フローズヴィトニル(決意固き狼の意思)
獲物が逃げるが俺はそれを許さない。
四本の足でスピードを上げ森を駆ける。
そして獲物に追いつき、飛びかかった。
「ギャイン!」
悲鳴を上げる獲物の首元を加える。
「ご飯ゲット」
そう言って俺は獲物を引きずって巣穴に戻る。
この世界に生まれ落ちてから二年たった。
前世では独身サラリーマンだったのだが、ある日の仕事帰りに交通事故に遭い、死んだと思ったらここにいたのだ。
分かった事は俺はこの世界で狼、それもフェンリルとして転生した事だ。
フェンリル、北欧神話に登場する神にも匹敵する強さを持った狼である。
そんな存在に転生して最初は戸惑ったが、何とか適応していった。
と言うか元の競争社会よりこっちの方がずいぶん気楽だ。
今日の事だけ考えて、特に不自由なく暮らせる。それだけで十分だろう。
それにしても今日も狩りはうまくいった。
最近になってやっと自分で狩りが出来るようになった。
まだ子供だからあまり遠くには行かしてくれないがそれでも十分満足だ。
とにかく今は腹ごしらえだ! 巣穴に戻った俺は早速今日の晩飯を食べようとする。
「おかえりなさい」
「ただいま、ママ」
ママは俺を産んだ雌のフェンリルの母親の事だ。
父親は居ない、フェンリルは交尾の後に父親は食われてしまうからだ。
そうすることで栄養とさらなる力を手に入れることができ子供を守れるかららしい。
怖すぎだろとも思ったが俺はどうやら雌のようなので食われる心配は無い。
「まだ備蓄はあるのにまた狩ってきたのね」
「うん、だってもうすぐ冬でしょ」
「分かってる。でも生態系を崩さないようにね」
「大丈夫だよ」
「そう、なら食べましょうか」
こうして俺たち親子は食事を始める。
普通に生肉だが二年たち慣れたので、全然食える。
むしろ美味しく感じるくらいだ。
食べ終わってしばらくしてから俺は巣を出て森に来ていた。
森を出て平原を駆ける。
しばらくすると街が見える。この街は俺の巣がある森を抜けてさらに進んだ先にある。
何故こんなところにいるかというと、単純に興味本位だ。
人間を見てみたい、きっと仲良くなれるもともと人間だし。
でも、今日はいいかな。もう遅いし。
森に帰って巣に戻った俺は眠りにつく。
★
次の日になって今日も狩りに行こうとしている時だった。
「待ちなさい」
ママに声をかけられた。何だろうと振り返るとママは言った。
「人里に行ってないでしょうね」
「……行って無いよ」
嘘ではない、見たけど行っては無いのだから。
「人は私たちを見れば襲ってくるわ。子供であるならなおさら。反撃でもしたなら大勢の人間があなたを殺しに来るわ。そうなれば私達も生きていけない。分かる?」
「う、うん」
「分かったなら絶対に近づかないこと。良いわね」
「……分かった」
そんな人間ばかりじゃないと思うんだけどなぁ。
裏切ることになるけどいつか会いに行こう。
そう考えながら今日もまた狩りに出かけた。
★
一か月が経った。
街に行く、そう決心ができた。
今はまだ早いかもしれない。だけれど行きたいのだ。
「今日も狩りなの?獲物ももう少ないし少し控えたら?」
「うん、でも食べたいし」
「まあ、好きにしなさい。ただし危なくなったらすぐに帰ってくること」
「分かってるよ」
さて、それじゃあ行くとするか。
俺は勢いよく飛び出した。
森を出て平原を走る。
ここまで来れたことに安心しつつ油断せずに進む。
そしてついに街の家々が見えてきた。
「あれが……」
前世では見る機会が無かった景色に感動を覚えつつ、ゆっくりと近づいていく。
そんな時声が聞こえた。何を言っているかはわからなかったけど。
(あーワンちゃんだー)
その声の方向を向くと小さな女の子がいた。
少女は俺に向かって駆けてきた。
(お手!)
何て言われてるか分からないけど、手を出しているので思わず前足を出してしまった。
(おかわり!)
どうしても抗えずまた前足を出してしまった。
(かわいい~!!)
少女は笑顔になり抱き着いて来た。
(ねえ、遊ぼ!)
不味いな、言葉が分からない。何て言ってるんだ?
少女は近くの木の枝を取り投げるジェスチャーをしていた。
取って来いって事ね。少女が木の枝を投げる。
しょうがないので木の枝を追いかける。空中でそれをキャッチして少女の前に差し出す。
(すごいすご~い!)
