花びら枯れて実を出して

目を覚ますと、見知らぬ天井がそこにはあった。

「あ、起きました?」

エプロンを着た彼女は、僕を見てそう言った。

「……僕は」

「急に倒れたんですよ、びっくりしました」

「そう……何から何まで」



「いえ、きっと何か辛いことがあったんですよね……もし私の行動で貴方がそうなってしまったのなら、すいません」

「いや……違うんだ。僕のせいだ……何も悪くない」

「そうなんですか……窓の傍に飾ってある花、知ってますか?」

彼女はそう言って、一つの植木鉢を指さす。

「いや」

「ヒペカリムって言う花なんです。蕾が一気に咲いて綺麗なお日様色の花びらを見せるんですけど、すぐに枯れてしまうんです」



「でも、その後に可愛い赤い実を見せるんです。悲しみは続かない、いつかまた幸せが来るって花言葉があるんですよ」

「慰めになるか、分からないんですけど。もしよかったら切り花に」

「いや、いいんだ。もう辛いことは、悲しみは終わったから」

僕の言葉を聞くと彼女は少し笑う。

「なら、良かったです」

「そう言えば、君から貰った花は」

「こっちにありますよ」

「ありがとう、これは受け取ってもいいかな」

「はい!もちろんです」

彼女はその花を渡してくれる、その時の顔がどうも綺麗に見えた。

「……そうだ、今度は花を買いに来ていいかな」

「ええ、お待ちしてますね!」

彼女に礼を伝え階段を降りる。



「最後に、名前を聞いても?」

「リラ・トリエステです」

それから、勇者は何度も花屋に訪れた。

花を買う為。いやリラに会う為、リラと話す為に。

リラは花の意味や育てかたを勇者に教えていた。

その度に勇者はは心が癒されていた。



リラもまた、勇者と花を通じて少しずつ心を開いていく様子を見て、彼に対して特別な感情を抱くようになる。

そうしてリラにとって勇者は。勇者にとってリラは特別な人となり。

互いが互いを思う、そんな毎日に……二人は幸福を感じていた。



ある日、いつものようにリラに会いに行ったその日。

リラは勇者にある提案をした。

「花畑を見に行きませんか?」と。

それから僕とリラは花畑に向かって歩き出した。

辺り一面に花が広がり、とても綺麗な光景が目に入る。

「綺麗だ」

「うん……」

リラは少し間を空けて答える。



「私、貴方に言ってない事があるんです」

「言ってない事?」

「私……エルフなんです。人間とのハーフですけど」

「ここは私の家族が死んだ場所、人間が来て村を襲ったんです」

リラは悲し気な表情で語る。



「お母さんは人間でした。病気で死んじゃったんですけど、優しかった。お父さんもお母さんを愛して、私も愛してくれた」

「村の人たちもお母さんを歓迎して……種族なんて関係なかった。私はここが大好きな場所でした」

リラはそう言って微笑んだ。



「でも、それも無くなった。私はお母さんの血を色濃く受け継いだからか、エルフとしての特徴は殆どなかった。そのおかげで生かされました。哀れな子供として」

勇者はその話をきいて口を開けずにいた。


「正直言って、幼い頃は人間を憎んでました。でも……人は優しかった。育てられて愛を受けました」

「人から厚意を受けました。心配も同情も心の底から。誰かに対する気持ちはきっとエルフも人間も獣人も関係ない」

「そう知ってから恨むのを止めました。やれる事をやって、生きていこうって」

「だから、貴方を恨んでなんかいませんよ、勇者様」



(そうか、君は……最初から僕を……)

こらえていた涙はぽろぽろと流れだす。

「僕は……君に、救われてばっかりだ」

リラは勇者を抱きしめる。

勇者はリラを抱きしめた。

「僕は……君が好きだ」

「私も……大好きですよ」




数週間後、勇者はある夜、深い闇の中で目を覚ました。

犯した過ちが、失ってしまった大切な人たちの顔が鮮明に浮かぶ。

そして彼女と彼に影が忍び寄る。

「やめろ、やめてくれ。その二人だけは、二人だけは見逃してくれ」

『黙れ』

影が勇者の腕を捕まえる。

「嫌だ、やめろ!やめてくれ!」



その影を振り払おうと必死に抵抗する。しかし影の力は強く振り払う事はできない。

『お前に幸せになる権利はない愛される資格はない、全ての悲劇の元凶が』

顔の無い亡霊がそう言う。その言葉が耳に入る度、勇者の心は深く傷ついていく。

抵抗出来ぬまま、影は剣を作り、そのまま二人を貫いた。

「あああ、うああ」



目を覚ますと、リラが僕の手を握ってくれていた。

「大丈夫?」

「リラ……リラ」

「私はここに居から。ゆっくり、落ち着いて」

リラは震える勇者の手を握る。

その手はとても暖かい。優しい、そして少し冷たい。



「僕は……沢山の人を殺した。皆生きたかったはずだったのに……罪もない人たちまでも無差別に」

勇者の声はかすれていた。彼の瞳には深い苦しみが宿っており、その重圧に押しつぶされそうな様子が伺えた。リラは彼の言葉を黙って聞いていた。彼の手をしっかりと握りしめ、その温もりで勇者の心を支えようとしていた。


「僕は…僕を許してない。過ちを犯し続けた。何度も後悔した。でも、もう何も取り戻せない…」


リラはそっと勇者の手を引いて、彼を抱き寄せた。彼の体は震えていたが、リラの優しさに包まれて少しずつその震えが和らいでいった。


「貴方がどれほど苦しんでいるか、私には完全にはわからないかもしれない。でも、貴方は今ここにいる」

「貴方がどんな過去を背負っていても、今ここにいる貴方を私は信じてる」


勇者はリラの言葉に耳を傾け、彼女の言葉一つ一つが心に沁み渡っていった。涙が知らず知らずのうちに彼の頬を伝い、勇者はリラの肩に顔を埋めて泣いた。その涙は、これまで心の奥底に押し込んでいた苦しみや罪悪感が溢れ出したものだった。

リラは何も言わず、ただ勇者を抱きしめ続けた。彼の涙が止むまで、彼が落ち着くまで、彼女はその場から離れなかった。





それから二年の月日が経った。

勇者はリラに自分の気持ちを伝えそして二人は結ばれた。

勇者はリラと共にいた。小さな家を買い二人で静かな日々を過ごしている。

それはとても幸福な時間だった。お互いを愛し合い、支え合う日々。

親友との関係も変わらず、愛する人もできた。

それは幸福な時間だった。

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