実も枯れてしまえば次は無い

「そっか、良かったな」

勇者はロジャーにリラとの事を話していた。

親友は彼の言葉を聞いて微笑んでいる。

「ああ、ありがとう。お前にはいつも助けられた」

彼は勇者の苦悩を知る人物だ。彼は友として勇者が幸せになる事を心から望んでいたのだ。



「気にするなよ、俺たちは親友だろ?」

そう言ってロジャーは勇者の肩を軽く叩く。

勇者もそれを受けて思わず笑った。

「それにしても、お前もか」

「お前”も”?」

「ああ。俺もさ。実はな」

「……なんで言ってくれなかったんだよ!」

勇者は驚き、思わず大きな声を上げた。



「悪い、言えなかったんだ。でもお前の話をきいて決心がついた」

「俺の大切な人はエルフだ……森の奥地にある村のな」

「エルフ、村? いつから知り合ったんだ?」

勇者は驚きと好奇心が入り混じった表情でロジャーに問いかけた。

ロジャーは少し照れたように笑いながら、思い出を振り返るように話し始めた。



「数年前のことだ。森で村を見つけた、入ってみればいい意味で変人ばかりの村だった。俺を受けて入れてくれた、なんて言うか居心地がよかった」

「俺の彼女、マリーって言うんだ。いつかお前にも会わせてやりたい」

勇者はそんなロジャーの様子を見て嬉しそうに微笑んだ。

「ああ、合わせてくれ」

二人は笑い合い、互いを祝いそして別れた。



ソレカライツカ



「今日は夜空が綺麗だね」

マリーとロジャーは星空を眺めながら呟く。

「そうだな、手を……出してくれ」

ロジャーはマリーに手を差し伸べる。

「うん」

二人は手を取り、森の中を歩きだす。


夜の森は静かで虫や木々の擦れあう音だけが聞こえていた。

そんな音が二人を祝福するかのように聞こえた。

歩いて、歩いて村までの道を進む。

暗い道を共に歩く二人、その姿を星だけが照らしていた。

少し歩き、二人の目の前に村が見えてきた。

「なあマリー」

「なあに?」

「これからも、一緒にいような」

ロジャーは彼女の手を強く握る。

「ロジャー、何言ってるの?そんなの……」

「もう叶わないじゃない」



目の前の光景が、崩れていく。

自然豊かで緑が多かったこの村は火に囲まれ、至る所から炎が出ている。

村の人たちは傷跡を残し倒れている。それとこの村を襲ったであろう人間も。

ロジャーは、今、目の前には、冷たくなったマリーの体が彼の腕の中にあった。彼女の美しい顔は静かで、まるで眠っているかのようだったが、その冷たさが現実を突きつけてきた。

「マリー……」



ロジャーの声は震え、まるで彼女を起こそうとするかのように何度もその名前を呼んだ。しかし、彼女はもう二度と答えることはなかった。

いくら叫んでも、いくら呼んでも返事はない。炎が彼の周りで踊り、叫び声が風に乗って消えてゆく。

「どうして……こんなことに……」

ロジャーは、震える手でマリーの頬を撫でた。彼女の温もりはもうなく、ただ冷たさだけが残っていた。



彼の心の中で、怒りと悲しみが渦巻いた。何が起こったのか、どうしてこんな惨劇が起きたのか、彼は理解できなかったし、したくもなかった。

炎が村を包み、煙が空へと立ち昇る中で、ロジャーは自分の無力さに打ちのめされた。

自分がもっと早くここに来ていれば、何かできたかもしれないという後悔が彼を苛んだ。しかし、現実は残酷だった。

「マリー……」

ロジャーは彼女の名前を呟きながら、膝をついたまま動けずにいた。

涙が彼の頬を伝い、マリーの冷たい頬に落ちた。彼の心は壊れ、ただ彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。

ロジャーは、マリーと共に過ごした日々を思い出し、彼女の笑顔、彼女の声、彼女の優しさが頭の中に浮かんだ。

しかし、それらすべてがもう戻らないことを理解した瞬間、彼の心は完全に崩れ去った。



ロジャーは彼女の体を抱きしめ、最後の温もりを求めたが、そこにはもう何も残っていなかった。

炎がますます激しく燃え広がり、彼の周りのすべてが音を立てて崩れていく中で、ロジャーはただ呆然としながら、その場に崩れ落ちた。

「マリー……」

彼の声はもはや涙にかすれていた。村の焼け跡の中で、ロジャーはただ一人、残されたマリーの体を抱きしめながら、絶望と後悔の中に沈んでいった。




パリンッと音を立てマリーゴールドの花瓶が棚から落ちて割れる。

「あっ……せっかく綺麗に咲いたのに」

「ごめん、リラ」

「大丈夫だよ、ちょっと片付けるね」

「まあ、この花瓶がよく合ってたんだけど仕方ないね」




次に目を覚ましたのは、日が明ける事だった。

夢であってくれたらどれだけよかっただろうか、しかし目に入るのは燃え崩れた村。

生気の無い最愛の人。夢ではなかった現実に、吐き気が込み上げてくる。

ロジャーは何とか立ち上がろうとするも、脚が言うことを聞かない。

絶望に打ちひしがれるロジャーは地面に蹲るしかなかった。

「何でこんな事になる。この村の住人が何をした。マリーが、何をした」

生きてたって人間の障害になる訳が無い。ただ、誰も憎まず平和に生きようとしただけだ。



……悪いのは誰だ。

悪いのはこの世界だ。襲った人間達は自分達が優位だと思ってた、当たり前だと。

殺すのが当然の事と殺してもいいと、そうゆうふうに世界が成り立ってる。

現状これを作ったのは……他でもない俺だ……。

勇者は違う、あいつは何処までも被害者だ、何もかも自分の意思じゃない。

俺は今……何に怒ってる。もう分からない、考えてる事がありすぎて収集がつかない。


ロジャーは頭の中で渦巻く混乱と怒りに耐えながら、目の前の現実を受け入れようとするが、心の中の絶望がそれを阻む。彼は自分の感情が制御できなくなり、叫びたい気持ちに駆られるが、声が出ない。ただ胸の奥底から込み上げてくる激しい感情だけが、彼の心を締めつける。


彼は再び立ち上がろうと試みるが、体は重く、まるで自分自身が地面に縛りつけられているかのようだった。燃え崩れた村の残骸と、冷たくなったマリーの姿が、彼の目に焼き付いて離れない。これまでの自分の行いが、こんな結果を招いたのだという事実が、彼を責め立てる。


「俺は……何のために人を殺したんだ……?」

ロジャーは震える声でつぶやく。

「俺が描きたかった、安っぽい夢の中だったら、マリーは死なずにすんだのか……?」


地面に座り込んだまま、彼はただ虚空を見つめた。

彼に残されたものは、ただ孤独だけだった。自分の存在や今までの行いに対する葛藤が頭の中で渦巻き、彼の心を蝕んでいく。

ロジャーは、自分が何をすべきか分からなくなっていた。

マリーを失った今、生きる目的を見失いかけていたのだ。

「もう何も分からない……俺は……どうすればいいんだ……」

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