世界は不条理に満ちている
その後、私は村長の家に行く途中に出会った三人の元へと向かった。
「ねえ、エヴィリーナ。何があったの」
三人のうちの一人ケールが尋ねる。
「急かし過ぎよケール。ほらエヴィ座って座って」
椅子に座ると、他の二人も私の向かいの席に腰を下ろす。
「そう言えば、エレンは?いつも一緒なのに」
「エレンは、用事があるって」
「そう、エレンにも会いたかったのに」
「ねえエヴィリーナ。何があったのか話してよ」
私はその言葉に口をつぐむ。
全部は話せないが伝えられることだけでも伝えようと考えた。
「まあ色々あったの……まず、私達の方の村は人間によって壊滅した」
その後、生き延びた人と今どうしているのかを話した。
「うん……うん」
「エヴィ、辛かったよね」
二人は私に同情するように声をかける。
その言葉に涙が出そうになる、でも結局こらえきれず水が頬を伝った。
「ねえ、私も一つ聞いていい?」
「何?」
「エルフの襲撃をもっと詳しく教えて」
私がその言葉を発すと二人はバツが悪そうに顔をそらす。
その後、少し悩んでケールが口を開く。
「エヴィリーナ、これは絶対に口外しちゃ駄目だからね」
「ケールッ!」
「何、エヴィリーナなら大丈夫でしょ」
「まあ、確かにそれはそうかも知れないけど」
「あのね、今から大体三か月後、攻める国は北東の小国アノート。人間の生活を支えるアルマンアイアンの大半がこの国から産出されている。
国を落とした後はその鉱脈を人質に取って、それで脅して他国に攻め込めない状況を作る」
※アルマンアイアン……非常に加工しやすく丈夫な金属で、その性質から食器、武器、建材など幅広い用途で使われる。
アノート、確か商業国家カルバドリアの衛星国だったはず。
確かにその国ならばカルバドリアの援軍と勇者が来る前に決着をつけてしまえば。
「なるほど、でも問題点も多いわ。まず他国からの貿易ができない以上、食料を自分たちで確保しなければいけない。それに加えいずれ他の国がアルマンアイアンを必要としなくなったら」
「……わかんないよ~私頭良くないし、さっきの話だって全部聞いた話だし」
「ふっそうね、貴方がこんな事考えられるはずないわね。でもありがとう、教えてくれて」
「ナチュラルに酷い!」
「ふふ、じゃあ私は行くから。じゃあまた」
そう言って私は席を立つ。
「エヴィ、また来てね」
「暇ができたら来るわ。……でもこんな話は今回限りね」
そう言うと二人は笑っていた。
★
エヴィリーナが居ないので私もエルフの村を適当に歩いていた。
相変わらず奇妙な目で見られるが私は特段何も感じない。
(どいつもこいつも……何かに焦ってる)
エルフ達を見ているとそんな気がした。
(待ち遠しいのか、怯えてるのか。まあどっちだとしても、その時まで見れる空想の中じゃ幸せなんだろうな)
そんな事を考えていると一人のエルフが目に入る、剣を振る姿はとても綺麗だ、基礎がしっかりしているだけじゃない。
一つ一つの動きに無駄がない、かなりの使い手なんだろう。
それについ見とれてしまったのがいけなかったのか、エルフはこっちに気付いたらしい。
「誰かな?」そう声をかけられる。
後ろを振り返られ、目が合う。
「えっと……君は確かエヴィリーナと一緒に来ていた獣人の子だよね」
「デルだ」
「あ、ああ僕はフォードだ。君はどうしてここに」
「散歩だ、随分暇だったんでな」
「そっか、みんな少し気が立っているからゆっくりは出来ないかもしれないけど、良い所もあるからゆっくりしていくといいよ」
「ああ……そうするよ」
そう言った所でフォードはまた剣を振る。
「なあ、何で剣を振るんだ?」
私のその言葉にフォードは少し言葉を詰まらせてから。
「……僕の身の上話なんて聞きたいの?」
「ただの興味本位だ」
「そう、じゃあ話そうか」
★
僕がこの世に生まれてから最初に感じた負の感情は嫉妬だった。
僕は狭い村の中でしか生きられない、なのに人間は広い世界を知っている。
格差を知ってしまった、あの時山の上から人間の国を見た時、思ったんだ。
綺麗だって、広大だって、自由だって。あの光景に憧れないなんて、出来るはずがない。
