第38話 触手と少女

「あれは……ユキ!?」


 銀色の髪を靡かせ、必死の形相をしたユキが触手によって縛り上げられている。

 あいつ、何やってるんだこんなところで……? もっと上の階層で探索してるんじゃ……。


「きゃああああ!」


 すると、その横からも叫び声。

 視線をやると、ユキの横でもう一人触手に捕まっている少女が居た。見たことのない茶髪の少女だ。


 触手の太さから見て、あの地面についていた跡はこいつで確定だろう。

 つまり、ユキたちはさっきの場所でこの触手の主と戦い、そして引きづられて湖まで来てしまったってところか。


 低階層で仮にも新進気鋭らしいユキがこうもあっさりと捕まる訳ないだろうし、恐らく隣の少女を庇ったか?


 おなじみの配信用のマジックアイテムはどうやらユキの周りには浮遊していない。 

 どうやら配信外のようだ。配信者ならいつでもライブをしているものと思ってたけど、何か事情があるのか。


 俺が触手を見ながらそんなことを考えていると、ユキはそんな俺に気が付き、その表情を一気に変える。


「ちょ……テンリミ!? こんなところで何やってるの!?」

「それはこっちのセリフなんだが……俺は普通にダンジョン攻略中だけど」

「こっちは正規ルートじゃない……って、そんなことより!! テンリミ助けて! 触手がぬるぬるで抜け出せない……!」


 ユキはもがくように身体を揺らすが、確かに少しも身体が動けていない。


 どうやらただ縛り付けられているだけではなく、触手の分泌液によって抜け出そうにも摩擦が掛からなくて上手く力が伝わらないようだ。


「仕方ねえな、さすがに見かけて見捨てられないしな。ちょっと伏せといて」

「この状況で伏せられる訳ないでしょ!」


 俺は触手に向けて手を翳す。

 配信もしてないんだったら大丈夫だろう。闇魔法スキルはもうユキは知ってるし。


「<闇火球>」


 久しぶりに発動する闇の炎。

 それはものすごい速さで放たれると、二人を捉えている触手へと当たる。


 張り付くように炎は触手に引火し、轟轟と燃え上がる。


 瞬間、甲高い鳴き声が響き渡る。


「キィイィィィィィィィ!!!」

「!!」


 声でっか……!

 俺は咄嗟に耳を塞ぐ。


 すると、ユキたちを捉えていた触手が、ぶんと二人を投げ捨てる。


「ッ! 助かったわ……! <吹雪>!」


 落下しながらのスキル発動。

 ユキは手を口元へと持っていくと、息を吐くようにして冷気を吐き出す。


 ユキの氷魔法スキル! かっけえな相変わらず!


 ユキの口から吹雪の様に放たれた氷の粒子は、ユキたちの真下の水を一瞬にして凍らせると、俺の方へと続く氷の道を作り上げる。


「捕まって!」

「は、はい……!」


 ユキは隣の少女を抱きかかえると、器用に氷の上に着地する。


 それとほぼ同時に、二人の後方の湖から、巨大な何かが飛び出してくる。


「んだこれ……!」

「オルトロス……!」


 それはまるでタコのようで、その身体には無数の触手が並んでいる。

 緑色をした、湖の魔物……! いいね、ザ・モンスターって感じじゃねえか!


 飛び出した勢いでまき散らされる湖の雫が、空気中に舞う。

 それは正に、開戦の合図だ。


 その触手は、すぐさま炎を放った俺へと怒りの攻撃を仕掛けてくる。


「テンリミ!」


 叫ぶユキを尻目に、俺は襲い掛かる触手に集中する。


 右から二本、左からも二本。そして上から一本が俺を叩き潰すように振り下ろされる。


 触手による四方からの攻撃。死角のない範囲攻撃って訳か。

 だが、そのスピードはデュラルハンの攻撃速度の足元にも及ばない。


 俺には見える。目の前に広がる、光の帯が。

 あの時と同じだ。


 禍々しい紫は、俺へと続く線を形成する。


「見えてるぜ、お前の攻撃!」


 俺は最低限の動きでその危険地帯を掻い潜る。


「うっそ……全回避!?」


 ユキの驚く声が聞こえる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る