ゼンアク
目を開ければ、見慣れた天井がある。
感覚で言えば三年ぶりの己の肉体だ。
体を起こして辺りを見渡せば、変わらない自分の体だ。
「戻っ……てきた……?」
声にしたその声も久々だ。
「確かに少し」
聞き覚えのある声がする。
視線をそちらに向ければ、座っていたアリューと目が合った。
「ようやく戻ってきたねシータ」
「ただいまアリュー」
アリューは立ち上がり、シータに手を差し伸べる。
「すぐ分かるよ、強くなったね」
「……うん」
起きてすぐだと言うのに大勢の足音が近づいてくるのが分かる。
「大将、起きたかよ」「お待ちしておりましたよ」
「ようやくね、遅れ過ぎよ」「頭が居なくてどうすんのよ」
扉の前には多くの仲間が立って居た。
「ただいま」
シータを心配した多くの声がかけられ、
それに対して柔らかな笑みを浮かべてシータは同じように応えていた。
★
一通りの再会劇が終わり、シータは現在の状況を整理していた。
「三か月前と大して変わってないと……」
「それが問題なんだけどね」
「……一つ言っておけば、私はまだ勇者に勝てるとは思ってない」
「勝率も勝算も無い、まだ勇者には勝てない」
「だから、とりあえずは保護を拡大する方針で行く」
「……そうね、そうするしかないのよね」
エヴィリーナもシータの意見に賛同する。
「時間が残されてないのは分かってる、そろそろ焦ろうか」
その言葉にエヴィの表情が引き締まった。
「シータ……ちょっと良いかな?」
アリューがその横で声を掛ける。
「お客様らしい」
「やっ久しぶりかな」
アリューのすぐ後ろから出てきた人物は……オリジナルだった。
気付いた瞬間からすぐに戦闘態勢を取り、シータが前に出る。
「そんなに警戒しないでもらえると嬉しいな、少し話をしに来たんだ」
「……何用だ」
警戒を緩めようとせず、オリジナルの動きを注視する。
「アリュー、どうして?」
「一つ貸しがあってね、まあ話位なら聞いてあげてもいいんじゃないかってね」
「でもねオリジナル、君が妙な動きをした瞬間僕が君を殺すよ」
「はいはい、怖いなあ全く」
そう言ってオリジナルは聞きもせず椅子に座る。
「……それで用件は」
「……いやあどうも、こぼした種が発芽してしまってね。ちょっと処理を頼みたくて」
「どういう事だ?」
「作ったクローンが一人でまた楽園を始めようとしている、それを狩って欲しい」
「……どう言う事だ?楽園はお前の目的じゃなかったのか?」
「いや、僕の目的は勇者の居ない世界をこの目で見る事」
そう答えつつ。
「楽園計画はクローンを処理するためにした……いや違うか、最初はあったんだけど途中でやる気が無くなってね」
「……途中でやる気がなくなった、だと?」
シータが苛立ちを抑えたように低い声で尋ねた。
オリジナルは肩をすくめ、無表情で言葉を続けた。
「そうさ。楽園という理想郷を作る。ある人物の夢だったんだ、それを叶えてみようと思ったんだけど面倒くさくなった」
シータはその無責任さに呆れを感じつつも、オリジナルの話に耳を傾けた。
「でも作ったクローンはやる気満々だし、君たちに処理してもらったって訳」
「……で、取り逃がした奴が一人でまたアレを始めようとしていると」
「その通り、僕も予想外だ」
オリジナルはあざけるような薄ら笑いを浮かべつつ、こちらの言葉を待っているようだ。「メリットは?」
「……僕が君たちの側に着こう。そうして起きるメリットはまあこれを見てくれ」
そう言ってオリジナルはある本を取り出した。
「これは【全知全能】この世の全てが記されている本。昔ある人から奪ったものだ」
「……そんな都合のいいものがあるのか」
思わずつぶやいたシータにオリジナルは笑って答える。
「君の言う通り、そこまで都合良くは出来ていない。各ページを見るためには資格がいる」
そしておもむろに本の一部に指を触れる。するとそれは捲れるようにページが変わる。
「知識は緩いんだが、人物の情報は厳しい。資格に関しては完全に生まれつきさ、生涯変わらない」
「それで?」
「どう使うかは君たち次第だ、僕はただそれを渡すだけ」
暫く黙りこくり、一息ついてこう続けた。
「メリットで言えば魅力的だ、でも何よりもお前と言うときな臭すぎる」
「それは悪かったね。で、どうするつもりかな?」
「何点か気になる所がある……一つは知っている情報はそれだけか?」
「……ああ、これだけだよ」
「そうか……余程命が欲しくないと見えるぞ」
そう言ってシータは圧を込め始める。
「こわいこわい……はぁ、しょうがないなぁ」
「彼女は神をこの世に呼び出す気さ」
突拍子も無い話に一同、身を固くする。
「神と言っても生み出される神、信じる力の神とでも言うのかな」
「まあ、簡単に言えばこの世を変える程の力を持った怪物さ」
「で、その神が呼び出されると、またあの止まった世界か」
「本で見えた世界は生物が『善』『悪』に二分され『悪』側の生物が『善』側の生物に全てを捧げ生きる。その事に誰一人疑問を抱かないような……ディストピアさ」
それを聞いた瞬間ここに居る者は悪寒を覚える。
「それを呼び出す条件は?」
「分からないね」
オリジナルは肩をすくめ、あっさりと答えた。
「分からない? 本当にそれだけか?」
「おやおや、随分と疑り深いね」
オリジナルは笑みを浮かべる。
「でも本当さ。僕に見えるのは、彼女がその神を呼び出そうとしていることと、呼び出された後に訪れる世界の姿だけ。条件までは分からないんだ」
「もしもその神が現れれば、クローンはそのディストピアの支配者になろうとしているのか」
「まあ、それはどうだろうね」
とオリジナルは小首をかしげ、楽しげに語る。
「彼女が何を考えているかは知りようがないが、僕が予想する限りでは、純粋に『理想』の世界を創り出したいのだろう。自分の想像する完璧な世界をね」
シータは鋭い目でオリジナルを見据え、ゆっくりと問うた。
「……その神を止める手段は?」
「生み出される神は二柱、『悟る秩序 アク』『喚く混沌 ゼン』この二柱は世界で最も離れた所で呼び出され、互いを求め歩みだす。そして互いが出会った瞬間、最悪のディストピアが完成する」
「見た限りかなり図体は大きい、街一つ程度簡単につぶせそうなほどだ」
「それだけ大事になるのなら、勇者が動くだろう」
シータの問いにオリジナルが口を開く。
「ああそうだろうね。でも、彼に止められるとは思えない」
「呪か?」
「それもある、でもそれだけじゃない」
「そこで止めるな、さっさと言え」
「悪いけどいえないよ、死んでもね」
「……そうか」
脅しても無駄だと判断し置いてある本を手に取る。
「契約成立って事でいいのかな?」
「その神がでてくれば私達が倒す、その代わりにお前は知識を提供するそれでいいのならな」
「問題ないよ」
「じゃあ契約成立だ」
「それじゃ、これを」
そう言ってオリジナルが差し出した者は鍵のような物。
「これは【全知全能】の書へのアクセスキー」
「そのカギを壊せばこの本へアクセスできる。あと二本、ここに置いておくよ」
そう言い残してオリジナルは席を立った。
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