(じゃあ次は背中に乗せて!)
少女は俺の背中に乗り首元を撫でまわす。
少女の方を見ると指を前に指している。走れって事か。
とりあえず走ろう。近くの草原を少女が落ちない程度の速さで走る。
少女は楽しそうだ。良かった。
それからしばらく遊び続けた。
楽しい時間はあっという間に過ぎていくもので、いつの間にか夕方になっていた。
もうすぐ帰る時間だろうと思い少女を出会ったところまで送る。
そこには一人の女性が居た。
「あ、ママだ」
その女性はこちらを見るなり驚いた顔をしていた。
「っ!?」
何か叫んでいるようだがよく聞き取れない。
「フェンリル、何でこんな、ところに居るの」
「ママ?どうしたの」
すると少女の母親であろう女性は少女をかばうように俺の前に立った。
「食うのなら私にしなさい、この子だけは絶対に守るから」
俺は言葉が分からない。でも俺を怖がっているのは分かる。
「ママ?何言ってるのこの子は私と遊んでくれたんだよ」
「何を言っているの!こいつは魔獣よ!」
……仕方ない、ここは帰ろう。
俺は来た道を戻り巣穴に戻ることにした。
戻る途中後ろを振り返ると母親が少女を抱きしめ泣いていた。
あの光景が頭から離れなかった。
俺はあんなに怖がられるのか、すこし悲しいな。
人と会いに行った事を知ったらママは怒るかな。
俺はその心配をしながら巣へと戻った。
★
「戻ったよ、ママ 」
「おかえりなさい。怪我は無い?」
「大丈夫だよ」
ママはいつも優しい。
だから俺はママが好きだ。
ママは鼻を鳴らした後、こう言った。
「どこに行ってきたの?正直に言いなさい」
「……」
「人里に行っていたのね人間のにおいがするもの」
ママが俺に詰め寄ってくる。
怖い、だけど俺は人間に会いに行きたかったのだ。
「ごめんなさい。でも人間はそんなに悪い人ばかりじゃないと思って」
「じゃあなんでそんなに悲しそうな顔をしてるの」
「え?」
何でだろ、悲しいことなんて、無いはずなのに。
「ほら、やっぱりね。もう二度と人間には近づかないでね」
「……うん」
でもねそれでも俺は人間を信じたいんだよ。
「人間に怖がられたよ。でもね、そんな人ばかりじゃないと思う」
「もういいわ、今日は巣から出ない事。ゆっくりしなさい」
そう言ってママは顔を俺に押し付け擦り当てた。
ママの顔はあったかかった。
「うん、分かったよ」
俺は今日一日ずっとママと過ごした。
★
夜になって巣の中で寝ている時にふと目が覚めた。何だか森が騒がしいような気がする。
「ようやく起きたのね。早くここから逃げるわよ」
「ママ?」
「早く」
「ど、どこに行くの」
「どこでもいいわ。とにかく遠くへ逃げなさい」
「な、なんで、どうして」
「人間が来るわ。きっと私たちを殺しに来たの」
あ、ああ、俺のせいだ、俺のせいで人間がここに来るんだ。
俺が街に行ったりしたからだ。
「あなたは悪くないわ。さあ行きなさい」
「ママは?ママはどうするの?」
「ここに残って貴方を逃がすための囮なるから」
「そんな、だめだよ!一緒に戦うから!」
「ダメ、足手まといになるだけ。貴方がいたら魔法が使えないでしょ」
「そんな」
ママは俺のそばによって俺の首を咥えた。
「私は人間を返り討ちにしてまたあなたと暮すから。だから待ってて」
「待ってよ、待って」
ママは首を振り俺を遠くまで投げた。
「私の愛しい子、どうか幸せに生きて」
「さよなら」
そしてママの遠吠えが聞こえた。
俺は急いでその場を離れる事にした。ママの言葉を信じて。
★
(あの子が人里に行ったのが今日だとするならなぜこんなにも早く人間がこの森に来られるの?)
(今日だけでフェンリルを殺すための戦力を集められたって言うの?)
フェンリルの母親は考える。
だが答えが出るわけでもなくただ時間だけが過ぎていく。
そしてついに人間が来る。
「おい、いたぞ。フェンリルだ」
この巣もばれてしまった。
(あの子が離れない限り魔法は使えない)
(でもよかった)
(私が食い止めればあの子は助かる)
(私が死んだとしてもあの子の命だけは……)
私は覚悟を決める。
そして人間に向かって飛びかかる。自前の爪で人間をバラバラに切り裂く。
人間たちは悲鳴を上げながら死んでいく。一人を噛み殺し、さらに襲い掛かる。
一人に飛び掛かり爪で切り裂こうとしたとき、何かに弾かれた。
(結界魔法?!)
