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さて、本編(食事シーン)も終わって蛇足となる推理シーンである。
僕としては「本職」の仕事ならぬ「本食」を終えたので、あまり気は進んでいないのだが、美味しい料理でもてなしてくれた萬福旅館の方々に報いる為にも、一仕事しなければいけないだろう。
一同、片付けの終わった宴会場に集まってもらった。
「それでは、今回の事件に関して、私なりの推理を話そうと思います。」
と原田さんが皆の中心に立つ。あれれ?
「それは探偵さんがしてくれるんじゃないの?」と櫻井さん。
「ふふ、その前に聴いてほしいのです。なにせ、彼は旅館職員たちの無実を証明すると宣った。私は逆に、犯人は職員の中にいると踏んでいます。そう、女将!あなたが犯人です!」とズバッと女将を指差した。
「お前、まだ言うか!!!」と板前が原田さんに向かって殴りかかりそうになるところを番頭さんが羽交い絞めにして止める。
「話を聴きましょう。」
よく響いたが、感情的ではない。そんな凛とした声を発したのは女将さん本人だった。板前も居住まいを正す。原田さんは鼻で笑い、板前を一瞥してから口を開いた。
「私の推理はこうです。被害者の持ち物は何処にもなかった。ということは職員たちが共有スペース以外に隠していると。ここまでは先ほどお話しましたね。そしてこの膨れた探偵が”探偵”と分かった時に、険しい顔を崩さなかったのは女将と板前の二人です。そりゃー困りますよね、探偵が現れてしまっては自分たちが行った犯罪が明るみになってしまう。しかしそもそも私がいた時点でゲェイムオゥヴァー(ネイティブっぽい発音)だったのです。私の推測では、女将はあの男に脅されていて、露天風呂に呼び出された。貴女は美人だ、そんな手合いもたまに現れるでしょう。しかしそこで揉み合いの末、相手を殺してしまった。その後凶器と男の持ち物を隠滅、死体をどうしようかと考えていたところを後から来た番頭が死体を発見してしまった。板前は、もとい女将の御亭主は、それを悟ったのか、女将に請われたのか、今は協力している。そんなところでしょう。如何ですか?」
女将は何度か頷き、僕の方に向き直る。そして深々と頭を下げた。
「探偵さん、よろしくお願い申し上げます。」
がってんでい!と立ち上がりたいところだがお腹の都合上そうもいかない。
ふてぶてしく安楽椅子探偵の様に座って、世界を汚さない程度に咳払いでもしてみる。こほん。そして言おう。この恥ずかしい結末を。
「事故ですよ…これ。」
僕の発言を聞いた原田がぽかんとした顔をする。良い顔するなー、笑わせないでほしい。出ちゃうから。
「っむ…だから、そもそも事故なんです…犯人なんていません。」
「そんなバカな話があるか!?」と原田ちゃん。
「だって、刑事さんも…うっぷ…そう言ってたじゃないですか。」
「言ってたね。」と彼女。
「そうだった」「そうだった」と番頭と仲居。
「あほくさ」と櫻井さん。仰る通り。
「じゃあ凶器とあの男の持ち物はどうなんだ!?どこへ消えた!?」こんなに敵は多くても後には引けぬ。男の性か。
「そもそも凶器と言うか…っ…事故…石鹸…足…後頭部強打。洗い場近くの…ぐっ…岩。」
やばいやばいあんまり調子に乗って喋るとまずい。溢れる。単語で察してくれ。
「岩?血なんてついてなかったじゃないか!」と察しの悪い原田が読者用とも思える立ち振る舞いをしてくれちゃう。
「そうか、雨だ!」と仲居が叫ぶ。グッジョブ仲居。
「雨?」嘘だろ原田、察せよ原田。
「あの直前強い雨が降っていた。それで洗い流されたわけか。」と板前が続く。助かります。
「じゃあ荷物は…?」と原田。
「それは、」と僕が口を開こうとすると、廊下からどたどたと足音が聴こえてくる。
「いやー、夜分にすみません。例の御遺体の身元が分かりましてね。一応ご報告に。」とトレンチが入ってくる。誰も知らないであろう名前を発表する。どうやらそう遠くない地域に住む人間らしい。
「ど、どうして身元が?彼の所持品はなかったはず。失踪届でも出ていたんですか?」と原田。このままトレンチが全部説明してくれると助かる。
「ん?どういうことですか?」とトレンチ。仕方ない。トレンチ側からすれば意味わからんだろうし。
「そもそも…あの露天風呂は…ぐぷ」
「入口が二つあるんです。」と女将が続いてくれた。
その露天風呂は、萬福旅館専用のものではなく、寧ろ裏の風呂屋「安静」が管理する露天風呂を共有させてもらっているものであった。だから安静側から入った客を萬福旅館側は把握していないし、当然荷物もこちらにはない。知らないと言うしかないのである。ただ発見、通報した者として警察に協力したまでである。
引き戸のところにも「露天風呂-安静-」とは表記されていたし、別の出入り口もあったことを、原田さんは確認していなかった様だ。
『山奥の知る人ぞ知る旅館、美人女将、正体不明の死体』
という三連コンボにミステリーでなければ!と思ってしまう気持ちは分かるが、それで目がくらんでしまっては「探偵役」は務まらない。
「じゃ、じゃあ、あの顎の傷は…?」もうやめておけば良いのに。
「剃刀負け…。」と彼女がトドメを差す。
原田は膝から崩れ落ちた。僕も限界だった。おやすみなさい。
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