第5話 恋は追うのも -教室の風景①-
新誠学園高校の新校舎二階。一年三組の教室。
そのクラスには、和泉久遠と共にUNITTEのメンバーとして活動している二人の生徒が在籍していた。
窓際の席で黙って文庫本に目を落としている女子生徒がいる。
彼女の名は
長い黒髪に陶器のような白い肌。すらりとした身体と自然に背筋を伸ばした座り姿が、たおやかな雰囲気を醸し出している。
しかし、彼女はその自然な美しさとは裏腹に不思議なほど目立たず、まるで窓に映る夏景色に溶け込むんでいるようにさえ感じられた。
対照的に、クラスの中心に位置する席には大柄な身体を夏の制服に包んだ男子生徒がいた。
授業が始まる前の喧騒の中で、他の男子生徒と笑いながら他愛のない会話を交わしている。
短めの黒髪と、その存在を主張し過ぎない程度に仕上がった
鷹揚な、それでいて意志の強さを感じさせる瞳と口元が作る笑顔は、人を惹きつける魅力があった。
彼の名は
二人は国連組織であるUNITTEのメンバーであり、共に機械の鎧を駆る仲間であり、幼い頃から共に過ごしてきた幼馴染でもあった。
そして、二人にはお互いに少し変わった経歴を持っていることが共通している。
滝川大進は幼い頃から忍者としての修行を積み、諏訪内静香は「
一見しただけでは、二人はどこにでもいる高校生に見えることだろう。
しかし、それは二人がそのように振る舞ってきた結果なのだ。
最も、大進は忍者であることを全く隠しておらず、対照的に静香の能力を知る者は学園でもごく
「遅くなってすまんなー。」
白髪混じりの年配の歴史教師が教室に入ってくると、二組の喧騒は止んで静かになる。
「それじゃあ早速、こないだの小テストを返すぞー。」
そう言いながら、いまだ慣れない手つきで電子黒板のタッチパネルを操作する。
彼は長い教員生活の癖で『テストを返す』と言ってしまうが、新誠学園の試験はほとんどが電子化されているため、採点した答案をひとりひとり返すということはない。
その代わりに、採点の結果を電子黒板に表示して上位の生徒を読み上げるのがこの学校での恒例となっていた。
「今回も大進と諏訪内さんがツートップじゃね?」
大進の後ろに座る宮島の言葉に、クラスの視線が大進と静香に集まる。
「さあ、どうでござるかな。」
大柄な身体を椅子の背もたれにまかせながら、大進が答える。
諏訪内静香は特に表情を変えることなく窓際の席に背筋を伸ばして座り、電子黒板を見つめていた。
本人は「ぼーっとしているとよく言われる」ことを若干気にしているが、その表情は適度に力が抜け、かつ美しさや品を失うことがない。人に警戒感や注目を抱かせないようにと長年の経験の中で身につけた表情だった。
教師のたどたどしい操作の後、小テストの順位が電子黒板に表示される。
あっ、という小さな言葉がいくつも教室を駆け巡った。
「一位は
「よし。やった。」
教室の一番後ろの席にいる女子生徒が小さな拳を握り、ガッツポーズをつくる。
ふんわりと巻いた柔らかな髪が揺れた。
「美咲、すげーじゃん。」
「へへ。大進くんから借りたノートのおかげだよー。」
美咲は声をかけてきた女子生徒に得意そうな顔で答えた。
彼女は少しだけ後ろを振り返った大進の顔を目ざとく見つけ、ぱっちりとした大きめな瞳で満面の笑みを作り、小さな手を振る。
(よし、今のはいい笑顔だった。)
朝早く起きてしっかり髪を巻いてきた甲斐があったものだ。
彼には一番の笑顔を見せたい。
そのためなら、苦手な早起きも歴史も頑張れるというものだ。
教壇の教師は、電子黒板に掲示された順位を指で確認しながら読み上げる。
「滝川と諏訪内は今回は同点で二位だな。二人とも同じところを間違えてたぞ。」
「ああ、やっぱり間違ってたでござるか。まいったでござるな。」
大進が頭をかく。
「仲いいねえ。君達ぃ。」
静香の後ろに座る
不意をつかれた静香は、ほんの僅かにあっと声を上げ、思わず俯いて頬を染めた。
歴史教師は呆れた表情で内藤に声をかける。
「内藤ー、人のこと言ってる場合か。赤点はお前だけだぞ。バスケ部の練習に出られなくなっても知らんからな。」
「え、先生、マジですか。やば!」
教室が笑いに包まれる中、クラスの話題をさらわれた形になった美咲は僅かに
目の端で諏訪内静香の方を見る。
彼女はいつもの落ち着いた表情に戻っていた。
柚原美咲は、諏訪内静香のまるで人形のような穏やかで美しい、それでいてどこか人を拒むところがあるような横顔を見つめていた。
(諏訪内静香。大進君の幼馴染……。)
美咲にとって、滝川大進はクラスで一番気になる存在だ。
何なら想い人と言い換えてもいい。
そんな美咲にとって、当然大進と静香の関係性は気になっていた。
付き合っているという噂も、付き合っていないという噂もある。
だが、そこは別にそんなに気になる部分ではない。どちらであっても、戦略を変えればいいだけの話だ。
それに、ライバルがいるというのは、自分の目に間違いないことの証明なのだ。
だが、自らの心をざわつかせる何かが、他にあるような気がする。
とはいえ、それが何であるのか、今の美咲にとっては測りかねていた。
(ま、いいわ。第一の目標は達成したから。)
子供じみていると思われるかもしれないが、今回の小テストでトップになるのも、彼の心に占める自分の存在を少しでも大きくすることが目標だった。
そして、これでまた別のノートを借りる理由が作れる。
このまどろっこしさがいいのだ。恋は追うのも、また楽しい。
美咲は電子黒板に表示された大進の名前を見ながら、小さく笑った。
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