「皆、すまない遅れた」
そこには一人の青年が立っていた。
その青年は剣を抜きフェンリルに向けて構える。
私はその姿を見て思う。
(強い、それに今まで見た人間の中でも一番のマナを持っている!)
私はこの青年を敵とみなした。
「勇者様だ!勇者様が来てくださった!」
「これで勝てる」
周りの人間たちも喜びの声を上げる。
「やっちまえ勇者様。犬畜生をぶっ殺せ!」
何を言っているかは分からないけど、多分罵倒されているのだろう。
でも今は関係ない。この男だけは殺さなければならない。
分かる事がある。この男には魔法を使わないといけない。
あの子は逃げただろうか離れただろうか。そうであってと願う。
大きく息を吸い込む。一撃で終わらせる為に。
「【
フローズヴィトニル。フェンリルが使う広範囲、高威力の衝撃を生み出す魔法。その一撃は森の半分を消し去った。それほどの力があるのだ。
だが、今回この魔法で死んだ者はいなく、おろか怪我人一人出なかった。
ここにいるすべての人間一人一人に結界魔法が張られている。
「皆、怪我は無いな」
その時理解した。この男に敵わないと。
私はここで死ぬだろう。
「ーーー」
声にならない声で愛する我が子を想う。
(ああ、あの子に会いたい、もう一度だけ顔を見たい)
「【アルクスカリバー】」
「フェンリル、お前に恨みはないが、これも愛する者の為だ」
「受け取れ」
男が剣は私の胸に突き刺さる。
痛みはない。ただ熱いだけだ。
最後に見たのはあの子の笑顔だ。
★
何時間が経っただろうか。
俺はただ森から逃げるように走っていた。
森から轟音もしたけど、それもおさまった。
「もう、だいじょうぶかな?」
巣穴に戻りたい。またママを見たい、きっと全員殺して生きている。 そう願ってる。
さらに時間が経って俺は巣に戻ることにした。
(これだけ時間が経てば、人はもういないはず)
来た道を戻り森に向かう。
森は大半が真っ平になっていて巣がどこか分かりにくかった。
だけどママの匂いがした。ママの匂いがしたんだ。
その方向に急いで駆ける。でも薄々気づいていた。
「……え?」
そこには、毛をむしられ、皮を剥がれ、頭を切断され、四本の足が無く、尻尾すらない。
ただの肉塊があった。
あ、ああ、あああ俺のせいだ。俺のせいで俺にが人間に会うから俺が話を聞かなかったから。惨たらしく殺されて取られた。ママは死んだ。俺のせいだ。俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで私のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで私のせいで俺のせいで「違う!」俺のせいで俺のせいで俺のせいで私のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで「違う!!」俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで私のせいで俺のせいで「違う!!」俺のせいで俺のせいで俺のせいで私のせいで俺のせいで俺のせいで「違う!!!」私のせいで俺のせいで私のせいで俺のせいで「違う!」俺のせいで俺のせいで俺のせいで「違う」俺のせいで俺のせいで「違う」俺のせいで俺のせいで「違う」俺のせいで俺のせいで「違う」俺のせいで「違う」俺のせいで「違う」俺のせいで「違う」俺のせいで「違う」「違う」「違う」違う違う違う違う違う違う違う違う違う!違う!!違う!!違う!!!違う!!!違う!!!違うッ!
「そう全部間違いだ」
俺ではない誰かがそう俺にささやいた。
真っ暗な空間でそこに居たのは一人の女性だ。
「お前は悪くない。悪いのは誰だ?」
「人間だ」
「そう人間だ。こちらは何もしていないのに勝手に決めつけ攻撃して。殺せば全てを奪っていく」
「そうだ人間が悪い」
「じゃあお前は何をする?どうする」
「復讐する。人間に、あの国の人間を一匹残らず殲滅する」
「それがお前の答えか」
「じゃあ、やろう一緒に」
「お前は、誰だ?」
「この体の本来の人格だ」
そいつは、まるで聖母のような笑みを浮かべながら言う。
そして手を差し伸べてきた。
俺はその手をつかんでしまった。
その瞬間意識が途絶えた。
★
あの日から5年が経とうとしている 。
私はあの時から成長し、体も大きくなった。
さあ、もういいだろう 復讐の時だ。
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