罪深き聖人君子ども

「どうしたのさ、聞かれたくない話だったのかい?」

「知らない話だろうからね、ややこしくはしたくない」

「ふーんそれで、話って?」

「ジーク・ドームゲートについてさ」

それを聞いてオリジナルは背を向けた。

「ふむ、かつての教え子の現状を今更知ろうとするのかい?」

「【蒼剣ソデモダ】複製品だとは言えあれはあの子の物だ。あの子が簡単に複製品を作らせると思わなくてね」

それを聞いたオリジナルは少し眉を寄せて話し出した。



「ジークには一つ貸しがあったんだ。それと時間感覚がずさんな精霊だと気にしないのかもしれないけど」

「彼は現在160歳位だ。普通の人間なら死んでいるよ」

「そうか、もうそんなに時間が経つのか……」

そう言ってアリューは暫く考え込む。

「まあ結論から言えば彼は生きてる。貸しはそれさ」

「僕の不老を彼にも分け与えた。その対価として彼と【蒼剣ソデモダ】を調べさせてもらった。得られたものは特になかったが」

「……なるほど、でジークは今どうなっている」

「知らないね、彼と出会ったのは彼が25の時だ」

「そうか……まあそれならいいさ」

「知りたい事はそれだけかな?ん」

オリジナルが笑って振り向いた。



「うん、事は終わったから早く帰ってくれる?」

「冷た、そんなに僕の事嫌いかな?」

「いるのかな、君が好きな人」

「チッ」

次の瞬間その姿は消えた。

「ジーク、君と対立しないことを望むよ。僕はね」





その光景は、人間にとっては日常だった。

その光景は、エルフにとっては地獄絵図だった。

生まれ育った村が真っ赤に染まり、血の匂いが鼻を突く。あちこちに転がる死体。その無惨な光景に、目を背けることすら許されない。人間たちがエルフを追い回し、まるで獲物を狩るかのように殺していく。その目には欲望が宿り、大量の黄金を目の前にしたかのような狂気が漂っていた。

「なんで、こんなことに……」

そう呟いたのは、一人のエルフの少女だった。逃げもせず、ただ呆然とその地獄を見つめている。



「なんで、なんで……」

彼女は膝をつき、震える声で繰り返す。答えがあるはずもない問いを吐き出しながら、崩れ落ちそうな体を支えた。



その時だった。人間の悲鳴が、空気を切り裂いたのは――。

少女の意識を覆う霧が、その声と共に晴れた。思考が再び動き出す。しかし、目を向けた先で彼女が見たものは、さらに異様な光景だった。

灰が、黒い影を纏うように現れる。人間たちが次々と倒れ、その狂気の目が恐怖に染まっていく。灰に包まれながら、その影が形を取る。そして、その中心に立つ人物が現れた。



「懺悔の時だ、罪深き聖人君子ども」


その声は静かだったが、耳を裂くように響いた。圧倒的な存在感がその場を支配し、周囲の全てを沈黙させる。エルフの少女は、その姿をただ見つめるしかなかった。

彼女の目に映るその人物――それは救いの神なのか、それとも新たな災厄なのか。少女には、まだわからなかった。ただ一つだけ確かなのは、その瞬間、彼女の絶望に染まった世界が大きく揺れ動いたことだった。



「ちっ、まだ抵抗するやつがいたか」

男は舌打ちしながら、周囲に目を配り、合図を送る。

「やれ!」

その声に応じるように、武装した男たちが一斉に灰の王へと襲いかかる。鋭い剣、鈍く光る斧、そして槍が、まるで獣の牙のように迫りくる。


だが、灰の王は剣を抜くことさえしなかった。ただ静かにその場に立ち、突き出された刃や槍をただ無言で受け止める――いや、正確には、触れるだけだった。

最初に飛び込んだ男の剣が灰の王の身体に届く瞬間、その刃は灰と化し、粉々に崩れていく。その変化に気づく間もなく、男の腕が、そして身体全体が灰へと変わり、風に散った。



「は? え……なんだこい――」

別の男が困惑の声を上げる。しかし、その言葉が最後まで続くことはなかった。

灰の王の手が、その混乱した男の顔にそっと置かれる。その瞬間、男の顔は灰へと変わり始めた。ゆっくりと、恐ろしいまでに冷酷な速度で。男の目が見開かれ、恐怖と混乱に満ちた表情のまま、顔が崩れ落ちていく。



「う、うわあああああっ!」

他の男たちが恐怖の悲鳴を上げるが、灰の王は何の感情も浮かべず、ただ無言で歩みを進める。その手がまた一人に触れるたび、灰が舞い散り、風に乗って消え去る。

「ひ、ひとまず退け! こいつは――」

リーダーらしき男が叫ぶが、その声も虚しく、灰の王はその男に向けて手を差し出す。リーダーが何かを叫ぶ間もなく、灰の波が彼を飲み込むように覆い尽くし、わずかな抵抗の跡すら残さず崩れ去った。



「た、助け――」

最後の一人が震える声で叫び、背を向けて逃げ出そうとするが、灰は彼を逃がさなかった。風に流れるように伸びた灰の手が彼の足を掴み、瞬く間にその体を飲み込み、ただ静かに灰へと還していく。

地獄絵図だった。灰の王の周囲には、もはや抵抗する者は一人もいない。ただ灰の残骸が風に舞い、あたりには深い静寂だけが広がる。

灰の王は一度だけ周囲を見渡すと、小さなため息をつきながら低く呟く。

「俺がいる。立て、少女よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る