淡い惨状
日がでて間もないころから街には活気が溢れていた。
どこもかしこもが「勝利」の話で持ち切りだ。
「これからは平和だ!」「ああ、勇者様のお陰だな」
そんな声が至る所から聞こえてくる。
「……」
少年はそんな街の様子を見て、少し口角が上がっていた。
そんな時、少年を呼びかける声が聞こえた。
「おい!あれ勇者様じゃないか?おーい」
その声に少年は驚き、声のする方を向いた。
すると次々にこちらを振り向き、少年に声をかける。
「本当だ!あの顔、女王様に見せてもらった魔法の映像の勇者様とそっくりだ!」
「……映像?」
少年は静かにそう聞き返す。
「ああ、昨日女王様が魔法を使って勇者様の雄姿を見せてもらったよ!凄かったなあ!」
「そうだよ!30万のエルフに億しもせず、一瞬で壊滅させるなんて!」
「しかもあれって勇者様一人の魔法なんだろ?すげえなあ、かっこいいなぁ!」
次々と来る歓声に少年はたじろぐ。
「そうだ!勇者様、握手してください!」
一人がそう言うと周りからも同じ声が飛ぶ。
少年は一瞬躊躇したがその握手に応じた。
(暖かい手だな……)
少年の頭にはそんな感想が浮かんだ。
「頑張って平和を守って下さい!勇者様!」
少年はその声を背に、その場から立ち去る。
(どうしてだろう……こんなに暖かいのに)
少年の心には何故か影が差していた。
★
「勇者よ、街の様子はどうだ?」
女王が少年に話しかける。少年は静かに答えた。
「平和です……」
「……そうか」
少年の返答に少し間を開けながら女王はそう言った。
「覚悟は決まったか?」
女王は少年に問う。少年はその問いに少し間を開けて答えた。
「覚悟……ですか」
少年の目には曇りが見える。その曇りを振り払うように、女王は言う。
「そうだ。罪の無い、街で暮らしていたような平和を謳歌する人を、殺す覚悟だ」
「……やらないという選択肢は無いんでしょう」
少年のその言葉に女王は首を縦に振る。
「ああ、その通りだ」
そう言うと、雰囲気を変え女王は言った。
「戦う覚悟はあるか?勇者よ」
少年は静かに、しかし確かに答えた。
「……あります」
少年の目は前を向いている。だがその手は微かに震えていた。
★
「本当に宜しいんですね?」
近衛兵は女王に聞く。
「言葉は曲げん」
「失礼しました。しかし……」
近衛兵は何か言おうとしたが。女王はそれを見て言う。
「くどいぞ」
「……分かりました」
そう言うと、近衛兵も下がる。そこに少年がやってきた。
「準備出来ました……戦います」
少年は少し震えた声でそう言う。
「そうか、なら行け勇者よ。そして殺せ、罪なき人を」
少年は苦悶の表情を浮かべながら、拳を握り転移した。
「……さて、やるか」
王女がそう言うと、水晶魔法を発動する。
繋ぐのは勿論、エルフの王だ。
通信が繋がると同時、エルフの王は怒りの籠った声を発する。
「ようやくか、待ちわびたぞ女王」
「すまないな、遅くなったよ。お前達の降伏宣言についてだ」
王女が嘲笑うようにそう言う。
「お前達の降伏宣言は……却下する。戦争は続く、殲滅戦だ!」
「!?」
その言葉を聞いた瞬間、エルフの王の顔はみるみる青くなった。
「ッ……外道め、貴様らに人の心は無いのか」
「ああ、捨てたさ。そんな物」
「それよりいいのか、お前が今いる上空には……勇者が居るぞ」
そう女王が言い終わると同時に、轟音と共に城の一部が砕け散った。
「おま……えは……」
エルフの王は驚愕と絶望が入り混じった顔で、女王を睨みながら言う。
「ああ、やはり。平和など……無いのだな」
そう言うと、魔法は途切れた。
★
魔法の剣の重さなんて感じないはずなのに、この腕は重い。
そんな腕を振り上げる。
「
一筋の剣撃が飛ぶ。その斬撃は、エルフの国に向かって放たれた。
エルフの国は繁栄と美しさを誇る地であったが、その剣撃が触れた瞬間、周囲は淡い光に包まれ、瞬く間に変わり果てた姿となった。
斬撃が通過した場所は、建物が崩れ、木々は薙ぎ払われ、それは見る影もない。
「……」
剣を振るった者の瞳には、かつての希望と絶望が交錯していた。彼の心もまた、淡い惨状に染まっていく。
そして、彼の腕は再び重くなり、次の一撃を放つために、ゆっくりと振り上げられた。
「【屍王の剣】」
振り下ろされると同時に、エルフの国の上空のいたるところに剣が現れ落下していく。
斬撃が降り注いだ場所には、エルフの国だった物は存在せず。
ただ無慈悲な雨が降り注ぐだけだった。
少年は死体の山を呆然と見ている。何を思ったのだろうか、何を感じたのだろうか。
ただ、これ以上見たくはなかったのだろう。
少年は……目を瞑った。
★
繁栄と栄華の象徴でもあるこの都市は今、たった一人の少年に壊されていた。
「王よ!お逃げ下さい!」
「我らが逃げて……一体どうなると言うのだ」
エルフの王は涙を流しながら嘆く。
「王よ!貴方はこの国にとって必要なお方なのです!」
近衛兵の悲痛な叫びが響く。そしてその声は轟音によりかき消された。
「……これは一体なんたることか」
エルフの王はその惨状を見て、顔を手で覆う。
その惨劇を作り出した少年は、ただ静かに立ち尽くしていた。
「王よ!応戦しましょう!せめて一矢報いて」
側近が悲痛な声を王に向ける。だが王はそれにこう返した。
「するな!意味など無い!それよりもだ、今いる兵に告げろ!民を逃がせ、種を絶やすな!我らの怒りを受け継げと!」
「っ!王よ、それは」
側近は王に何かを言おうとしたが、王の覚悟の籠った顔を見て何も言えなくなった。
「……これが最後の命令だ、兵に伝えよ!」
そして側近は王の言葉に敬礼で応えた。
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