夜明けは――—年後へ

ライオスの演説は、大々的に行われた。

国民たちは皆、やけに心酔した様子で、ライオスの話を聞き歓声を上げていた。

「ライオス様万歳!ベルベット万歳!」

「そうだ!今こそ反撃の時だ!勇者を殺すのだ!!」

「自由を取り戻すんだ!」

獣人達が熱狂する中、ベルベットに視察に来ていた人間達は、ただただその様子を見て困惑するばかりだった。



「な、何だこれは」

一人の人間がそう呟いた。するとすぐ近くから数人の声が口々にする。

「本当にそうだ、何なんだこれ。狂気的だ」

人間がいる事に気付いた獣人達は声を上げる。

「人間に俺達の怒りを知らしめてやるんだ」

その声を聞いて人間は声の方へ振り向くと、周りの獣人達が人間達に敵意を向ける。

人間は騒ぎ立て逃げようと試みるが、恐怖のあまり動くことが出来ない様子だった。



そんな光景を見てロジャーは動き出す。

(心身掌握……万能だな俺の魔術は)

「そろそろか」

「【視覚妨害】……【転移】」



空が無くなり、上を見上げて見えるのは一面の土と石。

ロジャーは国ごと地下へ移転させた。

だが不思議と明かりはあり、視界も悪くない。

一瞬にして起きた出来事に獣人達は酷く困惑した様子だったが、すぐにライオスが口を開けた。


「諸君、安心して欲しい。これは作戦の一環である、国を攻められないように地下へと移動し我々の身を隠した。もちろんすぐにでも人間に勝ち我々は日の元に戻る」

その言葉に獣人たちは全てを信じるのであった。



(残っている獣人の国は後四つ、これらも加えて一通りの戦力を集める)

(エルフの方はすぐには無理だろう、兎にも角にも人間勢力の力をそがなきゃいけない)

ロジャーは宣言どうり、その日のうちに四つの国を取り込んだ。

もちろんこの異様な状況に人間達も気づく。




「女王陛下!緊急です!」

一人の兵士が、慌てた様子で女王のいる部屋へと入る。

「どうした」

女王は、落ち着いた様子で兵士に問いかけるが、兵士は息切れをしており言葉も絶え絶えだった。

「各国からも伝達が、獣人の国ベルベット、アライザ、フロール、プルンロット、スティーツ。つまり全ての獣人の国が城壁を残し跡形もなく消え去りました!」

「……どう言う事だ、何がどうなっている」

女王はすぐに水晶を取り出し、魔法を使用する。



すると水晶には、確かに城壁を残し何もない土地が映し出されていた。

「遡る……何が写ってくれるか」

女王は頭を抱え悩む、気が付けば険しい顔に皺が増えていた。

すると水晶に写ったのは一面の砂嵐だ。

「【視覚妨害】か……」

「いかがいたしましょうか……」

「勇者を呼べ……ロジャーでもいい。すぐに来いと伝えろ」

女王はすぐに兵士達に向かい、勇者ロジャーの元への使者を送る事を指示した。

「はっすぐに!」

兵士達は逃げるように部屋から飛び出していく。

「魔術……そう考えるのが納得がいくか。だが……一体誰が」

「力を持つ者がいたとして……なぜ今まで動かなかったんだ」

女王は玉座を立ち、窓から外の様子を見る。



少しして兵士は勇者をつれ女王のもとへ着いた。

王国王宮内は慌ただしく、何人もの兵士達が走り回り声を発し合っている。

「何があったんですか……」

鋭い目を女王に向け、不機嫌な顔で問いかける勇者。

「異様な事があった、獣人の国は全て消え去り土地が残っている」

「調べて来いって事ですか……分かりました」

「相も変わらず、私と話すのは嫌か?」

「はい、嫌な事を思い出すんで」

勇者は、女王の問いを一蹴しその場を去ろうとした。しかし、それを女王は呼び止める。



「待て、ロジャーはどうした?」

「知りませんし、僕一人いればいいでしょ」

勇者は不機嫌な表情を崩さず、そのまま女王のいる部屋から出ていった。

(ロジャー……マリーの所にいるんだろうな。こういう時に呼ばれないのはずるいなあ)





国を一つ乗っ取ることがどれだけ自分にとってイージーであったかをロジャーは再認識した。その極悪非道の行いに忌避感はあるが、同時に歓びすら湧いてくるのが彼にはわかった。

「とりあえずは、戦争に向けての資源の調達。いや補充か」

(【粗末な夢】を使えばそんな物はいくらでも手に入る、武器、防具、食料)

「兵士を育てなきゃなあ」

元々いるだろう兵士もこの数年は恐らく訓練すらしていないだろう。

少なくとも一年は動けない、育てるんだ、徹底的に……。




分からないという事は分かった。

マナの軌跡を追おうにも、すでに時間が経っていてマナが散っている。

「ここまで、大規模な【転移】か……そんな事、僕やロジャー以外にできるのか」

少なくとも敵は強いんだろう、気を引き締めていかなきゃな。

「まあ、でも僕とロジャーなら。この世の誰にも負けないか」



「ああ、そうだな」

突然後ろから声が聞こえる。ロジャーだ

「聞いてたのか……全く、いつ来たんだ」

「ついさっきだ、帰った途端呼ばれた」

「帰ったってマリーの所からか?」

そう問いかけると、少しの間口を閉じてロジャーは目をそらして言った。



「ああ、そうだ。全く暫く平和だったのに、いきなり何なんだろうな」

「まあ、災いはいつも唐突だろ」

「……そりゃ皮肉か?」

「ああ、皮肉さ」

僕とロジャーの軽口に思わずため息がこぼれる。

隣をチラ、と見ると目が合ったので肩をすくめておどけて見せた。

「ふっ、戻るか」

ロジャーは少しだけ笑い、僕に言う。

「そうだね、そうしよう」





その後、女王の元へ勇者とロジャーは戻り報告をしていた。

「使った魔法は【転移】の魔法で間違いないんだな?」

女王が、勇者へと確認を取る。

「ええ、間違いありません」

「……分かった。報告ご苦労、下がってよい」

勇者とロジャーを部屋から退出させた。



女王は、二人が部屋から出た事を確認し、水晶を取り出す。

(この水晶は……)

水晶には何も映らない。だが、女王は水晶から目を離さない。

(このレベル【転移】の魔法を使えるのは勇者とロジャーだけ……)

「まさかな……」

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