傭兵男と折れた剣

キノハタ

第1話 起

 荒野の街で孤児として産まれた俺が、小間使いとして、小剣を握って戦場に入ったのは九つの頃だった。


 十一の頃に、皮鎧を着せられて。十三の頃に中剣を持たされた。


 十六の頃になって、あらかた身体の成長に目星がついた頃、ふと気付く。


 自分が微妙に、傭兵に向いてないことに。


 まず第一に上背が足りない。明らかに小柄で、筋肉も貧相だ。ちょっとがたいのいい奴に振りかぶられたらもう受け止められない。情けもなく味方のいるところまで逃げ込むしか、できることがなくなってる。


 加えて眼があまりにもお粗末だ。一度、俺とあまり上背の変わらない『砂蛇』と呼ばれる英雄にであったことがあった。あいつは並の敵なら動きが止まって見えると、こともなげに言っていた。


 当然、俺の眼はそんなに出来がよくもない。振りかぶった中剣が、敵の鼻先の拳半ほど手前を空ぶるのが日常茶飯事だ。


 加えて足も速くない。さらに伝令に向くほど声もでかくない。おまけに鍛冶師に成れるほど手先も、器用じゃない。じゃあ、何ができるだんと聞かれれば、愛想笑いがうまいことくらいだろう。


 そんなことを、育ての親のスラムのおっさんに愚痴ったら、げらげらと下品な声で笑われた。


 「今更か、バカだなお前は」


 知ってるよ、うるせえなあ。


 「俺なんかお前を拾った時から気付いてた。ああ、こいつは傭兵なんか向いてねえってな」


 じゃあ、傭兵になる前に言えよ、そういうことは。まあ、言われたとしても俺みたいな学もない孤児には、傭兵くらいしかなれるものがなかったけど。


 「まあ、そこは仕方ねえ。なにせ、こんな街だからな」


 へーへー。そうだな……はあ、もうちっと頭の出来がよければ、酒場の小間使いくらいにはなれてたかなあ。俺、算術もさっぱりだったしなあ。


 「はっはっは、そういうとこがバカだって言ってんだ。ちっとは違う方向に頭を使え」


 違う方向って何なんだよ。頭使ったら、目の前の俺よりでかい奴が倒せるって話かあ?


 「んなわけあるか。……あー、そうだな、お前チェスって知ってるか?」


 何それ、知らん。


 「西の国にある遊戯だ。駒を何個も用意してな、盤上で戦争の真似事をやるんだよ」


 へー、で。それがなんだっていうんだよ。


 「色々駒があるわけだが、その中で言うなら、お前は歩兵ポーンって駒だな。いっちばん、弱くて数が多い、それがお前だ」


 うるせえなあ。


 「歩兵ってのは基本的に、前に進むことしかできん駒だ。えらいさんに言われた通りに、えっちらおっちら前に進む。で、目の前に敵がいたら立ち止まる。進む先に、敵がいたら倒せない駒なんだな。だから、歩兵同士が出会うとな、お互い倒すこともできずににらみ合うしかないわけだ。ちなみに、騎士ナイト女王クイーンは、進む先に敵がいたら問答無用で潰していける」


 役に立たねーなあ、おい。……っていうか、騎士はなんとなくわかるけど、女王がなんで戦場にいるんだ? そんなの、みたことねーぞ俺。


 「それは俺も知らん。なんでだろうな。ま、大事なのはそこじゃなくてな、この役立たずの歩兵は実はある瞬間だけ、敵を一方的に倒せるんだ。いつだと想う? ほら、ない頭で考えろ」


 え? ……あーん、なんだよ。……相手が弱ってる時とか。


 「ばーか、外れだ。正解はなあ『相手がこっちを向いてない時だ』」


 ………………?


 「目の前の敵も倒せない歩兵だが、斜め前の奴。要するに別の敵と向かい合ってる奴には一方的に勝てるんだ。戦場で言うならそうだな、たとえば先陣切って、味方と一騎打ちしてて、こっち向いてない敵なら、お前みたいなひよっこでも倒せるだろ?」


 …………ずるくねえか? それ。


 「お前は、そうやって戦場で自分の横っ腹が刺された時に、ずるいとか宣うのか? 弱いんだから、勝つための手段なんて選んでんじゃねえよ」


 そうだけどよ。…………そんな簡単にできんのか? こっち見てない敵なんて、そうそういるか?


 「いるさ、そもそも人間は普通、目の前の敵しか見えねえんだ。そいつと打ち合ったりしたら、尚のこと、な? お前はバカだが、周りのことにはよく気付く。おかげで愛想笑いも上手いしな。その要領で戦場の敵の顔色見渡してみろ。どっかにはいるはずだ、お前のことを見てないやつ、目の前の戦いに必死で余裕のない奴、お前が弱いと油断してる奴。正面から攻めれんのは英雄やらがたいのいい奴の特権だ。歩兵は歩兵らしく、その横っ面刺すことだけを考えろ」


 ………………。


 「隙をみつけたら後は簡単だ。なんせ実質、相手は無抵抗だ。どんな強い奴も、横から切られたら死んじまう」


 ………………。


 「ない頭を回せ。視界を広くとれ。正面からじゃなくて横や後ろに道がないか探せ。生き残りてえんなら、正面から強い奴と闘うな。生きる道は、意外と脇道に伸びてるもんだ」


 ………………できるかな、そんなこと。


 「さあな、俺は出来ると想うが、まあやってみてのお楽しみだ」


 ………………戦場でそんなのんきしてられねえよ。


 「まあ違いないが、そこまで肩肘張っても仕方ねえよ。どうせ人間、できることをやるくらいしか、できねえからな」


 くそおやじはそう言って、相も変わらず下卑た声で笑ってた。








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