辺りを見渡す。
目の前に広がっている、まるで数十年前の景色をタイムカプセルに閉じ込めたようなC教室。
壁の向こうには、時代を越えて残る無数の本を書棚に収めた旧図書室がある。
そして、歴史そのものを包み込んで守り続けたような白木の旧校舎……。
彼の頭の中で、その光景とあかり達の提案が結びついていく。
「文化の……保存……。」
「え?」
「文化を保存すること、後世に残していくことを研究するなら、ゲームもアニメも和装も忍術も扱えるよね。」
「確かにそうだ。例えばゲーム作品の保存などは、スミソニアンなど海外の博物館でもやってるほどだしな。」
「和服自体もそうですけど、和服を着るという文化を残すことが大切なんだって、いつも母が言っていました。」
「忍者という名前は今や世界レベルの浸透度でござるが、その正確な実体や知識はなかなか残らないものでござるからな。」
「久遠君。」
横で目を輝かせているあかりに、彼は頷いて口を開く。
「文化保存研究部。みんな、これでどうかな。」
全員が頷くのを見届けたあかりは黒板に向かうと、新しく新誠学園に生まれる部活動の名前を大きくチョークで書き込んだ。
「よーし、これで決まり!」
満面の笑顔を見せるあかり。
「それじゃ、お茶にいたしましょう!」
「やった! ピザポテト開けよう! 小枝も! 頭使ったら、お腹すいちゃった!」
あかりは静香の言葉を待ち構えていたかのようにそう言うと、教壇からひょいと飛び降り、机の上に置かれた大きなビニールの袋に向かった。
「……まったく……。」
一真がため息をつくと、あかりはすかさず彼の脇腹をつつく。
上機嫌で歌を口ずさみながらティーポットに紅茶の葉をいれている静香の横で、大進はタブレットで部活動開設に必要な申請書への記入を進めている。
あかりは机に並んだお菓子の前で、ゲーム機を片手にした一真と軽口を交わしていた。
(……これで、C教室でみんなと一緒に過ごせる……。)
久遠は目の前の光景を見ながら、心の底から安堵していた。
それは、彼が日々感じるようになったことの証明だったのだ。
夕陽が差し込むC教室で繰り広げられる、このなにげない風景。
それが自分の中でどれだけ大切な存在となっているかということの証明であり、久遠にとってそれは、これからもずっと残していきたいと心から思えることのひとつだった。
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