第57話 未知

 ズルドーガの咆哮とともに、激しい風圧が外へと向けて広がる。

 俺はその風に押され、ズルドーガの背中から地面へと転がり落ちる。


 ようやくまともな一撃をお見舞いすることができた。

 ズルドーガの胸の触手はうねうねと動き、両手をダランと垂らして咆哮を続ける。


『アアアアアアアアァアァァァァァァアア!!!』


 呻き声にも似た声が空間中に響く。

 俺は姿勢を低くして、ズルドーガの放つ風圧を受け流す。

 

 手ごたえはあった。

 このゲーム――もとい、このダンジョン内ではHPの概念がある。


 それは、言ってみればシールドのようなもので、それが尽きない限りは致命とはならない。

 HPが多い敵ほど、こちらの攻撃力が低ければそれだけ不死身に見えてくる。


 だが裏を返せば、ほんの少しずつでもダメージを与えられるということだ。


 時間をかけ続ければ、いずれはその心臓にも届く一撃となる。

 その間に逃げ続けるのは、俺の十八番だ。


 だが考えることはたくさんある。

 新しいスキル<影渡し>の本当の効果、それと今俺の感覚に新たに加わっている”死の予感”。


 どちらも検証が必要なものだが、その時間は残念ながら今はない。

 とりあえずは全容のわからない能力であっても、今は生き残り倒すためにすべてを活用しなければならない。


 ズルドーガが咆哮をしているうちに、現在のステータスを確認する。


[ステータス]

 Name:テンリミット

  Job:闇魔剣士

 Level:10

 HP :850/1250


[スキル]

 <突撃>Lv5

 <闇火球>Lv2

 <分裂>Lv1

 <硬質化>Lv1


 HPが400削れている……これは左腕のダメージか。

 多少は他の攻撃を弾いたりしている分も混じっているかもしれないが、それでもまだ三分の二が残っているのはでかい。


 あの紫の炎自体、超強力なデバフがある分、ほとんどダメージはないようだな。


 それでも、左腕がいまだ動かないのはなかなかにハンデではあるが……。


 すると、さっき手に入れたスキル<影渡り>がないことに気が付く。

 それに、称号を付与みたいなことも言ってた気がするけど、それもない。


 確かこのステータスシステム自体、シーカーを開発した人間たちによる可視化機能だったよな?

 システム開発側……つまり、現探索者の中でこの条件を満たした人間がまだいないということだ。だからデータベースに反映されていない。


 いや……もしかすると、既に上位の探索者たちは称号や新しいスキル獲得のルートについて知っているかもしれない。


 公にしないのは、その優位な情報を独占して交渉材料にしたり、優位に探索を進めるためか? 


 なくはなさそうだ。俺の<闇火球>を見て何かを察するおっさんだっていたし、ユキもよく俺の情報を狙うやつがいると言っていたし。


 ゲームの様にすべてが開示されていないからこそ、情報がより重要になるってわけか。


 あの死の予感についても気になるし……わからないことだらけだ。


「……そう長々と考察させてくれないみたいだな、ズルドーガ……!」

 

 ズルドーガの咆哮は気が付けば収まっており、ただそこに立っていた。

 だが、その雰囲気は今までのズルドーガよりも何倍もピリピリとしたものを感じさせる。


 ここからが本番というわけだ。


『忌まわしき首なしが認めた男……<覚醒>を使いこなすか』

「覚醒……?」


 なんのことだ、それが<影渡り>のことか……?


『適応が進んでいる……ここも再び稼働する時なのだろう。赤雲の宮殿は既に無人……ならば、頃合いか』


 言っている意味は分からないが、恐らくこのダンジョンに関わる何かなのだろう。


 稼働……ちんぷんかんぷんだ。


『だが、それとこれとは別問題だ。これ以上の墓荒らしは冒涜と心得よ』

「俺の記憶だと招かれたと思うんだけどな」

『嘆かわしい……であれば、私はただ元の形を取り戻すだけ。覚悟せよ、覚悟せよ。これより、こことあちらは一つになる。ゆめゆめ忘れるな、己の罪を――』


 瞬間、世界が揺れる。

 地震――ではない。縦横斜め……あらゆる方向に空間が揺れる、ゆがむ。


「なにが……!? くそ、立ってられない! 来栖、捕まれ!」


 俺は何とか来栖の体を抑え込む。


 次の瞬間、空が開ける。


 そう形容するほかなかった。この空間に空はなかったが、まさに頭上に、ぽっかりと穴が開く。

 見上げた空もまた真っ暗だが、それがこの空間でないことは直感的に分かった。


 そして、何かが降ってくる


「な、なんだ!?」


「ははは!! 奴が八王か!! とうとう本物とまみえたぞ!!」

「落ち着いてください、まずは安全に着地しなければ……!」

「テンリミ、いるの!!??」


 それはまさにユキの声だった。

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