勇者へ

それから、少年は騎士団にその身を置いた。

そこで、騎士たち暮らしながら、戦争についての知識、自分の戦い方を叩き込まれていく。二年が経ち少年は戦争に駆り出されようとしていた。

「おい」

「なに」



少年は騎士団長に呼ばれ、その前へと立つ。

「……明日がお前の初陣だ、準備は出来てるか?」

「……一応」

ここで少年を気遣ってくれるただ一人の大人、それが騎士団長だった。

他の騎士団の者は特別扱いの少年を毛嫌いし、ぞんざいに扱った。

そんな中、騎士団長は少年と向き合い、接してくれていた。



「そうか、なあ明日が怖いか」

そんな騎士団長の言葉に少年は言う。

「……そうでもないよ」

「そうか」



そんな少年の言葉に騎士団長は嬉しそうに返す。

「……今日の飯は豪華だぞ」

「ほんと?」

そんな少年の言葉に騎士団長は笑う。





翌日なり、少年は戦争へと駆り出された。

敵軍の数は想定の二倍との情報が入るが、少年が気にすることでもなかった。

少年の戦い方は至ってシンプルだった。

不死身という特性を生かし敵陣の深くまで入り込み自爆特攻で敵を殲滅する。

「ほら行けよ、不死ゴミ」

敵軍と対面すると、騎士の一人に背中を押される。



「い、言われなくたって」

「おい、待て作戦を忘れたか!」

軍隊長が叫ぶが少年は敵軍に向かって駆け出す。

そんな少年を迎え撃つのは、魔法陣から打ち出された炎の槍と弓矢だった。

突き刺さる炎の槍と矢を気にも留めず、少年は敵軍の中心へと駆ける。

この半年間、少年は拷問とも言えるような訓練を積んだ。それは痛みに怯まない為、死なない為に。



そして今少年はその訓練の成果を発揮する時が来た。

槍で腹を貫かれても、炎に焼かれても少年は死ぬことなく突撃する。

少年は、敵軍の傍で自爆魔法を使いその命を散らした。



全身の火傷傷はみるみるうちに治り、そして少年は再び動き出す。

フラフラになる足を動かしながらまた進みだす。

「な、何だよあいつ」

「ば、化け物め」

エルフ達は少年の行動と、その歪さに恐怖した。

騎士団長は遠目からその様子を眺めていた。

「やっぱり、あのガキは……」

騎士団長はそう呟きながら、隊員に指示を送る。

「全員、防御魔法を張れ!」



だが、そんな声もエルフ達の魔法がかき消してしまう。

瞬間、後ろに居た騎士たちが魔法に巻き込まれてしまったからだ。

「クソ、前よりもずっと速え」

そんな光景を目にしながら騎士団長は思った。

(俺のせいだ、判断を誤った)

エルフと人間の差は圧倒的だ、エルフは圧倒的な質の魔法を使い、人間を蹂躙する。

「第一軍下がれ!第二軍構え!」

前線にいたエルフ達が下がり、代わりに後ろに居たエルフ達が前線に立つ。

「全員、防御魔法を!」



騎士団長が叫び全員が結界魔法を張る。

エルフ達が一斉に炎の槍を打ち出す。騎士団長は叫ぶ。

「進め!」





少年が敵軍の中心へと突撃して行ったのと同時刻、ノアール王国では女王が一人玉座に座りながら笑っていた。

「どうされましたか?来客も無いのに玉座に腰を掛けられるなど」

近衛兵が女王に尋ねる。



「忘れたのか?今日はあの不死身のガキの初陣だ」

「私がなんで二年もあのガキの出撃を渋ったと思うか分かるか。いや違う、なんでガキの出撃を許したか」

「まさか」



「ああ、あのガキの不死身は勇者の力が体に収まるようになるまでの物だ」

女王は何処からともなく取り出した水晶で少年を映し出す。

「お前も見ておけ、これからの歴史が大きく動く瞬間を」

そう女王は笑いながら答える。




「なんだよ……これ」

少年は目の前の状況に驚愕した。

言われた通り敵軍の中心へと向かい自爆特攻をする。

そんな少年を待ち構えていたのはエルフ達の魔法だった。

体を撃ち抜く炎の槍と、大量の弓矢が少年の体を貫く。

(痛い、熱い)

不死身の体はそんな痛みでも死ぬ事はなく、ただ少年を苦しめた。

「あ゛っ……」

少年が声を漏らすと同時にその体の無数の傷に気付く。

すぐ直るはずだった。でも体の傷が治らない。

槍が体を貫いた、それを機に次々と魔法が少年を襲った。

体の半分を失った所で少年は倒れた。

「おい、あの不死ゴミ。動いてねえぞ」



他の騎士たちが少年の方を見ると、少年は血まみれの地面に伏していた。

「不死身なんてやっぱりねえんだ。気にすんな!俺達だけで戦うぞ」

騎士の声と共にエルフ達に向かって駆け出す。

そんな騎士達をエルフ達は迎え撃つ。



時間が経つと共に騎士たちは押されていった。

結界魔法を張ろうともそれを貫通する攻撃力、持久戦も叶わないそもそも多いマナの量。最初こそ数で押していた人間もエルフ達に獣人が加わるとその利も無くなった。

この戦いの敗者はどう見ても人間だった。



少年は死体の山に埋もれていた。

少年の体は傷だらけで血に染まっていた。

前の様に傷は治らない、だが致命傷のはずの傷なのにいつまで経っても意識は保っている。少年はそれが苦しかった。意識があるのは戦場で一人取り残されている様だった。「戦わないと……」

