1時間後、同じ宴会場にて。

僕は料理に囲まれていた。

小林夫婦も。

櫻井さんは「食欲がない」

原田さんは「殺人鬼かもしれない人の料理は食べられない」とのことです。


探偵と名乗ってしばしのチヤホヤの後、彼女が僕の「性質」について話した。

「鋭敏過ぎる推理力を安定させる為、また情報を整理させる為に、胃を満腹にする必要がある。」

女将は戸惑い、板前も睨む相手が1人から3人に増えた。

ここらで僕自身、ご飯にありつく為のキラーフレーズ、および美味しい料理を作ってもらう為の布石を投じる。ご飯が無事いただけるなら働くも易し。

「もし満腹にしていただけるなら、僕があなた方の無実を証明致します。」


というわけで、僕は無事料理にありつくことが出来ている。

「老舗レストラン」で修行した「旅館の板前」が作る「大食い御用達料理」とは。

そのちぐはぐな要素を実に上手くマリアージュさせた料理が所狭しと並べられていて、それを片っ端から平らげていく。

焦がし気味のベーコンを取り入れたきんぴらごぼう。ベーコンの旨味が全体に染み渡り、噛むたびに旨味が押し寄せる。

宴会用と呼べる量の刺身は一人前。わさび醤油だけでなく、ごま油と塩辛い柚子胡椒、オリーブオイルと岩塩など、複数の調味料が楽しめる。

お通し、前菜と呼べるものを片付けていると、続いてスープがやってきた。ミネストローネやポトフの要素を感じる豚汁だ。柔らかい脂の甘味に程よい酸味、ごろごろと入った食材は目も歯ごたえも楽しくしてくれる。添えられたバケットには豆腐とクリームチーズがマッシュされた特性クリームが隅まで塗られている。美味い…。

「やっぱりパンと液体来ると良いね、ちょっとずつ。ちょっとずつだけど膨らんできてる。」

隣で僕の食事風景を見つめていた彼女が、爛々とした瞳にフェードしつつ僕のお腹を触り始める。その指先の動きはなまめかしく少しくすぐったい。指先に意識を集中すると自分が徐々に膨らんできていることを実感できる。

次は大きなだし巻き卵に取り掛かる。一見大きいだけで形は普通のだし巻き卵なのだが、割るとしっかりチーズが入っていた。舌の上で溶ける。懐かしさと現在が繋がる様な旨味の調和が、あっという間に消えてしまう。「今を大切にしなさい」という祖母の言葉が蘇ってきた。様な気がしたが僕の祖母はそんなこと言ったことない。イデア的祖母の金言。

舌平目のムニエルは塩麴が使われていた。これは大きくすることが出来なくて当然なのだが「おかわりもあります」と女将に言われた。この後めちゃくちゃおかわりした。

この次に和牛ステーキ五百グラムが出てくるのだから、大抵の場合この段階では満腹で「もっと早くステーキ出してよ」との嘆きが聞こえてきそうなものだが、隣の小林夫妻を見てみると意外なことに健闘していた。小林妻が応援する中、小林夫が玉の汗を浮かべながら平らげていく。え、まさかのライバルキャラだったの?確かに良い膨らみ具合をしている。小林妻が夫の膨らんだ腹を撫でる姿を見て、ちょっと良いなとか思ってしまったのを悟られたのか、僕は彼女に睨まれた。ぐぶっ!!?腹を殴られた!?今は勘弁してください。

気を取り直して、ステーキを特製の醤油だれで食べる。特性醤油だれは和風と見せかけてコリアンダーとはちみつが隠されていた。あと赤ではなく白ワイン。それが程よく優しく甘い。グレービーソースの様にも感じるが、別物だ。こういう食べやすさで誤魔化されがちだが、油分は蓄積され、血糖値もしっかりと上昇していっている。甘くて飲みやすいがしっかりとアルコール度数をキープしているレディーキラーなカクテルの様だ。そろそろだいぶぼんやりしてきた。

「膨らんできた、膨らんできた。」

彼女がこの時だけ見せる表情がある。普段色をなくして死んだようなアーモンド形の瞳は、今はしっかりと開いて僕のお腹を食い入るように見つめ、キラキラと光を反射させている。僕がそんなことを指摘したら、彼女は恥ずかしがるか、またはぶちぎれてその顔を辞めてしまうかもしれない。だから僕は、いつも無視して黙々と食事に勤しむ。まるで「邪魔しないで」と言わんばかりに。そのくらいの方が彼女の「無防備」が見られるのだ。

僕は彼女と出会った時のことを想起していた。ある事件だった。

僕は既に探偵で「性質」にかこつけて、お腹を膨らませていた。

いやいや、今回はその話じゃない。その話はまた今度。

やばいやばい、血糖値急上昇で落ちるところだった。食べねば。

「カツ丼か親子丼からお選びいただけます」

ここまで来て、ラストが丼ものというのもなかなかイカレ、コホン、失礼。

「…むっ…親子丼でお願いします…。」

カツは揚げ物だから、という考えは安易だったかもしれない。

親子丼はチーズとクリームを使ったカルボナーラ風。ここに来てなかなかやってくれるじゃないか、板前氏。いや、もしかしたら「無実」証明の為に一肌脱いだ結果かもしれない。だとしたら責任は僕にある。しかし隣の彼女を見る限り、まだ満足まで今一歩。僕はレンゲを手に、親子丼へと向かった。

クリームとチーズが織り込まれた半熟卵は、濃度はあるにせよ滑り込んで来やすく、お陰で飲み込みやすい。これは正しい選択だったかもしれない。小林夫はカツに苦戦している模様。しかし奥さんの甲斐甲斐しい応援が少し羨ましくもある。

「ちょっと、余所見し過ぎじゃない?」と彼女に顎を掴まれてぐにっとなる。

「しゅびばせんっ」

いつの間にか彼女が外してくれたベルトとボタンのお陰で、お腹は無限領域に突入しつつある。長年の鍛錬のお陰で随分と膨らむようになった僕の皮膚。パンパンの風船まであと一歩の腹を突いたり、撫でたりする彼女。たまにぐりぐりも。ぐっぷ。あんまり遊び遊ばせなさると出てしまいます姫君。と思って彼女を見つめる。本当に楽しそうに僕のお腹を抱いている。まるでこのお腹が自分のテリトリーであるように。普段事務所で僕にする塩対応とは別次元の何か。そんな彼女を見る為に、僕はこうして「探偵」でいるのかもしれない。満腹になると推理がまとまる性質の「探偵」に。


小林夫は丼ものを平らげた時点で気絶したらしく、奥さんが膝枕で介抱していた。

僕はデザートに向かう。ラストスパート。これで僕のお腹は「完成」する。


ラストは特性黒ゴマプリン。人気商品らしい。お持ち帰りも出来るとか。

しかし全体通してこってりとクリーミーなものが多く、なかなか泣かせに来るラインナップだったが、それでもラストまで美味いと感じさせるというのは、あの板前の腕が確かである証拠だ。プリン最後のひと口がつるりと喉を通って落ちていく。

ぷはーっ、と息が漏れるが、調節しないと世界(卓上)を再度いろどる危険性があった。

「…かわいいな…」

と彼女が腹を撫でる。当然僕のことではない。

僕の丸々と膨らんだお腹に対しての褒め言葉だ。今日は大層気に入ったらしく、キスまでしてくれた。まいったね、ぐっぷ。


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