互いの絶望
そして一ヶ月が経ち、開戦の時。
近衛兵が女王に報告する。
「開戦時刻です」
「勇者は?」
「もう既に位置に」
そこには、勇者とエルフの大軍が対峙していた。
エルフの大軍は30万、一見すれば勇者一人を殺すのにはあまりにも多すぎる。
「あの少年一人にこんな数、本当にいるんでしょうかね」
「さあな、でも王の言う事だ。間違いは無いだろ」
★
少年はこの大軍を見下ろしながら思う。
「死ぬのかこの人たち……せめて逃げないでさい」
自分の心の平穏の為に。
「【五宝剣】」
そう呟いた瞬間、五つの巨大な剣がエルフ達の周りを囲んだ。
剣と剣の間に結界が作られ、この辺り一帯は隔離される。
「な、何だ!」
エルフ達は驚き、騒ぐ。
「何だこの規模の魔法!援軍か!」
「だが王がそれは無いと」
「じゃあなんだよこれ」
「落ち着け!進んで首を討ち取る、それが目標だ」
その声とともに30万の兵は動き出す。
勇者は続ける。
「【曇天穿つ巨神の剣】」
雲すら切り裂く、巨大な剣が勇者の傍に現れる。
「あ、あんな物見たことが……」
「あ、あれが人の魔法か」
エルフ達が狼狽える中勇者は唱えた。
「下れ!」
その声とともに剣が振り下ろされる。
そして次の瞬間、剣の振り下ろした正面は惨状と言わざるを得ない光景になっていた。大地は割れ、正面にいたエルフは即死し、その後ろにいたエルフも押しつぶされている。
たった一度魔法を放っただけで、エルフの軍勢は半分以上死んでしまった。
そして何より一番悲惨なのは、この光景を引き起こした人物に立ち向かわないといけない事だろう。
「バ、バケモノだ……」
エルフの誰かがそう呟いた。
「……屈するな!王への忠誠を示せ!」
その言葉を皮切りにエルフ達が魔法を唱え始める。
勇者は続けざまに魔法を唱える。
「
現れた剣は黒い閃光を残しながら突き進む。
それはエルフの魔法を次々と相殺して、その後ろのエルフまでも貫いた。
「怯むな!突撃しろ!」
「うおおおおおお」
勇敢なエルフが勇者に突撃する。
「凄いな、死ぬって分かっても立ち向かう勇気が出るんだ……」
勇者はエルフ達を見てそう思う。
「【刻刀】」
勇者は結界を張りながら、一つの剣を生み出す。
それは水晶色に輝く刀身を持つ剣だった。
「凄いな、魔法とはこんなに綺麗なのか」
エルフの一人がそう呟いたが、もう誰も聞いていない。
勇者はその剣を地面へと突き刺した。
すると地面に無数の亀裂が走る。
そして次の瞬間その亀裂へと兵は落ちていく。
どうしようもない絶望がエルフ達を襲う。
「撃て!なんでもいい!」
その声は悲痛の叫びだ。
それでもエルフ達は魔法を放ち続ける、たった一人を殺すためだけに。
「もう……諦めれば」
少年はそう呟いた。
結局相手が諦めまいとその命を諦めようと、今からする行いに心が軽くなる事はない。
「【聖なる光を放つ聖剣の意】」
その声とともにエルフは灰となり散っていった。
★
「終わったか……」
女王は呟くと、側近が口を開く。
「こんな光景は地獄の底でしか見れないものだと思っていました」
「ああ、そうだな」
女王は頷きながら答える。
「一刻も立たない内に……命はここまで無下にされていい物なのでしょうか」
「そうだな……」
女王は続けて言った。
「ああ、しかし……」
側近は苦しそうに続ける。
「あんな小さな少年に……私達は何をさせていたのだろう」
水晶から見える勇者を見て側近は呟いた。
★
「あ……あり得ない、こんな事が」
エルフの王の側近が慌てふためく中、エルフの王は怒りに震えながら言った。
「よくやった、儚く散った同胞よ。貴様達は英雄だ」
そして続けて言う。
「我々は負けた。それは事実だ」
そして最後に、エルフの王はこう言った。
「降伏だ、我々は降伏する」
「そんな!奴らに屈するのですか!王よ」
「そうだ、降伏だ。我々に何が出来る、これ以上同胞を死なせたいのか?犠牲はもう十分だ」
側近は苦虫を嚙み潰したような顔を見せるが、やがて覚悟を決めたように顔を整えて言った。
「分かりました……ではその旨をノアールに伝えます」
エルフの王はそれを聞くと口を開いた。
「済まない、理不尽だ不条理だと。そんな事を思っていても意味など無いのに、心の中でそう思っている」
「たった一人の少年に負けたことに。民は失望するだろうか……いや、するだろうな」
エルフの王は自嘲気味に続けた。
「たった一人の少年にどうしようもない王か……」
★
「………」
死体一つ残らない戦場、そこに勇者は一人佇んでいた。
勇者は暫くすると、後ろを向き呟いた。
「終わった……」
そう呟いた勇者の顔に笑顔は無かった。
「慣れる、もんか……」
そう言うと勇者は転移魔法を使いこの場を去ってしまう。
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