魔王へ
どれだけ時間が経っただろうか、ロジャーは村を後にした。
思い出が刻まれた村の跡地には。行く宛もない一人の男の幸せだった過去が取り残されているだけだった。
彼は木々の間を縫うように歩き、川のせせらぎが聞こえる場所へたどり着いた。
「俺は……」
ロジャーは川の水面に映る自分の顔を見た。その顔はひどくやつれており、目には生気が宿っていなかった。
(……この世界は余りに不条理だ、一つ違うだけで罪の無い弱者が虐げられ。一つ違わない弱者は生を謳歌する。聖人でも悪人でも子供でも大人でも女でも男でも何かが違えばこの世界は地獄だ。そんな世界を作ってしまった。変えたのは……俺だ)
「自業自得か?……は、はは。んな訳!ねえだろぉ!」
彼の声は森を騒がせる程大きく木霊した。
「何で!なんで俺に来ない。天罰なら俺に来い!マリーが何をした!」
不平等だこの世界は、不条理で不平等。
分かってるつもりだった、でも実際不幸が自分に来た時にだけ嘆いている。
そもそも俺は嘆いていいような人間じゃない、そんな事分かってんだよ!
自業自得、因果応報、身から出た錆。
だからどうした、この心は納得しない、納得できない。
……この世界は間違っている、俺が変えてやる。
俺の描いた絵空事、粗末を夢を叶えてやる。
「……平和は無くとも、平等な世界を」
「その為に、俺は…」
世界の為に敵を作る、全ての人族が結託し、俺を殺しに来ればいい。
「俺は……俺は」
「魔王に」
ロジャーは、川に映る自分の目を見た。
その目は、決意と涙に満ちていた。
★
ここは、獣人の国ベルベット。
ベルベットは、三決戦に敗北し喫し、厳しい現実に直面していた。
戦いの結果、ベルベットは人間の国に大量の物資を貢ぐという過酷な条件を飲まされ、その見返りとして、かろうじて国としての形を存続することが許されたのである。
この税の重荷は国全体に深刻な影響を及ぼし、獣人たちは苦しい生活を強いられていた。かつての誇り高き戦士たちは、今や生き残るために日々の生活をやりくりし、何とか国を守り続けている。ベルベットの国民たちは、日々の生活を生き抜くことに精一杯で、国としての誇りや希望を見失っている。
「このままでは、いずれベルベットは滅びてしまう」
ベルベットの国王であるライオス・ベルベットは深いため息をつきながら、呟いた。
「父上、何と情けないことを仰るのです!ベルベットは滅びません!」
「イラ、現実を見なさい。国民にはもう生きる気力がない……国としての誇りも希望もない。このままでは、いずれベルベットは滅びてしまうだろう」
ライオネスは、息子のイラ・ベルベットの言葉を一蹴する。
「どうして……こんな事に」
「選択を間違えたのだ、我々は……」
ライオネスは、執務用の机に肘を立て、頭を抱える。
「過去の間違いを正す時だ」
「誰だ!」
突然執務室に聞き覚えのない声が響く。ライオスとイラはすかさず辺りを見回し警戒する。
「ここだ。ライオス・ベルベット」
声のする方向を見ると、黒いローブを羽織った男がそこにいた。
「お前は?」
ライオネスはその男に対して声をかける。
「俺についてなんてどうでもいい。それよりだ、俺はお前と取引に来た」
「取引だと?」
「人間に復讐を……望んでるだろ?」
男は、眉一つ動かさずライオスに問いかける。
「お前……何者だ」
「父上!こいつの戯言に耳を傾けてはいけません!」
イラがライオスを制止しようとするが、ライオスは冷静に言葉を返す。
「……何度も考えてきた事だ、今更どうなる。我々に力は残っていない、元より勇者を殺せる力など無い」
「一つ教えてやる、勇者は二人いる」
男はライオスの考えを見透かしたかのように言い放つ。
その言葉にライオスとイラは驚き、思わず顔を見合わせた。ライオスの心に浮かんだのは、過去の戦いで絶対的な力を誇った勇者の姿だった。しかし、二人目の勇者という言葉は、それまでの常識を覆すものだった。
「二人目の勇者とは……一体誰のことだ?」ライオスは慎重に問いかける。
黒いローブを纏った男――ロジャーは、冷たい笑みを浮かべながら答えた。
「お前らが言う勇者の話だがな。次々と国を滅ぼした勇者は、実は一人ではない」
ロジャーの言葉に、ライオスは驚きを隠せなかった。そして同時に理解したのだ。
「お前なのか……もう一人の勇者は」
「ああ、その通り俺だ」
ロジャーは、ライオスの問いに肯定の意を示す。
「だが……どう証明する」
(もしかしたら我々を動かし国が滅ぶように動かしている可能性もある)
ライオスはロジャーに対して猜疑心を抱いていた。
(王として責任を持って決断せねばならない。例え相手がどうであれ)
「証明か……はぁ、面倒くさい」
ロジャーは地面をけりだしライオスの頭を掴んだ。
「ぐ、あああああああああ」
「【粗末な夢】」
ロジャーがそう言うと、ライオスの頭の中を、走馬灯のように今までの出来事が駆け巡る。
ベルベットの国民たちの悲鳴と絶望。イラの叫び。
ロジャーが手を離すと、ライオスは力なくその場に倒れ込んだ。
「なにを!」
イラは父に駆け寄り、容体を確認する。
「騒ぐな、気を失ってるだけだ」
ライオスの目がゆっくりと開かれる。
「ロジャー様、先ほどまでの無礼をお許し下さい」
ライオスの態度が一変し、ロジャーに跪いた。
「ち、父上?何を」
「誰だ、貴様」
「悪い、お前もしなきゃ不平等だな」
「【粗末な夢】」
ロジャーがそう言うと、イラはその場に倒れた。
「さて、これで証明できたな」
イラもゆっくりと立ち上がる。
「どうか……この無能な我々を救いください、全ては貴殿の御心のままに」
イラは地面に跪き、ライオスと共に懇願する。
その懇願を無視しロジャーは扉の方へ歩いて行く。
「はっ我ながら、趣味の悪い洗脳だな」
ため息をつくと同時にライオスの方へ振り向き言葉を放つ。
「さっき頭に入れたことを国民に説明しろ」
「承知いたしました」
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