後手

それから暫く時間は経ったが、異変らしいものは一切無い。

人々も忘れかける月日が経っていく。

勇者は少し昔の事を思い出しながら、変わらない幸せの日々を過ごしていた。

「何だったんだろう」

「ん?どうしたの?何かあった?」

リラが首をかしげて僕に聞く。

「何でもないよ。ただちょっと昔の事を思い出しただけ」

「昔の事?何かあった?」



心配そうな瞳で僕を見つめる、トラウマの事を心配しているんだろう。

「……違うんだ、そう言う事じゃないよ。ただちょっと解けなかった謎をもう一度考えてるだけ」

僕がそう答えると、リラは安心したかのように答えた。

「そっか、謎は解けた?」

「いや、何度考えても分からないや」

そんな談笑をしている時、コンコンと家の扉がノックされた。

(何だろうか?)

勇者が扉を開けると、そこには兵士がいた。

「勇者様!へタル国からの支援要請です」

「……何が?」



「情報によるとへタル王都に突如獣人の軍勢が押し寄せ……その数は数万との事です」

「……分かった、すぐに向かう」

勇者は兵士に指示を出した。

「リラ、行ってくる」

「……行ってらっしゃい」

少し複雑そうな顔で、僕を見送るリラ。

僕は少し照れくさそうに続けた。

「すぐに戻るよ……」

リラは寂しそうに手を振り僕を見送った。





へタル国に付けば、すでに壊滅状態の町が見えてきた。

あちこちに死体が転がっているし、魔法の音だろうか、激しくぶつかり合う音が聞こえる。

「なんでこうなる前に呼ばなかったんだ」

王都全域が、獣人の軍隊に攻められている。

城壁は破壊され、王都の門は壊され、町には火が放たれていた。

(―――)

この王都にいる獣人を対象に【転移】を発動する。

そして飛ばしたところへと僕自身も転移する。





その後数人の獣人を残し軍隊は全滅した。

「首謀者は誰だ?誰がお前達を先導している?」

残した獣人に問いかける。

「はは、今に見てろ我らのライオス様がお前を、必ず!」

「必ず!」

そう獣人の声が響いた時だった。突如残した獣人達の目から生気が無くなり、力なく倒れて行った。

「使い捨てか」

(ライオス、ライオス・ベルベット。確かベルベットの王だったはず。でもこんな力があったのか?)

まあいい、それより宮殿にでも言って何があったか言及するべきだ。

そう思い【転移】で宮殿へと向かった。

意外な事に宮殿は綺麗だった、あれだけの事があったと言うのに。



王の間の扉を開くと、「ひっひっぃ!」と情けない声を上げるへタルの王が居た。

「落ち着いて下さい、勇者です。獣人は対処しました」

「ほ、本当か、何だ緊張したじゃないか……」

床にへたり込む様に座り安堵の顔を見せた。

僕は知りたいことをすぐに聞くことにした。

「一体何が起きたんですか」

僕がそう聞くと王は元の王の顔に戻り口を開いた。

「突然、獣人達が現れたんだ。王都に【転移】で直接な……」

「少なくとも僕がここに来るまでに一時間以上は経っていますよね。なんでこんなになるまで僕を呼ばなかったんですか?」



「兵士だけで何とかなると思っていたんだ、でも今の兵はすっかり戦い方を忘れていた。まともな打撃を加えられなかったんだよ……」

……確かに、この数年は平和だった。

「私のせいだ、平和になって軍にかける税を大幅に減らしたから」

「クソぉクソぉ、やばいやばい。このままだと民に見放される……軍が機能せず王都を潰されたなんて」

「とりあえずは生きている民の保護じゃないですか、それから避難所なりなんなり。王としてやることがあるでしょう」

僕がそう言うとへタルの王は立ち上がり言った。

「……そうだな、ありがとう勇者。君の言う通りだ」

「私は民の避難をさせる、君も気を付けてくれ。獣人がいつ攻めて来るか分からない」

「ええ、分かりました」





そのままノアールに帰り女王の元まで報告する。

「獣人たちはライオス・ベルベットの名を挙げていた。ライオスが一連の事態の背後にいると考えるのが速いんですけど」

僕がそう伝えると、女王は眉をひそめて黙り込んだ。やがて、静かに問いかけた。

「ライオス・ベルベット…その名は確かにベルベットの王だ。だが少なくとも、奴があの規模の【転移】を扱える魔法使いではないはずだ」



「…しかし、獣人たちが彼の名を挙げた以上、無視はできないな。ライオスが何者であれ、再度攻撃がある可能性は高い。今後、各国との連携を強化しなければならない」

女王は決意を込めた表情で続けた。

「勇者よ、しばらくの間、各国の防衛強化に力を注いでほしい。ライオスの動向を探りつつ、次なる襲撃に備える」

「随分真剣ですね」



「ハッ、私だって未知の事態には焦るさ。今回は特につかめて無いことが多すぎる」

「何より、今回は必ず後手に回る。あまり余裕が無いんだ」

女王は険しい表情を見せながら僕へ語り続けた。

「まず何よりは各国との連絡を取り、連携を図ることだ。お前も忙しくなる、頼んだぞ勇者」

「分かってますよ」

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