第5話

 巨大な杭で叩いたような大きな音と合わせて地面を震わすほどの衝撃がレイの足にも伝わる。

 扉の周囲は衝撃に耐えかねてひび割れを起こし隙間から微塵が漏れる。


 右手が添えられた部分を中心にまるで粘土のように窪むと、そのままひと一人が入れるほどの穴が開けられた。


「っ! どうした! 何が起きた!」


 金属扉がこじ開けられたことに、中がざわつく。

 レイは開けられた穴に飛び込むと、すぐに身を隠せそうな物陰に身を潜めた。


「襲撃だ! 敵はすでにどこかに潜んでいるぞ!」


 様々な設備が備えられたそこはまるで研究室のよう。

 無精ひげを生やした男や不健康そうな顔色をした研究員が複数慌てたように走り回る。


「四、五、……七人か」


 物陰から敵の数を確認したレイは左手の短剣を一層強く握り、レイは近くの敵に狙いを定め抜き足で忍び寄った。


 錯乱し、注意が散漫になっている男の背後を取ったレイはそのまま左の短剣で男の首を掻っ切った。


「……ぁが」


 断末魔を残さずに絶命させる。

 血を吹き出して、ふわりと力が抜け地面に倒れる男。


 白目を剥いた肉塊と化した男にレイは罪悪感を覚えない。そのまま次の対象を定め動き出す。

 背の低い机に身を隠しながら走るレイ。窮屈な態勢だが、レイの動きは俊敏そのもの。


「チッ! かたまっているな」


 襲撃に備えた三人が互いに背中を合わせるようなかたちで周囲に目を向けている。

 互いの死角を押さえ、襲撃者を捉えようとする三人に対してレイは机の上に置かれたコップをさっと右手に取った。


 陶器製のコップを三人の頭上、天井からぶら下がる魔力を動力とした魔力灯に投擲する。

 甲高い音を立てて割れるコップと魔力灯。破片が三人の頭上にはらはらと落ちていく。


「っ! 上!?」


 周囲三百六十度を警戒していた三人には上方への意識はなかった。

 割れた音と散らばる破片に、反射的に三人の意識と視線が割れた魔力灯に向けられた。


「……っ!」


 ばっと机の陰から上体を起こしたレイは瞬発的な加速で一気にトップスピードまで持っていくと、机上を飛び越えあっという間に三人へ迫った。


 レイの正面に立っていた男はわずかな物音にすぐに視線を天井から戻す。襲撃者の姿を確認すると顔を強張らせたが、


「っ! しゅ——」


 男が声を上げるより先にレイがその喉元へ短剣を投げつけた。

 利き手ではない左での投擲だが、レイの短剣は狙いを逸らさず喉ぼとけに突き刺さる。


 一人を仕留めたレイはそのまま旋回して残る二人を対処する。

 異変に気づいた二人は、驚く様子でレイの姿を確認すると手のひらを向けぶつぶつと呟き始めた。


「いくら不意を突かれたとはいえ、近距離戦闘において魔法は不向きだってことが咄嗟に判断できないようじゃ結果は見えている」


 手のひらに紋様がない男は魔法の詠唱をおこなっていた。

 だが懐に入り込まんとするレイに対して、発動までに時間がかかる詠唱は悪手。


 身体を左右に振りながら近寄ったレイは真正面から男の顔に両手を絡み付けてそのまま勢いよく捻る。

 ゴキャッ。


 首の骨が折れる音を残して男の上げられていた腕はだらりと垂れた。

 レイは頭が明後日の方向に向いた男を残る一人に向けて蹴とばすと、男は態勢が崩された。


 体制が崩され詠唱半ばで魔法が霧散してしまった男に対し、レイは右手をその腹部に添える。

 レイが何をしようとしているのか察した男は、脂汗を浮かばせながらその手から逃れようと後ずさるが遅すぎる。


「インパクト!」


 聖痕から放出される鋭い魔力の突きに、柔い肉はいとも簡単に破壊され飛び散った。

 ものの僅かな時間でほぼ同時に三人を仕留めたレイだったが、さすがに残る三人には姿を確認されてしまった。


「こいつ、傷付きだ!」


「シルバン公国の犬がっ!」


 レイに対して激しい敵意を向けるが、彼らはレイに向かうことはしなかった。


「目的物を確認した。あれが、テレンジアの兵器か!」


 レイが目を向ける先には台座におさまっている一本の剣。


「やつの目的はあれだ! 剣だけは絶対に死守するんだ!」


 研究員の一人がスイッチを押すと、ゆっくりと剣が台座とともに床に下がっていく。

 レイとの距離が開いているというのに攻撃魔法を向けようともしない彼らを見て、戦闘力はないと判断したレイは真っすぐに地下に収容されようとしている剣へ向かった。


 戦闘力はないものの、レイの足止めをしようと考えた男たちは、進行を遮るようにして両手を広げて立ちふさがる。


「聖痕よ」


 レイは駆けながら右手を男に向けると、一筋の光が男の身体を貫いた。

 雷のように疾く奔る光はバチバチと音を残して男の身体を焼き貫き絶命させた。


 その後ろに残る二人が身構えているが、レイは彼らを相手にすることなく絶命した男の肩を踏み台にして後ろの二人を飛び越えた。


「重い……」


 半分以上収容された剣の握りをレイは地面を転がりながら右手でしっかりと掴み、台座から引き抜いた。

 レイによって引き抜かれた剣はまるで石のように無機質で剣身も光を発していなかった。


「傷付きが触れて良い代物ではないのだ!」


 無策だが、レイの手から剣を奪い返さんと目の下に酷いクマを作った男が飛び掛かった。

 レイの手に収まる剣はまるで鈍らに見えるがそれでも剣であることには違いないと、飛び掛かってきた男の胴へ薙いだ。


「ぐぇっ!」


 薙いだ剣だったが、鋭さのない剣身は男の胴を斬り分けることは適わなかった。

 レイの振るった剣はまるで棍棒のように男を叩くと、身体をくの字に曲げながら地面を転がって後方の壁に衝突した。


「こんなに斬れないものが、剣……?」


 予想以上の鈍らな刃に首を傾げるレイだが、すぐに意識を敵に向け無力化を図る。

 聖痕から放出される光の打突は壁に頭を打ちつけ意識を失った男と、レイに剣を奪われ顔を青くし呆然とした男の二人を貫いて地に伏せた。


「とりあえずは、状況終了か。あいつらは大丈夫だろうか……」


 目的物を奪取したレイは、ヴァレミーたちとの合流地点に向かうことにした。

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