ゼンアク

目を開ければ、見慣れた天井がある。

感覚で言えば三年ぶりの己の肉体だ。

体を起こして辺りを見渡せば、変わらない自分の体だ。

「戻っ……てきた……?」

声にしたその声も久々だ。

「確かに少し」

聞き覚えのある声がする。



視線をそちらに向ければ、座っていたアリューと目が合った。

「ようやく戻ってきたねシータ」

「ただいまアリュー」

アリューは立ち上がり、シータに手を差し伸べる。

「すぐ分かるよ、強くなったね」

「……うん」

起きてすぐだと言うのに大勢の足音が近づいてくるのが分かる。



「大将、起きたかよ」「お待ちしておりましたよ」

「ようやくね、遅れ過ぎよ」「頭が居なくてどうすんのよ」

扉の前には多くの仲間が立って居た。

「ただいま」

シータを心配した多くの声がかけられ、

それに対して柔らかな笑みを浮かべてシータは同じように応えていた。





一通りの再会劇が終わり、シータは現在の状況を整理していた。

「三か月前と大して変わってないと……」

「それが問題なんだけどね」

「……一つ言っておけば、私はまだ勇者に勝てるとは思ってない」

「勝率も勝算も無い、まだ勇者には勝てない」

「だから、とりあえずは保護を拡大する方針で行く」

「……そうね、そうするしかないのよね」

エヴィリーナもシータの意見に賛同する。

「時間が残されてないのは分かってる、そろそろ焦ろうか」

その言葉にエヴィの表情が引き締まった。

「シータ……ちょっと良いかな?」

アリューがその横で声を掛ける。

「お客様らしい」



「やっ久しぶりかな」

アリューのすぐ後ろから出てきた人物は……オリジナルだった。

気付いた瞬間からすぐに戦闘態勢を取り、シータが前に出る。

「そんなに警戒しないでもらえると嬉しいな、少し話をしに来たんだ」

「……何用だ」

警戒を緩めようとせず、オリジナルの動きを注視する。

「アリュー、どうして?」

「一つ貸しがあってね、まあ話位なら聞いてあげてもいいんじゃないかってね」

「でもねオリジナル、君が妙な動きをした瞬間僕が君を殺すよ」

「はいはい、怖いなあ全く」

そう言ってオリジナルは聞きもせず椅子に座る。



「……それで用件は」

「……いやあどうも、こぼした種が発芽してしまってね。ちょっと処理を頼みたくて」

「どういう事だ?」

「作ったクローンが一人でまた楽園を始めようとしている、それを狩って欲しい」

「……どう言う事だ?楽園はお前の目的じゃなかったのか?」

「いや、僕の目的は勇者の居ない世界をこの目で見る事」

そう答えつつ。

「楽園計画はクローンを処理するためにした……いや違うか、最初はあったんだけど途中でやる気が無くなってね」



「……途中でやる気がなくなった、だと?」

シータが苛立ちを抑えたように低い声で尋ねた。

オリジナルは肩をすくめ、無表情で言葉を続けた。

「そうさ。楽園という理想郷を作る。ある人物の夢だったんだ、それを叶えてみようと思ったんだけど面倒くさくなった」

シータはその無責任さに呆れを感じつつも、オリジナルの話に耳を傾けた。



「でも作ったクローンはやる気満々だし、君たちに処理してもらったって訳」

「……で、取り逃がした奴が一人でまたアレを始めようとしていると」

「その通り、僕も予想外だ」

オリジナルはあざけるような薄ら笑いを浮かべつつ、こちらの言葉を待っているようだ。「メリットは?」

「……僕が君たちの側に着こう。そうして起きるメリットはまあこれを見てくれ」

そう言ってオリジナルはある本を取り出した。



「これは【全知全能】この世の全てが記されている本。昔ある人から奪ったものだ」

「……そんな都合のいいものがあるのか」

思わずつぶやいたシータにオリジナルは笑って答える。

「君の言う通り、そこまで都合良くは出来ていない。各ページを見るためには資格がいる」

そしておもむろに本の一部に指を触れる。するとそれは捲れるようにページが変わる。



「知識は緩いんだが、人物の情報は厳しい。資格に関しては完全に生まれつきさ、生涯変わらない」

「それで?」

「どう使うかは君たち次第だ、僕はただそれを渡すだけ」

暫く黙りこくり、一息ついてこう続けた。

「メリットで言えば魅力的だ、でも何よりもお前と言うときな臭すぎる」



「それは悪かったね。で、どうするつもりかな?」

「何点か気になる所がある……一つは知っている情報はそれだけか?」

「……ああ、これだけだよ」

「そうか……余程命が欲しくないと見えるぞ」

そう言ってシータは圧を込め始める。

「こわいこわい……はぁ、しょうがないなぁ」



「彼女は神をこの世に呼び出す気さ」

突拍子も無い話に一同、身を固くする。

「神と言っても生み出される神、信じる力の神とでも言うのかな」


「まあ、簡単に言えばこの世を変える程の力を持った怪物さ」

「で、その神が呼び出されると、またあの止まった世界か」


「本で見えた世界は生物が『善』『悪』に二分され『悪』側の生物が『善』側の生物に全てを捧げ生きる。その事に誰一人疑問を抱かないような……ディストピアさ」


それを聞いた瞬間ここに居る者は悪寒を覚える。


「それを呼び出す条件は?」

「分からないね」

オリジナルは肩をすくめ、あっさりと答えた。

「分からない? 本当にそれだけか?」

「おやおや、随分と疑り深いね」

オリジナルは笑みを浮かべる。


「でも本当さ。僕に見えるのは、彼女がその神を呼び出そうとしていることと、呼び出された後に訪れる世界の姿だけ。条件までは分からないんだ」

「もしもその神が現れれば、クローンはそのディストピアの支配者になろうとしているのか」

「まあ、それはどうだろうね」



とオリジナルは小首をかしげ、楽しげに語る。

「彼女が何を考えているかは知りようがないが、僕が予想する限りでは、純粋に『理想』の世界を創り出したいのだろう。自分の想像する完璧な世界をね」

シータは鋭い目でオリジナルを見据え、ゆっくりと問うた。



「……その神を止める手段は?」

「生み出される神は二柱、『悟る秩序 アク』『喚く混沌 ゼン』この二柱は世界で最も離れた所で呼び出され、互いを求め歩みだす。そして互いが出会った瞬間、最悪のディストピアが完成する」

「見た限りかなり図体は大きい、街一つ程度簡単につぶせそうなほどだ」



「それだけ大事になるのなら、勇者が動くだろう」

シータの問いにオリジナルが口を開く。

「ああそうだろうね。でも、彼に止められるとは思えない」

「呪か?」

「それもある、でもそれだけじゃない」

「そこで止めるな、さっさと言え」

「悪いけどいえないよ、死んでもね」

「……そうか」

脅しても無駄だと判断し置いてある本を手に取る。



「契約成立って事でいいのかな?」

「その神がでてくれば私達が倒す、その代わりにお前は知識を提供するそれでいいのならな」

「問題ないよ」

「じゃあ契約成立だ」

「それじゃ、これを」

そう言ってオリジナルが差し出した者は鍵のような物。

「これは【全知全能】の書へのアクセスキー」

「そのカギを壊せばこの本へアクセスできる。あと二本、ここに置いておくよ」

そう言い残してオリジナルは席を立った。

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