栄光

ノアールに帰り城の中を歩いていると、次々に声が聞こえる。

「逃げかえってきたのか!戦果は立てたんだろうな」

嘲わらうような声と、残念がるような声が混ざっていた。

「死ぬことすら怖えのか?」

的外れな罵倒に少年は眉を顰める。

「帰ってくんなよ、化け物が」

その声に少年は何も言わずに、女王の居る部屋へと向かった。






女王は勇者の帰りを見ると、立ち上がり言った。

「よくやった……お前の勝ちだ」

「はい……」

少年は力なく答えた。そんな少年を見て女王は言う。

「今、エルフから降伏の申し出が来た。良かったな、これでお前は英雄だ」

「はい……」

少年はその言葉にも力なく答えた。

「お前はどうするのが正解だと思う?」

「……?」

「お前はこの降伏を受けるのが最善だと思うか?」

理解していない少年を女王は気にも留めず話し続ける。

「どう言う……」

「まあいい、お前も疲れているだろう」

「喜べ、明日はお前が英雄になる日だ」





少年はが起きると同時に、大きな歓声が彼の部屋まで届いた。

「五月蠅い……」

少年は頭を掻きながら呟く。

「昨日の今日で何なんだ」

そう少年が言うと、ノックが少年の部屋に鳴り響く。

「こい、寝坊だぞ」

騎士団長の声が扉越しに聞こえる。

「分かった……」

少年はベッドから降りて扉を開けると、騎士団長が立っている。

「正装に着替えろ」

少年はその言葉に従い、そのあと部屋を出た。





女王は城から民を見下ろしながら、高らかに宣言する。

「昨日、勇者の活躍により。一人で三十万という敵を蹴散らし、この戦争を我らの勝利へと導いた!」

その言葉を聞いた民は歓声を上げ、少年を称える。

「そして!それを成し遂げたのは、ここにいる勇者だ!」

その声とともに少年が女王の後ろから現れる。

「勇者よ、前に出よ」

少年は言われるままに前に出ると、歓声がより一層強くなる。

そして少年に声がかけられた。

「勇者!万歳!」「勇者!万歳!」「勇者!万歳!」

「勇者を称えよ!これからの平和は勇者と共に!」

民は少年を称え、歓喜する。少年はその歓声を静かに聞いていた。

「英雄になった気分はどうだ、良いもんか?」

騎士団長は少年が外に出ると、そう言った。

「そう……でもないよ」

少年の表情は明るくない。





その夜、王の間で女王と側近と騎士団長そして、一人の少年が顔を合わせていた。

「ではこれより今回の戦争についての話し合いを始めよう」

女王はそう言うと続けて言う。

「まずエルフの降伏についてだが……受け入れない」

「!?」

「どう言う事です?」

側近は驚きながら女王に聞く。

「理由はたった一つ。怨みというものは積もる、決して無くならず人から人に渡る毎に積み重なっていく。このまま共存を選べば。何十年、何百年後。争いは再度起きるだろう」

「しかし、それでは……」



「無慈悲か?だが可笑しいな、すでに人は数え切れない程死んでいる」


「……」

女王のその言葉に誰も反論など出来なかった。

「獣人はともかくエルフには鏖しの選択を取るしかない。これから続ける平和の為には」

「どんな選択にも犠牲は有る。まあただ、その選択肢を取るのにお前が必要なだけだ」

黙りこくった少年をみて女王は言葉をかける。

「怖いか……だが安心しろ。遠く未来はどんな間違った選択も正当化できる理由を見つけるだろうさ」





話しが終わり、部屋に戻ろうとした時。

激高した声が、少年に向かって飛ぶ。

「居やがったな!テメエふざっけんじゃねえ!」

数人がその声の主を取り押さえる。

「落ち着けよ!お前!」

「うるせえ!お前らも悔しくねえのかよ!こいつはこいつは!」

その声の主の方を向くと、そこには一人の騎士が居た。



(僕はこの人に何をしたんだ?)

心当たりがない……少なくとも少年にとっては。

騎士が自分を恨んでいる理由に心当たりがなかった。

「僕が貴方に何をしたんだ!」

少年は騎士に向かって叫ぶ。

「うるせえ!お前が、お前のせいで!」

「文句があるなら言えよ!」

少年の叫びに、騎士は怒りの表情で言った。



「俺達の一生を馬鹿にしやがって!これまで死んでいった人は何の為にその命を捧げたんだ!国を救おうとその人生を俺達は捧げてきたんだ!なのにこいつは俺達も死んでいった人の人生を茶番に変えやがった」

騎士は少年を睨みながら叫ぶ。

「なんだお前は!今まで国の為に尽くしてきた俺達の事を嘲笑いやがって!」

「なんでだよ!なんでなんだよ!国の為思い人の為に死んで逝った人たちが!どうして茶番にならなきゃいけない!」

少年は騎士の言葉に狼狽える。



その言葉に涙を流しながら声を荒げて反論する。

「僕に何の関係があるんだ!死んでいった人とか!国の為とか!少なくともお前らに責められる様な事はしてない!」

「何一つ知らないくせに!結局そうだお前らが弱いから、僕がやらなきゃいけなかった!」「関係のない僕を!巻き込んで!嫌なんだよ!お前ら全員大っ嫌いだ!」

少年の叫びは城中に響いた。

言葉をひとしきり叫ぶと、逃げるように少年は走っていく。





(なんで……どうして僕が責められる?)

少年は一人部屋で考えていた。

城で言われた事を思い出しながら考える。

(僕のせいじゃないはずでしょ……ねえ、ママ。なんで、僕はここに居るの?)

そして夜が更ける頃、少年は一人城の屋上に立っていた。



「眠れないか?勇者よ」

女王が少年に、後ろから話しかけた。

「一人に、してくれませんか?」

少年はそう静かに言う。

「断る、指図は聞かんと決めている」

女王はそう答えた。少年はそれに答える事無く、空を見上げた。



「何を見ている?勇者よ」

「月を……」

女王の問いかけに少年は静かに返した。

「……今日は満月か、綺麗だろう?」

「そう……ですね」

少年は一言だけそう答えた。

「僕は……貴方の考えを正しいとは思いません」

「そうか……」

女王は少年の言葉に肯定も否定もしない。ただ受け入れるだけだ。

「だがまあ、私の命令を受けてお前は民に受け入れられた。いつか街に出てみると良い、お前は手に入れたんだ栄光をな」

「……」

少年はそれを静かに聞いていた。

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