第32話 採取と崩壊、そして黒棺
俺たちはクリスタルがひしめく広場を進んでいく。
辺り一面に見えるクリスタルは、装備などの素材になるものではないらしい。
そんな煌びやかな道を少し行くと十畳ほどのぽっかりと空いた空間が現れ、その正面はまるで洞窟の入口のようにクリスタルが抉れていた。
「おっ、ここか?」
「ここかも! 情報では確かこの洞穴の中にクリスタルがあるって!」
「よし、いくか!」
俺たちは颯爽と中へと入っていく。
「な、なんか、ワクワクするね」
えりぴよは興奮気味にこちらを見る。
「こういうダンジョン探索もまた醍醐味だよな」
「うんうん!」
ゲームではなくリアルなダンジョン探索。
歩くたびに反響する足音。ひんやりとした空気が肌を撫でる。
環境が変わったと、俺の五感がそう告げている。
ゲームでは感じられなかった、そこにあるという実感。これが、リアルか。
すると、段々と辺りが暗くなってくる。
自然発光していた周りのクリスタルが減り始め、殆どがただの土や石になってきていた。
「暗くなって来たね」
「だな」
「あれ、テンリミさん何か光ってるよ?」
「ん?」
言われて、俺は胸元を見る。すると確かに何かが光っていた。
なんだ? 光るものなんて持って来てねえぞ。スマホのライトじゃあるまいし。
俺は服の中を覗いてみる。すると、光っていたのはデュラルハンが落としていった首飾りだった。
しかし、特に何の効果もなく、光は徐々に弱まりそして元へと戻っていく。
「な、なんだったの?」
「わかんねえ……特に効果が発動してる感じでもないし、本当になんだったんだ?」
何かに反応した? 特に変わったものはないけど……。
もしかして、逆に何かの反応をキャッチした――とか?
まあ、考えてもわかんないか。
「まあいいさ、先に進もう」
「うん。……けど、暗いね。……ちょ、ちょっと腕掴んでもいい……?」
えりぴよは身体を屈め、少し苦い顔をしながら俺を見上げる。
「はあ? 明り付ければいいじゃん。<
「あ、はい……。そう言えば松明セット持ってるから出すね……」
えりぴよは溜息をつきながら鞄から松明を取り出すと、ファイアを発動して火を灯す。
周囲が一気に明るくなり、俺達の影が後方に伸びる。
そうしてもう少し中まで進んでいくと、紫色の光が漏れ出しているのが見えてくる。
「あの光って……!」
「かもな。けど注意しろよ、トラップとかあるかもしれねえからな」
「うん!」
細心の注意を払い、吸い寄せられるようにその光を追う。
そして――。
「うわぁ……綺麗……」
「これはすげえな……!」
目の前に置かれた台座の上に、三つの拳大のクリスタルが置かれていた。
紫色の光が迸る、美しいクリスタルが。
その存在感は凄まじく、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「一応俺が先に取ってみる。取った瞬間トラップ発動……なんてこともあるかもしれないしな」
えりぴよは大きく頷く。
俺は短く息を吐き、辺りに神経を張り巡らせながら、クリスタルを一つ手に取る。
ずっしりと重い感触が手のひらに伝わる。
「何も起きない……か」
「わ、私も!」
えりぴよはクリスタルを拾い上げると、松明の光に照らして興味深げに眺める。
「すご~~い……! これでおしゃれ装備が作れる!」
「だな」
「テンリミさんには二個上げるよ。殆どテンリミさんが頑張ったみたいなもんだしさ」
「そうか? いいなら俺は遠慮なくもらうけど」
「どうぞどうぞ、ねえみんな」
:貰ってやってください。
:えりぴよはいい子だ涙
:噂には聞いてたけどここのクリスタル初めて見た。
:もってけもってけ! 武器も作れたはず
:えりぴよも貰ってやってくれ
どうやらえりぴよのリスナーも俺に渡すことは賛成のようだ。
こう考えると、配信者って大変だなあ。常にみられてるし、期待外れの行動をすると離れていく。俺にはなかなか難しいな。
「んじゃ、貰うよ」
俺はもう一つのクリスタルも拾い上げると、腰に付けていた小さめのポーチに無理やり押し込む。
「うへ、パンパンだな。これ探索するならもっとでかいバックとか鞄必須だな」
「私ももうちょっと大きのが必要かも」
「はは、可愛いのでもっとでかいの何てないんじゃね?」
「そうかも……でも背に腹は――――ッ!?」
瞬間、激しい揺れが俺達を襲う。
「何だ!?」
「きゃああああ!」
周りの壁に亀裂が走っていく。
まさか、クリスタルを取ると――。
「崩壊すんのか、ここ!? おいおい……走るぞ!」
「う、うん!」
