勇者VS魔王
各国では次々と獣人による襲撃が発生し、その規模は予想以上に大きかった。
女王の命に従い、僕はロジャーと共に各国を転戦し、できるだけ早く対応するために駆け回った。
獣人たちの襲撃は、単なる戦力だけでなく、心理的な混乱も巻き起こしていた。
襲撃が発生した各国は避難を余儀なくされ、その避難先すらも敵に察知されるという事態が続発していた。
そのため、国々は互いを疑い始め、国民同士の信頼は揺らぎ、疑心暗鬼が蔓延していた。
「こんな状況では、敵の思惑通りに内部分裂が進んでしまう…」
僕は女王に状況報告をしつつ、頭を悩ませていた。襲撃そのものを防ぐだけでなく、この混乱を収束させる必要がある。
だが、転移の魔法を追跡しようとしても、一度中継地点を挟む巧妙な手口のため、敵の拠点にたどり着くことができなかった。
女王も眉間に皺を寄せていた。
「転移の中継地点か…奴ら、ここまで緻密に計画を練っているとはな。まるで我々の動きを先回りしているかのようだ」
「しかも、避難先が敵に知られているのは不自然だ。内部に通じている者がいる可能性がある」
「だが、勇者よ。正直言えば、この戦争に我らの負けは無い。相手は人を死なせすぎている、戦力である戦士を。対してこちらは戦力という点で言えば、ほとんどを失っていない」
「勇者とロジャー、お前ら二人を失わない限りは負けは無いと言える……だからこそ、不安で仕方がないのだ相手も分かっているはずなんだ」
「確かな勝算があるからこそ、奴らは攻めてきている。だが、それが分からない。だから不安なんだ」
女王は頭を抱え、深くため息を吐いた。
「すまないが……少し一人にしてくれないか」
僕は静かに頷き、部屋から退出する。
部屋を後にして廊下を歩くと、重く響く雨音が心を落ち着かせてくれるどころか、かえって不安を煽っているように感じた。女王の言葉が頭の中で繰り返し響いていた。
「負けは無い……か」
確かに、僕とロジャーがいる限り、戦力としては圧倒的だ。しかし、女王の言う通り、敵はあえてこちらに襲撃を繰り返し、しかもまるでこちらの動きを完全に読んでいるかのようだ。
廊下の角を曲がったところで、ロジャーが壁にもたれかかって待っていた。腕を組み、窓の外の雨をじっと見つめている。
「話は聞いてた。女王も相当疲れてるな」
ロジャーが目を細めながら僕に視線を向けた。
「そうだな。負けはしないって言われても、この状況じゃ不安が募るばかりだ。何か決定的な手がかりを掴まないと、敵の思惑通りに動かされてしまう」
僕はため息をつき、ロジャーの隣に立ち、外を眺めた。雨が激しく降り続け、遠くの景色がぼんやりと霞んでいた。
「だが、女王が言っていたことも正しい。俺たちがいる限り、戦力としては優位だ」ロジャーはゆっくりと話し始めた。
「問題は、相手が何を考えているのか、どうしてこんなに自信満々に攻撃を仕掛けてくるのかってことだ。俺たちが予想していない何かがあるってことだろうな」
「……ロジャー、次に何をすべきだと思う?」
「ついて来てくれ」
ロジャーは短く言い残すと、振り返らずに廊下を進んでいった。僕も言葉を飲み込み、彼の背中を追った。
無言のまま、二人は城の廊下を歩き続けた。廊下を進むにつれ、次第に緊張感が高まっていくのが感じられた。
そしてそのまま【転移】で消え去った。
「……ちっクッソ!君なのかロジャー」
★
数刻前
「よう、親父」
「ロジャー。どうしたお前から会いに来るなんて珍しい」
「ちょっとな……なあ一つ聞いていいか」
「ああ、言ってみろ」
「なあ親父、正義ってなんだ?」
ルイーズは一瞬考え込み、すぐに口を開いて見せた。
「俺の息子はまた難しい事を聞く……そうだな」
ルイーズは深く息を吸い込み、思い出すように空を見上げる。そして、ゆっくりとロジャーに目を戻し、冷静な口調で答える。
「正義って言うのは……勝者の特権だ」
「そうか…………………」
ロジャーは黙ったまま。歩いて行く。
「いや、まて」
ルイーズは立ち去ろうとするロジャーを呼び止める。
「お前、一体何をする気だ」
「なあ親父、あんたの息子でよかったよ」
ロジャーは振り向くことなく、そう言った。
(覚悟は出来たよ)
★
【転移】した先は荒野だった。
「今日はいい天気だ」
土砂降りの雨の中、背を向けたロジャーがそう勇者に問いかけた。
「俺の望む世界に、どうやらお前は要らないらしい」
「随分と悩んだ、お前に挑むことがどんな意味を持つのか。俺は知っているから」
そう言って振り返るロジャーの目は酷く曇っているように見えた。
「なあ、今日はいい天気だ。お前の命日に丁度いい」
「君が、黒幕だって事はなんとなく分かってたんだ、それでも信じたくなくて。ずっと黙ってた」
「……なあ、聞いてもいいか?」
「ああ、なんだ?」
「なんで、こんな戦争を?こんな事をしてマリーが悲しむだろ!」
勇者がそう言うとロジャーは苦虫を嚙み潰したよう顔を浮かべる。
「マリーは死んだよ、俺達が作った世界のせいで……もうこの世界に希望が持てない。ずっと思ってたんだ、正しくないって、間違っているって。でもお前がいたから、俺は俺を正当化して楽な方に流れ続けた。もううんざりなんだ。こうして不条理が働いてる姿をいつまでも見て居られない、だから俺は魔王になる。世界を正す魔王に」
ロジャーは静かにそう言った。
「……戻れないんだな」
「ああ、戻るつもりは無い。お前を殺して俺は魔王になる」
そう言ってロジャーは構える、それに対抗し勇者も構えるが、その姿に力はない。
「……出来ないよ、ロジャー。僕は覚えてる、君と過ごした日々を、共に悩んで、共に歩んで……」
勇者の声は震えている。
「そうか、好きにしろ……だが、もうあと一時間もしない内に獣人達がノアールに攻め込む。民を、大切な人を守りたいのなら。お前は俺の屍の上に立て。今まで俺達がしてきた事だろう」
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