第4話

 レイ、ヴァレミー、ティルシー、ジャレンス、この四人は同じアカデミーを好成績で卒業してシルバン公国期待の若手エリートとして軍服に袖を通した同期である。


 アカデミーの頃から切磋琢磨し互いに競い合った四人はもちろん在学中から交流はあったものの、その関係性は殺伐としたものだった。


 結果としてレイが主席でアカデミーを卒業したが、ヴァレミーは成績優秀で見目麗しく異性からもモテるレイに常に対抗心を燃やしていた。


 軍服に袖を通してからも関係性に変わりはない。誰が先に勲章を受勲するか、競い合う関係である。

 レイはアカデミーの頃から好成績やエリートなどと呼ばれる外の評価に興味はなく周囲と競い合ってきたわけではなかったが、ヴァレミーのように周りが勝手にレイをライバル視することが多く彼としてはそんな視線に辟易としていた。


 それでも彼と同じくシルバン公国のために戦う戦友である彼らに対し尊敬の念を抱くこそすれ、蔑むようなことは一切しなかった。


「煙、ですか。レイはどう考えているんだい?」


 ジャレンスが上げていた腰を下ろしてレイに尋ねる。


「隊長の情報がこれまで外れたことがあったか?」


 レイの言葉にジャレンスもティルシーも首を横に振った。

 レイがヴァレミーに視線を向けると、彼も黙してそれに同意した。


「つまりはそういうことだ。情報が正しければテレンジアは火種を大きくする残虐な兵器を作っていることになる」


「それは絶対に阻止しないと……」


 ジャレンスが力強く頷くが、ヴァレミーは窓枠を拳で叩きながら声を荒げる。


「阻止じゃない。目的は奪取だ! 目的を違えるな」


「ああ、そうだ。ヴァレミーの言う通りだ。この戦争の天秤を動かす兵器ならば俺たちが奪取することで一気にテレンジアの勢いを殺すことができる。敵地に踏み込んでの任務だが失敗は許されない」


 任務の失敗は自身の死を意味する。加えてシルバンの良民に兵器が向けられ、その被害は想像できない。


「お客さん、到着したぞ」


 御者が到着を四人に伝えると、ゆっくりとレイたちは馬車を下りた。

 四人は向かいあいながら時計を取り出す。


「全員の時計に時間のずれがないか調整する。基準は俺の都計の時刻だ」


 レイが三人に都計を見せると、時計にわずかなズレが生じていたジャレンスとティルシーがネジを動かして微調整をする。


「いいか? 早すぎても遅すぎてもだめだ。タイミングがずれてしまえば相手につけ入る隙を作ることになる」


「そんなこと分かっている。貴様こそヘマをするんじゃないぞ!」


 腰の短剣に手をやり確認するヴァレミーは厳しい視線をレイに向けるが、レイは一切怯むことはない。


「もちろんだ。二人もいいな? 手こずったとしても助けに向かうことはできない。最悪、敵に蜂の巣にされることになるが、これまでの訓練を思い出せば俺たちなら大丈夫だ。ティルシーも気負うんじゃないぞ」


「ええ、分かったわレイ」


 レイは三人の引き締まった表情を確認して「時間だ。あとは手筈通りに」と小さく口を動かすと、四人は一斉に各自の目的地に向かって駆け出した。





「……あんな性格だがヴァレミーは問題ないだろう。気になるのはジャレンスだが、今回ばかりは俺もフォローすることができない」


 レイは目的の第二学院に向かって街を走り抜けていく。

 人ごみを避けながら一切速度を落とすことなく前へ進む。行く道を塞がれた際も、壁を蹴って飛び越えていく。


 レイの素早く機敏な動きに対して街の人間が驚いて彼に目を向けるが、次の瞬間には彼らの視界からレイの姿は消えていた。


「シュテルンにも俺たちの同朋がいるんだ。中立を謳っているシュテルンがテレンジアと結託して兵器を作るなど、決して許されない。ヴァレミー程じゃないが、ノーカラーの連中も本当にどうかしている……」


 中立国での一方に加担した兵器製造がつまり、争いを避けて移ってきたノーカラーやカラーの平穏な地すらも戦場に変えてしまうことを意味する。


 レイたちがこうしてシュテルンを駆けているということは、少なからずここで血が流れることとなるのだ。


「……到着したか。時間は、問題ない」


 レイは発信機を取り出してスイッチに指をかける。


「御者には悪いが、目くらましになってくれ」


 スイッチを押すと直後、四人が先ほどまで乗っていた馬車がシュテルンの中央で空に花火を上げながら爆発した。


 突如起きる大きな音に街の人間の注意は花火と馬車に向かう。

 警備も爆発した馬車に集中する。


「地図は……、いらないな。もう頭の中に入っている」


 第二学院の校門をくぐり、素早く校舎へと入った。

 多くの教室が並ぶ平凡な造りをした第二学院の校舎だが、一部だけ異常なほどに強固な扉で塞いだ空間がある。


 廊下を走り抜けるレイは、目的となる扉へ最短距離で向かう。

 廊下に出ていた学生も打ちあがった花火に目を奪われ足を止めている。物凄い速さで駆け抜けるレイの姿もこの状況では誰の目にも留まらない。


 動かぬ障害物を避けながら走ることなどレイには容易なことだ。

 壁を蹴り、天井のわずかな突起に手をかけ跳躍しそれらを突破していく。


「見つけた……」


 木製のドアが並ぶ廊下にひと際存在が際立つ分厚い金属製の扉が一つだけ現れる。

 情報に入っていた兵器の製造をしている空間に繋がる扉に違いない。


「聖痕よ」


 レイは後ろ手で短剣を抜き出すと、それを左手で構えながら右手のひらに意識を集中させる。

 淡く発光する手のひらに描かれた紋様はレイが勇者の末裔たる力を秘めていることを意味している。


 強固な扉に右手を添えるレイ。

 レイの手のひらに伝わる金属扉の熱を奪う冷たさ。


「インパクト!」


 聖痕から一気に魔力を吹き出すことによって調子近距離の対象へ強い衝撃を与える打撃。

 人の手で強引にこじ開けることが不可能な強固な扉も勇者の一撃に対してその防御を保つことができない。

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