どうやら素材を取ると崩壊するギミックのようだ。
まさか俺達が採ったらこのエリアは終わり……? いや、そんなはずはない。おしゃれ装備の素材だとわかっているってことは、以前誰かが採ったという事だ。
もしかすると、これを一定周期で繰り返しているのかもしれない。エリアが産まれ、素材を取ると崩壊し、また生成される……。まるで生き物だな。現実の常識が通用しない場所か。いいね、冒険しがいがあるぜ。
洞窟を抜けだすと、外の様子も一変していた。
相変わらず地面は揺れ、はるか上空から次々とクリスタルが降り注いでいる。
完全崩壊だ。
「出口何てこっち側にねえよな……! 仕方ない、来たところに戻るぞ!」
「うん!」
俺たちは全力で走り、ひたすらに出口を目指す。上に続く道が、確か脇にあったのを見かけた記憶がある。あそこを使えばきっと戻れる。
クリスタルを飛び越え、落ちてくるクリスタルを避け、ひたすらに走る。
そしてようやくボスと戦っていたところまでやっと戻ってくると、右側に上へと続く道が見える。これを行けば、俺達が落下してくる前に居た所に戻れる。
「あそこだ、急ぐぞ!」
俺たちは上へと続く道に入ると、坂道を走る。徐々に位置が高くなっていき、クリスタルの広場が見下ろせる。崩壊は着々と進んでおり、俺達がさっきまでいた所は完全にクリスタルで押しつぶされていた。
いくら死んでもリスポーンするって言ったって、生き埋めでリスポーンなんて絶対したくねえ……!
しかし油断もしていられない。この上への道も崩壊し始め、どんどん後ろが崩れていっていた。ちんたらしていたら、今走っているところも崩壊してそのまま下に逆戻り、後は生き埋めしかない。
「死ぬ気で走れえりぴよ! 圧死は地獄だぞ!」
「ひえええ、わかってるよお……死にたくない!」
「あと少し……そこだ!」
と、目の前まで来たところで無慈悲にも崩壊は俺達の足元を越し、目の前の道が消えようとしていた。
振り返ると、えりぴよは俺より5メートルは後ろだ。俺は通り抜けられても、えりぴよは間に合わない。
仕方ない!
「えりぴよ!」
「へ? ――きゃあ!?」
俺は戻ってえりぴよを御姫様抱っこすると、一気に走り出す。
後ろに戻ったことで崩壊は確定し、目の前の道が地面へと落下を始める。
「<突撃>……!!」
瞬間、俺の身体は一気に加速する。
狙い通り、二人分の重さでも速度と飛距離は変わらない……!
俺の身体は強引に崩壊する足場を渡り、安全地帯へ滑りこむ。
身体は投げ出され、えりぴよもスーッと滑っていく。
戻って来たのだ、最初ボスが居た所へと。
「いてて……た、助かった……?」
「なんとかな。ふぅ、焦った~……」
俺はごろんと大の字に寝そべる。ひんやりとした床が気持ちい。
何とも言えない達成感が、体全体を襲っていた。
「あ、ありがとうテンリミさん……! また助けられちゃった」
「良いって事よ、パーティだからな」
こうして、俺達は一人もかけることなく無事生還したのだった。
◇ ◆ ◇
少し前――――三層、某所。
鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた墓地の奥に、突如真っ黒に塗りつぶされた棺が出現した。何かに共鳴したかのように、それは突然だった。
「あれ、こんなところに棺なんてあったっけ?」
「ん? あーいや、どうだったかな……アンデッド狩りで良く来るけどあんまり見たことないかも……?」
二人の探索者が、その棺へと近づく。
その無謀な行動は、デッドラインが残っている故のものだ。
「もしかしてレアアイテムとか!? おい、これ持って帰って売ってみようぜ」
「よせよ、墓地に現われた棺とかろくなことねえぜ? 大人しく――」
「うお、何か動――――うわあああああ!!!!」
「!?」
瞬間、棺の中から伸びた何かが、男を中へと引きずり込む。
一瞬の出来事で、片割れの男も何が起きたか理解できないでいた。
「な、何が……」
しかし、返事はない。
相変わらず、棺は禍々しくそこにあった。
男は静かにつばを飲み込む。
「……だから言わんこっちゃない……仕方ねえ、リスポーン地点で再合流するか。俺は危ないもんは触らねえぜ。後で攻略組とか考察連中に情報売るとするか」
と男が背中を向けた瞬間。
ガタッと棺が開く音がして――暗転。
墓地には棺以外誰もいなくなった。
棺から漏れ聞こえるのは、嘆きの音色だった。
――そして、彼らが生き返ることはなかった。
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