僕たちエルフは自由じゃない、広大じゃない、あの街ほど、綺麗じゃない。
いつか行ってみたかった、あの光景を。
でも、エルフに生まれた時点でそれは叶わぬ夢だと知り、絶望した。
何故なら、僕たちは人間にとって悪役だからだ。
エルフに生まれた時点で世界にとって悪役が決定される。
ずっと思ってた、この世界は不条理に満ちているって。
★
「君たち獣人は僕たちと同じ虐げられてる存在だよね、少しは分かってくれるかな」
「どうだか、少なくとも共感はできねえ。生まれて自由があるお前らと違って私の仲間は生まれた瞬間から奴隷だ。まあ私は違うけどな」
「そうか、そう……でも良いじゃないか、恐怖が無いなんて」
「あ?」
「君たちは知らないだろ、いつ、どこで、人間に襲われるのか、明日自分は生きているのかすら分からない。その恐怖がないなら」
「奴隷の方がずっとマシじゃないか」
フォードは苦しそうにそう言った。
(ああ、そう言うことか。こいつも焦ってたのか)
私はフォードに言葉を飛ばす。
奴隷の方がマシ、それがコイツらにとっての答えならその答えを私は否定する。
なんたってムカつくしな。
「知らねえくせに、語ってんじゃねえよ」
「明日食う飯が豪華だろうが!私の仲間はパンの一切れしか食えなかった奴が居る。誰かに買われて、そのまま家畜以下の扱いでくたばった奴だってごまんといるんだよ。いいか!人は皆最初から不平等だ、スタートラインが大きく違う。そんなクソみたいな世界で生きてクソみたいに死ぬ、それが私達の中の常識だ」
「……何を偉そうに!僕たちはね!」
「だから知らねえって言ってんだろ!」
私はついフォードの胸ぐらを掴む。
「君だって何が分かってるんだよ!僕たちの……僕の何が!」
「知ろうとした、先に仕掛けたのはそっちだ!いちいち神経を逆なでしてくるような野郎だな!」
私がそう言うとフォードは胸ぐらを掴む私の手を振り払う。
私はその動作に反応して、殴りかかろうとする。
だがフォードの言葉でその手が止まる。
「……僕が剣を振る理由は、嘘偽りない理由は、見下してくる奴全員、跪かせるためだよ!」
そう言ってフォードは懐から剣を抜いた。
「てめえ、
「売ってんだよ!、買いなよ!返り討ちにして見下せばいいだろ!」
そう言ってフォードが剣をこちらに向ける。その目は、その言葉は、本物だ。
「ハッいいぜ、買ってやるよ。ただし、手前みてえな小物に獲物は使わねえ。素手で十分だ」
「余裕ぶるなよ!獣風情が!」
その言葉と同時に私はフォードに襲い掛かった。
確かに剣の腕はあるようだがマナを体に循環できてない以上、その威力は高が知れている。
結界魔法で攻撃を防ぎがら空きの胴体に三日月蹴りを入れる。
「ガッ」
そう声が漏れてフォードは地面に這いつくばった。
「ほらどうした、跪かせるんだろ。今この状況を見て見ろよ、跪いてんのはてめえだろ」
「はっ素手で十分だって言った割に魔法は使うんだな!獣が!」
口が減らない奴を黙らせる一番の方法は。
「喋れなくなるまで叩きのめせばいいか」
這いつくばっているフォードの顔面に蹴りを食らわしてやる。
「ぐあっ」
フォードはそう声を上げて地面を転がる。
その姿を見て私はため息をつきながら話す。
「他人の事を分かろうとしねえのに。自分はこんなに苦しんでます、貴方よりずっとってか?笑わせんな」
そう言ってこの場を離れようとする、後ろを向いて見えたのはエヴィリーナの困惑の目と他のエルフの軽蔑の目だった。
(ああクソ。めんどくせえ事になったかもな)
「デル、何があったの?」
エヴィリーナがそう問いかける。
「売られた喧嘩を買っただけだ」
「どういう」
そう問いかけるエヴィリーナを無視して私は歩く。
だがそれは大柄の男に腕を掴まれることによって止められる。それは村長だった。
「なんの真似だよ、エスコートなら望んでねえぞ」
「君を怒らせてしまった事を謝罪しよう、そして事情を教えてはくれないか」
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