口ではそう言っても、体は動かない。


そもそも本音ではない。戦いたくなんてない、死にたくない痛いのは嫌だ、辛いのは嫌だ。そんな少年の願望が頭の中を埋め尽くす。

もう目を閉じて全てを忘れてしまおうか……今なら死ねる気がする。

そんな風に諦めかけた時、それは起こった。

轟音と共に光柱が少年の体を包んだ。





少年の不死身の力は勇者の力が熟する前に失われないようにその力自体が少年にその不死身の力を与えた。

そして今、少年は力に値する体を手に入れ目覚めようとしていた。




エルフの軍勢はその光景に振り返らずにはいられなかった。

それは戦場の誰もが同じだった。エルフも獣人も人間も関係なく光柱に振り返り、その中心を見つめずにはいられなかった。



少年は光に包まれていた。

「起きろ」

そんな言葉を呟くと同時に体を突き抜けるような衝撃が走る。そして痛みが引いていく感覚がある。

(何言って)



少年がそう思った瞬間、少年の体は勝手に動いた。

まるで誰かに操られているような。少年は宙に浮かび上がっていく。

それと同時に光が晴れ、辺りの景色が目に入る。

少年の目に飛び込んできたのは、辺りにいる全員がこちらを向き目を離さない。

「お、おい何者だよあいつ」

そんな事を気にせず。少年はその体から感じ取っていた。

自分の力を存在を。



「僕は……僕は」


だ」



その言葉と共に勇者は攻撃に移る。


「|【聖なる光を放つ聖剣の意】」

魔法の言葉と共に、勇者の手には巨大な光の剣が握られる。

「攻撃する気だ!その前に殺せ!」

エルフ達が一斉に攻撃を仕掛ける。

勇者がその剣を振り払う。

その剣は轟音と共にその光に触れたエルフと獣人を塵に返した。



「なんだよ……あれ」

エルフの誰かが呟いた。

勇者は次の行動を開始していた。

転移魔法を使い、騎士達の元へと移動する。

「お前、何やったんだ」

騎士たちの一人がそう問いかけるが勇者は答えない。

「【レーヴァテイン】」

次はその剣に炎が灯る。勇者はその剣をエルフ達へと振るう。

「全員、結界魔法を!」

誰かがそう叫ぶが、巨大な炎が波のようにエルフ達へと襲い掛かる。

その炎に触れた者は跡形もなく消え去った。

そんな光景にエルフも騎士も誰もがが恐怖する。

「なんだよ……これ、まるで化け物じゃねえか」



勇者はそんな騎士達を気にせず次の行動へ移る。

【黄衣の王から賜った剣】ヤクサイノホシ

無数の剣が空中に出現する。その剣は今までの剣とは違い、黄色く濁って光っていた。勇者はその剣を敵軍に向かって落としていく。

「厄災に飲まれ、散れ」

その言葉と同時に剣がエルフ達に降り注ぐ。

その轟音と共に戦場は静寂に包まれた。



「て、撤退!」

遠くのエルフがそう叫ぶとエルフ達は撤退を始める。

それに連鎖するように別の軍も撤退を始める。

それを逃がさまいと騎士達は追撃をかける。

勇者の後ろに居た騎士達も勇者を置いて、追撃へと加わる。

だが勇者は追おうとしなかった。そのまま、呆然と立ち尽くす。

だがそんな中、一人の男が勇者の前に現れた。

「お前、何があった」

騎士団長はそう問いかけるが勇者は答えない。

「……大丈夫か?受け答えは出来るか?」

騎士団長は本気で少年を心配しているようだった。

少年はそんな騎士団長に言う。



「あの人達が生き残ったら、戦争は長引く?」

勇者は途切れ途切れにそう呟く。

「……そう、かもな」

騎士団長の言葉に、勇者は剣を握る。

「なら……殺さなきゃ」

そう呟いた勇者の目には、さっきまでと違う物が写っていた。

手を突き出し魔法を唱える。

「【五宝剣】」

そう呟いた瞬間、五つの巨大な剣がエルフ達の周りを囲んだ。

剣と剣の間に結界が作られ、この辺り一帯は隔離される。



「何する気だ」

騎士団長がそう叫ぶが、少年にその言葉は届いていないようだった。

騎士団長の言葉に勇者は呟く。

「……殺さなきゃ」

「待て!ま」

騎士団長の言葉を遮り、勇者はここに居るすべての人間を転移魔法で転移させる。

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