勇者へ:2

「何だ?何が?」

降って湧いて来たようなこの惨状、逃げようとしたが閉じ込められた自分達、いきなり消えた人間たち。

今置かれている現状を何一つ理解できないまま、エルフ達は困惑する。

そんな場所の中心に、勇者はいた。

「【クラウ・ソラス】」

勇者がそう呟いた瞬間、辺り一帯は地獄へと変わった。



剣が何十本も現れる。次の瞬間には剣を中心に光が放たれ、光は段々と広がり、その光は触れる物全てを消し去っていく。

「何だよこれ……」

エルフ達はその光景に恐怖した。

「これじゃ、まるで」

「地獄だ……」

エルフ達はそう呟いた。

理解すれば抵抗する気さえ起きなくなる。

立ち尽くす者、膝から崩れ落ちる者、泣き出す者、助けを請う者、逃げ出そうとする者。



様々な反応を見せるエルフ達だったが勇者は攻撃を止めなかった。

何も、誰も抵抗などできず。天を見上げ、許しを請うが如く、天に手を伸ばしながら消し飛んでいく。

「はあ……はあ」

そんな地獄の最中、勇者は蹲っていた。

傷でも疲れでもない、ただこの光景に目を向けたくなかった。

自分のせいで起きる、悲鳴と死。

その現実から、目を背けたかっただけだった。





少年は目を覚ます。どうやらいつの間にか寝ていたようだった。

少年が辺りを見渡すとそこはただ一面の荒野だった。

「あ……」

少年は思い出す、自分がした事を。

思い出すと少年は嘔吐した。

「うえ!」

耳に残る、悲鳴と絶叫。

「はっはっ」



呼吸が荒げる。過呼吸になりかけるが、少年は自分がやった事を再確認した。

「僕がやったんだ……」

助けを求めていたのに、悲鳴を上げていたのに、救いを求めていたのに。

その事実を認識すると同時に少年の心は何かに蝕まれるようにボロボロと崩れ始める。

「ごめんなさい」

そんな謝罪の言葉を呟きながら、少年は泣きじゃくった。

もう元には戻れないのだから。



気が済むまで泣いた少年は、空を見上げた。

「【転移】」

そう呟いた後、転移魔法を発動した。





転移魔法でノアール王国に少年は帰還する。

自分の部屋を目指し訓練場を歩いていると騎士団長と会った。

「お前……」

少年の顔を見て騎士団長は驚いていた。

「ごめん、なさい」

少年はそう呟き、その場を去ろうとするが騎士団長が口を開いた。



「……まずはゆっくり休め。後始末は俺達がやる。それで休んだ後、女王がお前をお呼びだ」

「分かった……」

少年はそれだけ言うと自分の部屋へと戻って行こうとする。

「最後に……よくやった。それしか言えねえけど、本当によくやった」

騎士団長はそう呟いた。

少年はその言葉でまた泣き崩れそうになるが、何とか堪えて自分の部屋へと戻って行った。





少年が戻り数時間後。

女王の元へと騎士団長と共にやって来ていた。

「さて……初めに聞こう。お前は何者だ?」

女王が質問を投げかけた、一つの答えを求めて。

「僕は……勇者です」

少年はそう答えた。

「ふっハハハハはぁ~、全く、期待した答えをくれるな」

女王は笑う。その答えに満足したかのように。



「勇者……か」

そう呟いた後、女王は話を続ける。

「なあ勇者。人を殺した時、お前はどう思った?」

そう女王は少年に尋ねる。

「いや質問を変えよう。お前はあの虐殺をどう思った?」

「僕は……ただ」

少年はそう呟く。

「ただ?」

女王が聞き返すと、少年は答えた。



「怖かったです……」

少年はそう答えた。

「そうか……それは残念だ」

「お前はこれから、虐殺を続けなければならない。お前が勇者である限り」

「い、いや」

「いやじゃない、駄々をこねるな。お前はこの戦争を終わらせるんだ」

「お前しかできない。誰がお前のようなイレギュラーになれる」

「誰もが願ったこの戦争の終わりを。お前だけが達成できる。なのに」

「お前は自分に怯え、それを放棄するのか」



女王は少年の胸倉を掴む。そして言った。

「もう一度言う。勇者よ、虐殺を続けろ」

少年は何も言えなかった。言えるはずがなかった。

そんな少年を見て女王は口を開いた。

「慣れろ、心が壊れぬようにな」

そう言い残し女王が去る。





女王が去った後、少年は騎士団長に問いかけた。

「僕は……どうすればいい?」

その問いに対して騎士団長は答える。

「お前は人を殺す事に慣れろ」

そう答えた。そして続ける。

「それがお前の仕事だ」

「辛いなら俺の所に来い。慰めになるか、分からねえけど」

成れてなさそうな言葉を吐く騎士団長に、ぎこちない笑顔で少年は言う。

「ありがとう」

そう言葉を残して、少年は騎士団長の元を去った。





その一方でエルフ達のエルフの王に全滅の知らせが届いた。

「ふ、ふざけるな!全滅だと!何を阿呆な事を、誰の前でそんな事を言っていると思っている」

王の側近が知らせに来た騎士を怒鳴りつける。

「……大半の死体がありませんでした、我々のも、獣人達のも、人間のも」

「ある所を中心に、辺り一帯が草すら残らない荒野となっており。その荒野ではない所からしか死体は見つからず……」

「考えられるとしたら、その一帯に強大な魔法を放ち人間もろとも辺り一帯を消したとしか……」

「いや、違う」

エルフの王が口を開き騎士の考えを否定した。



「これを見ろ」

そう言うとエルフの王は魔法で水を空に張り、そこに映像を映した。

「水晶魔法のマナの残りを探知しその時を映した」

そこに映る勇者は、エルフの軍勢を蹂躙した。

「な」

そこに居る物は絶句せざるを得なかった。

「何ですか……これは」

エルフの王は答える。

「勇気ある者か……随分と気取った名前だ。だが」

「あれは化け物だ」

エルフの王はそう呟くと次の命令を下す。

「全軍に通達しろ!これより我らはあの化け物を討伐する!」

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