実も枯れてしまえば次は無い
「そっか、良かったな」
勇者はロジャーにリラとの事を話していた。
親友は彼の言葉を聞いて微笑んでいる。
「ああ、ありがとう。お前にはいつも助けられた」
彼は勇者の苦悩を知る人物だ。彼は友として勇者が幸せになる事を心から望んでいたのだ。
「気にするなよ、俺たちは親友だろ?」
そう言ってロジャーは勇者の肩を軽く叩く。
勇者もそれを受けて思わず笑った。
「それにしても、お前もか」
「お前”も”?」
「ああ。俺もさ。実はな」
「……なんで言ってくれなかったんだよ!」
勇者は驚き、思わず大きな声を上げた。
「悪い、言えなかったんだ。でもお前の話をきいて決心がついた」
「俺の大切な人はエルフだ……森の奥地にある村のな」
「エルフ、村? いつから知り合ったんだ?」
勇者は驚きと好奇心が入り混じった表情でロジャーに問いかけた。
ロジャーは少し照れたように笑いながら、思い出を振り返るように話し始めた。
「数年前のことだ。森で村を見つけた、入ってみればいい意味で変人ばかりの村だった。俺を受けて入れてくれた、なんて言うか居心地がよかった」
「俺の彼女、マリーって言うんだ。いつかお前にも会わせてやりたい」
勇者はそんなロジャーの様子を見て嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、合わせてくれ」
二人は笑い合い、互いを祝いそして別れた。
★
ソレカライツカ
「今日は夜空が綺麗だね」
マリーとロジャーは星空を眺めながら呟く。
「そうだな、手を……出してくれ」
ロジャーはマリーに手を差し伸べる。
「うん」
二人は手を取り、森の中を歩きだす。
夜の森は静かで虫や木々の擦れあう音だけが聞こえていた。
そんな音が二人を祝福するかのように聞こえた。
歩いて、歩いて村までの道を進む。
暗い道を共に歩く二人、その姿を星だけが照らしていた。
少し歩き、二人の目の前に村が見えてきた。
「なあマリー」
「なあに?」
「これからも、一緒にいような」
ロジャーは彼女の手を強く握る。
「ロジャー、何言ってるの?そんなの……」
「もう叶わないじゃない」
目の前の光景が、崩れていく。
自然豊かで緑が多かったこの村は火に囲まれ、至る所から炎が出ている。
村の人たちは傷跡を残し倒れている。それとこの村を襲ったであろう人間も。
ロジャーは、今、目の前には、冷たくなったマリーの体が彼の腕の中にあった。彼女の美しい顔は静かで、まるで眠っているかのようだったが、その冷たさが現実を突きつけてきた。
「マリー……」
ロジャーの声は震え、まるで彼女を起こそうとするかのように何度もその名前を呼んだ。しかし、彼女はもう二度と答えることはなかった。
いくら叫んでも、いくら呼んでも返事はない。炎が彼の周りで踊り、叫び声が風に乗って消えてゆく。
「どうして……こんなことに……」
ロジャーは、震える手でマリーの頬を撫でた。彼女の温もりはもうなく、ただ冷たさだけが残っていた。
彼の心の中で、怒りと悲しみが渦巻いた。何が起こったのか、どうしてこんな惨劇が起きたのか、彼は理解できなかったし、したくもなかった。
炎が村を包み、煙が空へと立ち昇る中で、ロジャーは自分の無力さに打ちのめされた。
自分がもっと早くここに来ていれば、何かできたかもしれないという後悔が彼を苛んだ。しかし、現実は残酷だった。
「マリー……」
ロジャーは彼女の名前を呟きながら、膝をついたまま動けずにいた。
涙が彼の頬を伝い、マリーの冷たい頬に落ちた。彼の心は壊れ、ただ彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。
ロジャーは、マリーと共に過ごした日々を思い出し、彼女の笑顔、彼女の声、彼女の優しさが頭の中に浮かんだ。
しかし、それらすべてがもう戻らないことを理解した瞬間、彼の心は完全に崩れ去った。
ロジャーは彼女の体を抱きしめ、最後の温もりを求めたが、そこにはもう何も残っていなかった。
炎がますます激しく燃え広がり、彼の周りのすべてが音を立てて崩れていく中で、ロジャーはただ呆然としながら、その場に崩れ落ちた。
「マリー……」
彼の声はもはや涙にかすれていた。村の焼け跡の中で、ロジャーはただ一人、残されたマリーの体を抱きしめながら、絶望と後悔の中に沈んでいった。
★
パリンッと音を立てマリーゴールドの花瓶が棚から落ちて割れる。
「あっ……せっかく綺麗に咲いたのに」
「ごめん、リラ」
「大丈夫だよ、ちょっと片付けるね」
「まあ、この花瓶がよく合ってたんだけど仕方ないね」
★
次に目を覚ましたのは、日が明ける事だった。
夢であってくれたらどれだけよかっただろうか、しかし目に入るのは燃え崩れた村。
生気の無い最愛の人。夢ではなかった現実に、吐き気が込み上げてくる。
ロジャーは何とか立ち上がろうとするも、脚が言うことを聞かない。
絶望に打ちひしがれるロジャーは地面に蹲るしかなかった。
「何でこんな事になる。この村の住人が何をした。マリーが、何をした」
生きてたって人間の障害になる訳が無い。ただ、誰も憎まず平和に生きようとしただけだ。
……悪いのは誰だ。
悪いのはこの世界だ。襲った人間達は自分達が優位だと思ってた、当たり前だと。
殺すのが当然の事と殺してもいいと、そうゆうふうに世界が成り立ってる。
勇者は違う、あいつは何処までも被害者だ、何もかも自分の意思じゃない。
俺は今……何に怒ってる。もう分からない、考えてる事がありすぎて収集がつかない。
ロジャーは頭の中で渦巻く混乱と怒りに耐えながら、目の前の現実を受け入れようとするが、心の中の絶望がそれを阻む。彼は自分の感情が制御できなくなり、叫びたい気持ちに駆られるが、声が出ない。ただ胸の奥底から込み上げてくる激しい感情だけが、彼の心を締めつける。
彼は再び立ち上がろうと試みるが、体は重く、まるで自分自身が地面に縛りつけられているかのようだった。燃え崩れた村の残骸と、冷たくなったマリーの姿が、彼の目に焼き付いて離れない。これまでの自分の行いが、こんな結果を招いたのだという事実が、彼を責め立てる。
「俺は……何のために人を殺したんだ……?」
ロジャーは震える声でつぶやく。
「俺が描きたかった、安っぽい夢の中だったら、マリーは死なずにすんだのか……?」
地面に座り込んだまま、彼はただ虚空を見つめた。
彼に残されたものは、ただ孤独だけだった。自分の存在や今までの行いに対する葛藤が頭の中で渦巻き、彼の心を蝕んでいく。
ロジャーは、自分が何をすべきか分からなくなっていた。
マリーを失った今、生きる目的を見失いかけていたのだ。
「もう何も分からない……俺は……どうすればいいんだ……」
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