かき乱す旅人

「夢か……」

(……悪夢だな)


木々の隙間から見える、程よく雲混じりの空を見上げて、アルトは呟いた。

サボりと言えば聞こえは悪いが、暇を持て余して昼寝をしていたアルトは、人生で2番目に嫌な記憶を夢に見た。

初めて人を殺した時の記憶。

もう何年も昔の出来事だというのに、未だに記憶が脳にこびりついている。

まるでつい先日に起きた出来事であるかのように、当時の出来事をアルトは鮮明に思い出せる。

特に、人を貫いた時の感触を。


(動物とはそんなに変わらないのに、全く違った感触……)


肉の質感で言えば、近しい質感を持った獣は幾らかいた。

中にはあの男のように、自分や家族の命のためにアルトに立ち向かってくる獣もいた。

しかしそれでも獣と人間では、殺した時の感覚に大きな違いがあった。

アルトは腰に携帯した剣の柄を握る。

この剣は、初めて人を殺した時に使用した剣と同じもの。

忌々しく感じているはずだが、アルトは未だに手放す事が出来ないでいる。


「そろそろ戻るか」


そう呟くとアルトは、盗賊団が現在拠点としている場所へと歩き始めた。


―◇―◇―◇―◇―◇―


アルトが昼寝から目覚めた頃と同時刻。

盗賊団のメンバーの内、十数人は拠点を離れていた。

その中には、アルトの姉レーダと、レーダの父にして盗賊団の団長、ドルドの姿もある。

離れていると言っても、走れば片道数十分程のたかが知れた距離。

そしてそこには、多くの旅人や商人が街と街の行き来に用いる街道があった。

森の中を通る街道は、盗賊団にとってこれ以上無いほどの好立地である。

隠れ家には困らず、獲物を襲う時も奇襲しやすい。

その上この辺りには、この街道以上に勝手の良い道もそう無いため、急がなければならない事情を抱えた商人や旅人は、ある程度の危険を承知でこの道を通る。

そして盗賊団は、その中でも狙いやすいと判断した商人を獲物として定めている。

中には盗賊団出没の情報を知らない哀れな旅人などもいるが、それらも例外なく盗賊団によって悲惨な末路を辿っている。

討伐隊が編成されているという話もドルドは風の噂で聞いたが、それが差し向けられるにはまだ幾分かかかるらしい。

それに、もし仮に討伐隊が差し向けられたとして、ドルドには逃げ切る自信がある。

遊牧民崩れは伊達ではなく、この盗賊団で最も秀でている特徴は戦力でも人数でもなく、機動力なのだ。

そして今日も、おそらく盗賊団の事を知らないのであろう哀れな旅人が1人、街道を歩いていた。

そして、十数人の盗賊達がフードを被った旅人を包囲する用意が終えた頃。

レーダは旅人の装いを見て、1つの疑問を抱いた。


(あいつ、やけに装いが小綺麗だな……)


とはいえその疑問が、襲撃をやめる理由にはならない。

例えやめる理由になったとして、この段階で実行に移す前からやめるのは困難だ。

レーダの父、ドルドの合図で盗賊団は旅人の前に姿を現した。

旅人は、背後まで包囲されていることを確認すると、腰に携えていた剣を鞘から抜いた。

ドルドはそんな旅人を見て、面倒くさそうに言った。


「抵抗はやめた方がいいぜ?そっちの方が、苦しまずに死なせてやれる」


そう言ってドルドが掲げたドルドの武器は、明らかに重量級の武器だと分かる、巨大な両刃斧。

老齢の数歩手前ながらも2m10cmの筋骨隆々とした巨躯を持つ、ドルドに相応しい武器だ。

しかし旅人は、そんなドルドを前にして余裕をもって


「キミが、この集団のリーダーかな」


と、ドルドに問いかけた。


「そうだが、それを知ってどうする?」

「交渉相手になるかもしれないものを知るのは大切だろう」

「交渉?そんなもの、こっちが受け付けるとでも?おめーら、やっちまいな」


ドルドは、どこか肝が据わってる旅人との会話を打ち切って、部下に指示を出す。

そして、ドルドがその指示を出すや否や、盗賊団の中でも特に血気盛んな3人が旅人に斬りかかる。

3方向からのほぼ同時攻撃。

彼等それぞれにとっての敵とは旅人ではなく、自らの同類達。

獲物でしかない旅人を、誰が最初に殺せるかの競走だ。

そして、勝負は瞬く間に終わった。

この場にいる盗賊団メンバー全員の予想に反して、結果は旅人の勝利。

それも旅人は、襲いかかってきた3人を誰一人として殺さず、目にも止まらぬ早業で3人の剣をそれぞれ順に巻いて落とし、そして2人の顎を剣の柄頭で殴りつけて気絶させた。

残った1人は目の前の現実に対して理解も出来ず、咄嗟に後ろに下がろうとしたが、直ぐに足を引っ掛けられて転ばされ、そしてそこを狙われ他の2人と同様に気絶させられた。

ドルドも、レーダも、他のメンバーも、皆一様に目を疑うが、現実はやはり変わらず旅人は健在で、その足下には3人が倒れている。


「さて、彼はまだかな」


旅人は、剣を杖のようにして立ちながらそう呟いた。

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