武神アストラレアス

(雰囲気が、変わった?)

勇者は武人の雰囲気が変わったのに気づいていた。

「二人とも、注意してくれ。何かが変わった」

「どういうことだよ、勇者様ぁ」


メラニアは勇者の言葉に疑問の声をあげる。だがディーンは勇者の問いに頷き同意の意を示す。

「あの雰囲気【完全集中】や。あかんやっば、武者震いやっば」

メラニアはディーンの言葉に「マジかよ」と呟く。


メラニアはそう言って青竜刀を担ぎ直し、武人に向かって行く。ディーンは後ろで援護に徹する。

武人はメラニアの振り下ろされる青竜刀を躱し、ディーンの黒矢を紙一重で躱す。

そして躱すと同時に【現実改変】を使いディーンの元まで移動。

ディーンの腹に向かって掌底を放つ。ディーンは血を吐きながら吹っ飛ぶが即座に受け身を取る。


「げほ、げほ……中々。こっちも、本気出そうやないか」

【戒の剣】いましめのつるぎ

ディーンはそう呟いた。するとディーンの後方に一振りの剣が浮く。

【戒の剣】それは戒めを破る者に罰を与える剣。

その戒めはディーン自身で決定する。ディーンは戒めを『自身への攻撃』とした。


武人はあの剣に何かがある事は分かっていた、だが武人には剣を気にする余裕は無かった。

自身の軌跡を追いかけ、ディーンに近づく。ディーンは武人が近づくと同時に闇の刃で攻撃。

だが、刃は虚しく空を切る。武人は攻撃を躱し、カウンターとしてディーンに掌底を打ち込み吹き飛ばした。


「ほんとあんた、強いなあ!でも良いわ。条件は満たした」

「【戒の剣】」

ディーンの後方に浮いていた剣が動き出し武人を襲う。

武人は紙一重で躱すが、剣は追尾式なのかもう一度、武人に狙いを定めた。


それと同時、武人の隙を狙い続けたメラニアが武人に斬りかかる。

完全に死角からの攻撃、避けれるはずなど無い。そうメラニア自身で確信していた。


メラニアの持っている青竜刀、その武器は注目を逆転させる。

意識すればするほど、意識できなくなる。その逆もしかりであるが、一度逆転したものは再度逆転しない。


武人は【完全集中】の状態ですらメラニアの攻撃に気づかなかった、そしてディーンの【戒の剣】もすぐそこに迫っていた。


「取った!」「もらったで!」

メラニアはそう叫び、ディーンはそう言った。


「【我執】」

武人はそう呟いた。

その瞬間、武人は先程までとは比べ物にならない程の速度で動き、武人に斬りかかったメラニアの手首を蹴り飛ばし瞬時に【戒の剣】の方を向き【我武者羅】を叩き込み破壊した。

もちろん武人にはメラニアの攻撃は見えていない、ただ自身の軌跡に従っただけ。


そしてこの攻撃が防がれた事は二人の思考を変える。

「メラニア!時間を稼いでくれ」「了解ぃ!」

二人は武人の完全集中が切れるまでの時間稼ぎに全力を注ぐ。そう二人は思った。

「勇者様、一つ頼むわ。守ってくれんかアレを使わんとやばいわ」

(できるだけ、迅速に!でなきゃメラニアが死ぬわ)

