第22話 弱小配信者
俺は腰にぶら下げていた水筒を取り出すと、蓋を開けて少女に手渡す。
しかし、疲れ果てており、少女の手は俺の水筒を空振りする。
仕方なく少女の体を面に返す。
黒髪の隙間から、長いまつ毛が伸びる。
小ぶりな鼻と口。汗ばんだ顔は何だか色っぽい。
――が、俺は構わず持っていた水筒をガッと少女の口につける。
「んっ――……ん……ぷはぁ……」
少女はようやく水を飲み込むと、やっと息をする。
「あ、ありがとう……」
「いや、別にいいんだけどさ。それよりHPの方がやべえんじゃねえか?」
少女は苦しそうな顔で頷く。
仕方ない、目の前で死なれても目覚めが悪ぃしな。
俺はポケットから、小瓶に入った青色の液体を取り出す。
錬金術スキルによって生成される生命の源。
HP回復アイテム、ポーションだ。一瓶飲み干すと大体HPは200回復するらしいから、ある程度は復活できるだろう。
「しかたねえ、飲め飲め」
俺はポーションの口を、少女の口に添わせる。
ごきゅ、ごきゅと、少しずつ喉の奥へと流れていく。
すると、ぱぁっと少女の体が淡い光に包まれる。
死にそうだった顔は一瞬で顔色が良くなり、そしてパチっと大きな目を開く。
「~~~~復活!!」
少女は声を張り上げる。
「ありがとう、お兄さん!!」
少女はガバっと元気よく起き上がると、ギュッと俺の首に手を回す。
「だぁあああ!? は、離せ!! つーかお兄さんって歳じゃねえ!」
俺は強引に少女を引きはがすと、立ち上がる。
「本当にありがとう! いやあ、あのままクリスタルクラブに食い殺されるかと……」
少女はおいおいと泣き真似をする。
「そりゃ危なかったな」
「ねえ、みんな?」
少女は何やら右肩に浮かぶ半透明のホログラムディスプレイを見る。
そこに、下から上にゆっくりと文字が流れている。
「何だこれ、何書いてんだ?」
「コメントだよ、コメント! ほら!」
少女はコメント欄を俺の方に見せる。
俺はそのディスプレイを覗き込む。そこには、言う通りコメントが流れていた。
:姫を助けていただきありがとうございます!
:良かった……。
:すごいスキル!! まさか下層勢?
:えりぴよちゃん大丈夫?(T_T)
「え、えりぴよ……?」
「あ、それは私の名前」
少女はニコッと微笑み、首を斜めに傾ける。
「そ、そうか……」
大分ファンシーな名前だな。まあ、女の子はそんなもんか?
コメント欄は大分俺に友好的なようで、しきりに少女――えりぴよを助けたことについて感謝してくる。
しかし、思ったよりコメントの速度は早くない。こんなもんなんだろうか。
さっきから”地蔵”、”ヒデノリ”、”カロン”の三人くらいしかコメントしてないように見える。
すると、少女――えりぴよは気まずそうな顔で頬をかく。
「やっぱり気づいちゃった? そうなの。私、弱小配信者だから……ぐすん。過疎配信でごめんね」
「そんなこと言ってねえけど!?」
「目が、“同接少ねえなあ”って言ってたもん!」
「ど、どうせつ……?」
な、なんかよくわかんねえ!
しかし、どうやらえりぴよというこの配信者は、有名な配信者ではないらしい。
ユキより知名度はないのかな? それよりも、さっきの異様な光景だ。
「てか、なんであんなに囲まれてたんだよ? 俺も二層は来たばっかだけど、あのモンスターってあんなに群れるタイプじゃねえだろ?」
「それなんだけど……」
えりぴよは眉をひそめる。
「ちょっとお耳を……」
「?」
俺はえりぴよに耳を近づける。
「この先に、実はあのモンスターの巣がありまして」
「へえ、んで?」
「そこにある水晶アイテムが欲しくて……それを取ろうと突撃したら返り討ちに会っちゃいまして」
なるほど、アイテム目当ての探索って訳か。
武器か防具か……やっぱ素材を使った生産系もあるんだな。
「あとはまあ、それを配信したらバズるかなあって」
「お前なあ……レベルは?」
「ノービスのレベル4です!」
「はあ!? どうやってそれで一層抜けてきたんだよ」
「えっと、通りかかったおじさん達が行こう行こうと連れて行ってくれて、気づいたらクリアしてました」
「…………」
キャリーってわけね。まあ、対戦ゲームでもないんだ、別に悪いこととは言わねえけど。あんまり関わらない方がいいな。
「そうか、それじゃ、元気でな。俺はここで」
そう言って俺は踵を返すと、ぐいっと俺の裾が引っ張られる。
「うおっ!?」
「ま、待って! 実は、あの水晶はすごい素材なの! だからその、半分こするから手伝って!?」
「はあ?」
コメントも、お願いします! 姫を助けてください! とのんきに流れていく。
わかってんのかなコイツら、こいつが何度も死ねば本当に死ぬかもしれないってこと。
えりぴよの目は真剣で、じっと俺の目を見つめてくる。
放っておいたら、本当にまた一人で突っ込んで死んじまいそうだ。
「……その水晶、本当にすごい素材なんだろうな?」
「もちろん!」
えりぴよはグッと拳を胸の前で握る。
「おしゃれ装備の素材になるんです!!」
「…………やっぱ帰る」
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