3
「犯人はこの中にいます」
原田さんももう一度、噛み締める様にもう一度言った。
旅館関係者始め、小林夫妻がどよめく。どよめいていないのは僕、彼女、板前、櫻井さん。
「御冗談はよしてくださいよ。」と裏返り気味に小叫ぶ仲居。
「そ、そうです。心臓に悪いな。」と苦笑う番頭。
女将はおろおろと状況を見つめ、板前は原田を睨んでいる。
「お聴きしたいのですが、あの被害者の方は宿泊者ですか?」
原田さんが立ち上がってスタッフ陣に尋ねる。
「そ、それが、宿泊者ではなくて…」
「ではどなたか分からないと?」
「そうですね、存じません。」
「なるほど。実は先ほど、勝手ながら脱衣所を調べさせていただきました。しかし彼の衣服や持ち物の一切がなかった。正体不明の死体というわけです。」
スタッフ陣は唖然とした顔、小林夫妻は完全に怯え切っている。この夫婦はたまの休みに来た旅行なのだしたら気の毒でならない。
「どうして殺人だと?」
板前が尋ねる。
「あの刑事は事故と言っていましたが、血の付いたものがそばになかった。つまり凶器があり、それが持ち去られたということです。それに顎の切り傷も気になりました。きっとその凶器を一度避けた際に出来たものでしょう。」
原田さんどんどん姿勢が良くなって、発声も深く、顔つきも逞しくなってきた。やっぱり思考や精神って肉体をみるみる変えるものだなーと感慨深くなってくる。
「今から皆さんの荷物と部屋を調べさせてください。凶器と彼の持ち物が何処かにあるはずです。勿論チェックは任意ですが、断る方は、ね?」
原田さんが痙攣したように両目を瞑る。ウインクかもしれない。
そんなこと言われて断る人もおらず(ここに某ノベルゲーでお馴染みの関西系社長でもいれば大いに揉めて面白かったかもしれない)、皆素直に部屋と荷物チェックに応じた。一部女子大生の下着類の袋にまで手を伸ばした原田さんを仲居さんが威圧するシーンなどもあったが、そこはかとなく平和に済んだ。
その後、トイレ含め、その他の共有エリア全体も原田さんはくまなく調査した。
それはそれは丁寧な仕事ぶりだった。少しねちっこいくらい。
しかし努力もむなしく何も出てこなかった。
「共有エリアから何も出てこないということは、つまり、」
原田さんは深く深く深呼吸して、続きを話した。
「犯人は旅館の関係者ってことになります。」
女将は目を瞑って震えている。
その姿を見て板前の眼光はさらに鋭く原田を射抜く。しかし原田もここまで来たら引くに引けない。
「本気ですか?お客さん、私どもの誰かが犯人だと?」
と板前が今にも包丁でも取り出しそうな顔つきで言う。
原田さんは分かりやすくビビるが、必死に食い下がる。
「も、もし違うなら証拠を見せてください!犯人でないって証拠を。私だって今日はこのままここにいなきゃならないんですから、殺人犯の運営する旅館なんてごめんです!」
さっきまで少しは探偵役の風格があったのに、これでは急に死亡フラグの立った小物だ。「こんなところにいられるか!俺は部屋に戻るぜ!」とか言い出しかねない。
「お客さん、もう一遍言ってください。」
板前がドスの利いた声ですごむ。なかなか堂に入った佇まいだ。
やはり板前、上下関係が厳しく、歴史のある世界ともなると多少の修羅場は経験済みなのかもしれない。
「あのさ、」
と音量大きめの無機質な声が響く。当探偵事務所の紅一点(紅も黒も一人しかいないけど)。
「この人、探偵だけど。」
と僕を一瞥して、雑誌に視線を戻す。
全員の視線が僕に集まる。一応「どうも」と頭を下げておく。
「た、探偵?」と原田氏が顔を赤くして僕を見つめる。息まいてた彼をまっすぐ見られない。
「た、探偵…!」「あの!?」と見合う番頭と仲居。どの?
「探偵って本当にいるんだ…。」と呟く櫻井さん。いるんだよ。要るかはさておき。
小林夫妻はもう助かったみたいな顔をして手を握り合っている。
どうやらこの世界(旅館内)では探偵と言う職業は救世主と同意語らしい。
未だ険しい表情の女将と板前。この人たちがまだこの状態なのはまずい。
いただけない。
「あの、一つ確認したいことがあります。」と僕は女将と板前の方を向く。
「なんでしょう…?」と女将は更に何を言われるのかと恐る恐る訊いていた。
「今晩のメニューのお品書きを教えてください。」
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