ディーンは勇者にそう言った。勇者はそれに頷き、結界魔法をディーンの周りに展開する。


これによりメラニアと武人の一騎打ちとなる。

「骨は拾ってくれよぉ!」


メラニアはそう言うと青竜刀を構え、武人に向かい駆け出した。

メラニアは青龍刀のリーチを活かし武人の反撃を受けない位置から攻撃する。

武人はそれを躱しながら簡単に距離を詰めた。武人とメラニアの距離はゼロ、武人の攻撃が始まる。


【我懐】ガカイ

武人の一撃はメラニアの腹に決まる。だがメラニアはそれを耐え、武人に反撃した。

武人はそれを難なく躱すが、更に追撃してくるメラニアに苦虫を噛んだような表情を浮かべた。

だがここで勇者が動き、メラニアと武人の間に結界を展開した。

「本当に、下らんぞ」


先ほどと同じように攻撃は結界を破れない、それは確かにそうだ。

だが武人の片目は赤く光っていた、つまり今ここで武人は【現実改変】を使える状態にあった。

結界が無くなり、メラニアのガードも解かれる。

ここで一人殺す、武人はそう決意し渾身の一撃を放つ。

だがその一撃はメラニアに届かない。


「準備はおわったで」

空間魔法

【我罰戒錠重】ガバツカイジョウエ

その魔法が発動した瞬間、辺りが黒く染まった。

武人はそれに一瞬気を取られたがすぐにメラニアへの追撃を再開した。


その拳を振るった瞬間、武人の腕に錠が付けられそこから鎖が伸びる。

その鎖は何もない空中に留まって伸びきっていた。

千切っている時間は無いと武人は考え、体勢を変え蹴りでメラニアに攻撃した。

だがその攻撃はまた鎖と状によって止められる。


メラニアは既に体勢を立て直し勇者たちの所まで移動していた。

「おいおい、ルールを守らんとどんどん錠が巻き付くで」

ディ―ンはニヤニヤと笑みを浮かべながらそう言った。

「たくよぉ、マジで死ぬかと思ったぞ」

メラニアはそう愚痴りながらも余裕そうな笑みを浮かべた。


だがその笑みもすぐに崩れた。

武人は【現実改変】を使い錠を外す。

そしてディーンに向かい走り出した。

「……いや、ほんと。どうかしてるであんた。」

ディーンは武人に向かい【黒矢】を連射する。だが武人はそれを紙一重で躱しディーンの元まで辿り着く。


「守りは」

勇者はディーンに向かいそう説いた。

「要らんよ」

そして掌底を打ち込もうとしたが、そこで鎖が巻き付き武人の行動を阻害した。


「まあ、この魔法の効果内であんたさんがもう攻撃を行う事は叶わん。観念して眠りにつくんやな」

武人の右腕が封じられ咄嗟に左手で攻撃するがそれも防がれた。


こうして戦いに静寂が訪れた。

「じゃあ、止めは私が頂くぜぇ!」

メラニアはそう叫び青龍刀を振るった。

「あ、バカ」

ディーンがそう注意するもそれは遅かった。


メラニアの腕に鎖が巻き付く。

「はぁー!おいディーンどうなってやがる!」

「この魔法の戒めは物理的な攻撃に設定してある。もちろんそれは武器も例外やない」

ディーンはそう説明した。

メラニアの腕に巻き付いた鎖はそのまま青龍刀にも巻き付く。


「ディーン【現実改変】が溜まり切る前に止めを刺した方が良い」

勇者はディーンにそう伝える。

「あいよ」

ディーンは頷き、武人に手をかざす。

「じゃあな、あんた本当に強かったで」


ディーンが魔法を発動しようとした瞬間、武人は【現実改変】を発動した。

鎖が無くなり、武人は【我武者羅】の構えをしていた。


武人は鎖に捕まる事を分かっていた。自身に時間加速を使い、再使用までの時間を速めていた。

誰も防御など間に合わない。ディーンが思考している頃にはもう既に攻撃を喰らっていた。

(は?まだ四十秒しか経ってない。再使用までは一分、使えるはずが……)

その【我武者羅】はディーンの喉、肩、腕、腹、に叩き込まれた。

ディーンは気絶し、地面に倒れ伏す。


「チッ!メラニア!頼む、時間を稼げ!」


「ハハハ、初めて感情的になったなぁ勇者!」

ディーンが気絶したことで空間魔法が解かれ【我罰戒錠重】の効力は失われた。

メラニアは武人に向かい走り出す。

「マジで、やべぇなあ!」

メラニアは武人の強さを再度確認した。だがディーンが負けたからと言って諦めるメラニアではない。

しっかりと敵を見て自身を振り返る。


(もう既に【完全集中】は切れている。とは言っても地力が違う、小細工しなきゃ勝てねえなぁ!)

そう一瞬の間に思考しメラニアは行動に移った。

メラニアは青竜刀を腰だめに構え、その瞬間今まで最も速い動きで武人が迫った。

迫る拳をただ、眺めていた。武人の拳はメラニアの顔に深くめり込んだ。


「まだ、時間加速は解いていねえぞ!」

そしてメラニアは後方へ吹き飛んで行く。

武人はメラニアに追撃をしようとしたがディーンが起き上がるのが見えたのでそちらに向かって走った。


「ディーン!起きろ!」

「んん……クソ」

ディーンはそう言いながら目を開け、周りを確認する。目の前には足を大きく振り上げた武人が居た。

咄嗟に勇者が結界魔法を展開、武人はそれを【現実改変】で無効にする。

しかも勇者でさえ場所を変更され、この刹那ではディ―ンを守り切れない位置に。

【我落】ガラク

その踵落としはディーンの肩を落とした。


戦いに決着が訪れ結果は勇者たちの負けであった。


武人を見て勇者はある疑問を抱いた。それは武人の姿が推定20歳程度まで若返っていたことだ。


「天地無双、我、今至る」


この時、人類史上でも稀な武神が降臨した。

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