第2話 とある女の物語

「私には一人の姉がいたんです。年は5つ離れていていつも私の面倒を見てくれました。きれいで優しくて、私の自慢の姉でした。」


 男は私の話を遮ることはなかった。ただその赤色の目で私の目をじっと見つめている。


「ある時、私は姉から話があると呼び出されました。そこである職人の男を紹介されました。あいつは私たちの実家の問屋によく来る人形職人でした。


 身なりはお世辞にもいいとは言えなかった。痩せこけていて生活に困っているような様子も見受けられましたが人のよさそうな印象を受けました。それが第一印象でした。


 私は姉がその男に恋をしているのだとすぐに気が付きました。だってあんなにも生き生きとしていましたから。そんな姉を見るのは初めてでした」


 男の優しい力強いまなざしは私を包み込んでいる。その優しさに甘えてしまう。


 だんだんと昂っていた気持ちが落ち着いてきていることを感じる。


「私は姉たちのことを応援しました。姉が幸せになってくれることが私の幸せだから。姉の幸せそうな姿を見れればよかったのです。


 姉は職人の男と結ばれることになりました。両親から認められることはなかったために絶縁という大きな犠牲が引き換えとなって。


 今考えればあの時私が後押ししなければ結果は変わったかもしれません」


 後悔は心の中に鉛のように重く沈んでいる。


「私にも、姉にも彼の本性は見抜けなかった。彼は人の良い男なんかではなく最低な男でした。


 すでに大口の取引先のお嬢さんと結ばれていたのです。子供だっていました。みすぼらしい身なりや痩せこけていたのもすべて芝居。


 彼の狙いは家から借りた金をうやむやにすること。実際、両親は彼の借金を帳消しにしていたのだから彼の思惑どおりだったのです。


 彼はすぐに姉を捨てました。当たり前です。彼は大口の取引先から優先的に仕事をもらっていたのです。そんな生活を捨てるはずはありません。


 姉は両親との縁も切ってしまったので帰るところもない。愛した男にも騙された。姉は家を出て行った一月後に川に浮かんでいるところが見つかりました。私は彼を許せない。だから」


「もういい。大丈夫だ」


 男は私の話を遮ると立ち上がった。そして大きな手で私のことも立ちあがらせた。


「あなたは罪悪感を抱いているのではないか?」


 違う。私は罪悪感に駆られて動いているわけじゃない。


「復讐について考えることで罪悪感を紛らわしているのではないか?」


「違う。そんな身勝手な理由ではありません。私は姉の無念を晴らすために・・・」


 それ以上言葉は出なかった。


 あんなにも考えていた言葉は口から出ることはなく喉に詰まったままだった。


 意識すればするほど呼吸が浅くなっていく。


「俺には正直言って関係がない話だ。だが一応言っておく。

 

 このまま復讐を果たせばお前も中で膨らんでいた怒りはなくなり堰を切ったかのように罪悪感が流れ込む。


 人の感情というものは時間が経てば怒りに変わる。それは例えどんなにうれしいことでもだ。後悔ならすぐに変わるだろうな。


 このままでは姉への怒りを抱えたまま生きることになるぞ」


 男は振り返り、私の前を再び歩き始めた。


「怒りは原動力。怒りのおかげで本来成し得ないことをする人もいる。でも怒りに飲み込まれ我を失い地獄へそのまま落ちるような者もいる。


 私はそのような怒りを取り除くことができる。お前はどうしたい。私が知りたいのはお前の怒りの使い方だ」


 私の心は決まっている。当たり前だ。姉の見るに堪えない亡骸を見た時に誓ったのだから。


「私は地獄に落ちても構いません。何があってもあの男に復讐する」


 男はちらりとこちらに視線を送るとすぐに前に向き直りそして止まった。そのまなざしには少しばかりの哀れみが混ざっていた気がする。

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