第7話 恋の先輩 -教室の風景③-
「一真が女子と歩いている……。しかも二人も。」
一年一組の教室から廊下に出てきた城戸あかりは、目の前の光景に目を丸くしていた。
視線の先には、銀髪の女子生徒に手を引っ張られるようにして廊下を行く御堂一真の背中と、慌てて追うようについて行く紺色のカーディガンに黒髪の女子生徒の姿があった。
「あかり、お待たせ〜。」
真白い肌に丸顔の女子生徒が彼女に声をかける。
「
「今来るって〜。ところで、あの男の子、二組の御堂君だよね。」
「え、知ってるの?」
あかりと仲が良い級友の友希と光莉は、御堂一真と同じく新誠学園中等部出身だった。
「同じクラスにはなったことないけど、中等部では有名人だったからね〜。生徒会長で剣道部主将。成績は学年トップ。結構人気あったんだよ〜。」
「へえ、あれがね。」
「あれって?」
「い、いや何でもない。」
「あらー、あかりちゃんが男の子の話ー?」
長身の女子生徒が背後から近づき、あかりの肩にそっと顎をのせた。
「うわ、光莉ちゃん!」
「ついに城戸あかりが男の子に興味を持ったかー。ニュースになっちゃうなーこれは。」
「や、やめてよ!」
ウェブメディア部に所属している彼女は新誠学園の校内ニュースサイトとSNSを運営しており、あかりにとって全く冗談に聞こえなかったのだ。
「それに、そういうの私、興味ないし。」
「えー、もったいない。あかり、こーんなに可愛いのに。」
光莉は笑いながら細い指先であかりの頬をちょんと触る。
「……もう!」
「二人とも〜、早くお昼行こう。いつもの場所、取られちゃうよ〜。」
◇
城戸あかりと友人達は、旧校舎裏にある大きな樹の木陰でお弁当を広げていた。
一組の教室がある新校舎からは少し歩くものの、意外な穴場となっており、人の少ない静かな場所だ。
あかりは篠宮良子からここを教えてもらって以来、天気の良い日はこの場所で友人達とお昼時間を過ごすのが好きだった。
「あかりちゃん、部活入らないの〜?」
「うーん、あまり考えてないなあ。」
「ウェブメディア部に来なよー。楽しいし、あかりならすぐにアクセス稼げるようになるよ。」
月に2回ある学内の動画配信を担当している光莉は、ちょっとした学園の有名人だった。
「面白そうだけど……、今は仕事も忙しいし。」
「確か、国連のお仕事だよね。」
海外企業勤めの父親と外務省で働く母親を持つ彼女は、国連のこともよく知っていた。
「その国連の職場って、同じくらいの年の子とかいるの?」
「うん、いるよ。今日学校終わったら、ご飯食べに行くんだ。」
「おお? 男の子?」
サンドイッチを片手に、光莉が敏感に反応する。
「女の子。と、男の子三人。」
あかりが眉をひそめながら答えると、光莉がすかさず問い返す。
「三人か。そん中に、誰か気になる男の子とかいないの?」
「もう、すぐにそういう話。」
「え〜、私も聞きたい〜。」
友希が目を輝かせている。
いつもにこにこしておっとりした彼女も、恋バナには目が無いのだ。
「うう、友希ちゃんまで……。単なる仕事仲間だから、全然そんなこと考えてないよ。」
「確かうちの生徒なんでしょ? ねえ、どんな子?」
「うーん。一人は、気が利いて頼り甲斐のある、親戚のお兄さんって感じ? 忍者だから語尾がござるとかだけど、慣れると気にならないかな。」
「え? 忍者? 語尾?」
混乱する友希の隣で、光莉は手にした野菜ジュースのパックを取材マイクがわりにしてあかりに問いかける。
「なるほど。親戚のお兄さん的、と言うことは対象外と見た。もう一人は?」
「もう一人は……無口で素っ気なくて、無愛想なやつ。いつもゲームばっかりしてるし。たまに口開くと腹立つことばかり言うし。」
「……なるほど。じゃあ対象外かなあ。で、あとは?」
「あとは……。」
あかりはハッと我に帰る。
「ちょっと、いいでしょ、もう。し、仕事の同僚なだけで、そういうこと全然考えてないんだから。」
目を逸らしているあかりに、光莉が口を尖らせる。
「えー、つまんなーい。世の中、男と女で成り立っているのよ。そういう縁やチャンスは大事にしないと。」
「……そんなこと言われたって私、光莉ちゃんや友希ちゃんと違って、ずっとそういうことに縁なかったから、よくわかんないよ。」
光莉に初めて恋人ができたのは小学生の時で、友希は中学時代の彼氏と今でも付き合っているのだという。
あかりは少しだけ間を置いて、小声で二人に尋ねた。
「……一応ね。一応、聞いてみるだけなんだけどさ。そういうのって、どういうきっかけで、その……そうなるの……?」
光莉と友希は顔を見合わせると、ほぼ同じタイミングで答える。
「何となく? 自然に?」
「参考にならなすぎる……。」
肩を落とすあかりを見て、二人はけらけらと笑った。
「あかりが恋に興味を持ったから、このへんにしとくか。あかりファンクラブとしては、満足満足。」
「それもやめてよー。いろんな人に『ファンクラブあるんでしょ』って言われてるんだからー。」
「会員は女子しかいないけどね〜。」
「私達が認める男じゃないと入れないから。」
得意そうな光莉に、あかりは肩を落とした。
「あーあ、やっぱり私、恋をするとか、ぜんぜん想像できないなー。」
光莉はそう言ってため息をつくあかりに近寄ると、彼女の耳に顔を近づける。
「な、なに? 光莉ちゃん。」
「あかり。恋の先輩として、ひとつだけ教えてあげる。」
「え、なに?」
あかりは疑い深い目で、問い返す。
光莉は声のトーンを落とし、
「恋はね、するんじゃないの。」
「?」
「落ちるの。」
光莉の言葉に、不思議そうな顔をしている城戸あかり。
彼女のブラウンの瞳に映る光莉は、まるで魔法でもかけるようにゆっくりと言葉を綴る。
「恋は、落ちるの。自分でも知らないうちに、いつの間にかそうなっているのよ。」
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