第42話 正体

 係長は自分のスマホをポケットから取り出した。

「数日前から、私の部下がA県にいます。小次郎さん宅を訪れましたが留守でした。しかし、A県警の協力の下、小次郎さんの中学時代の同級生を見つけることができました。その方は看護師です。その方の勤務するA市中央病院で、小次郎さんは現在入院しています。脳の神経に異常があり、意識不明の状態が三ヶ月続いているそうです。その看護師さんに、写真を見てもらいました。この写真です」

 係長は自分のスマホに表示した写真をみんなに向けた。

「今年の正月にここ猫髪屋敷で撮られた集合写真です。その看護師さんは、この写真に写る弥太郎さんのことを、小次郎さんだと言いました。私の部下も小次郎さんとこの写真を見比べてそうだと言いました」

「双子だからー、そうですよねー」

 京子はしし丸を抱っこしながら能天気だった。豊さんと昭恵さんは頭の中を整理しながら深く考えているようだった。同じく、猿渡さんと戌井さんも。

「宇都宮さん、あなたは三ヶ月前、弥太郎さんがA県の大次郎さん・小次郎さん宅を訪れようとしていることを知って、近所で摘んだトリカブトを小包で送りましたね?」

「……証拠はあるんですか?」

 宇都宮さんは怒り気味に言った。

「これです。小包の控えです。日付は、弥太郎さんがA県へ行く二週間前です」

「控えがあるからって、何を送ったのかまでわからないでしょ?」

 宇都宮さんはだんだんと汚い言い方になってきていた。

「ええ、そうですね。中身はわかりません。ですが、あなたはなぜ、大次郎さん・小次郎さん宅の住所を知っていたのですか?」

「……」

 宇都宮さんは反論できずに黙っていた。

「僕らも知らないのに、なぜ宇都宮さんが知っていたんだ……」

 豊さんが不思議そうにつぶやいた。 

「もちろん、理由がありますよ。海山刑事によれば、宇都宮さんは4年前に旅行中に里見村に立ち寄ったそうですね。旅行中にこの山奥の田舎に来るなんて、そんな珍しいことがあるんだろうかと、私は思いました。宇都宮さん、あなたは、目的があって、この猫髪屋敷へ来たのです」

 豊さんと昭恵さんだけでなく、使用人たちも宇都宮さんに注目した。

「小次郎さん一家は、近所付き合いはほとんどなく、近所の人でさえ、小次郎さんたちの顔を知らないというのです。しかし、我々は捜査員を動員して、A県中の色々な場所を当たりました。そうしたら、小次郎さんの妻、フネさんが通っていた美容院が見つかりました。美容師の方にこの写真を見せたところ、この写真に写っているのがフネさんであると確認が取れました」

 係長はスマホの集合写真をみんなに向けた。

「え!? どなたが?」

 昭恵さんはどぎまぎしながらつぶやいた。

「ここに写る、宇都宮さんです」

 係長はスマホ画面を人差し指の爪でコンコンと叩きながら言った。

「え!?」

 猿渡さんが驚愕した。戌井さんも口をあんぐりとして驚いていた。使用人たちは面食らっていたし、海山刑事も豊さんも衝撃を受けていた。

「宇都宮さんが、フネさんだった……」

 昭恵さんは宇都宮さんを、つまりフネさんを見て仰天していた。フネさんは視線をキョロキョロさせながら徐々に下へと落としていった。

「弥太郎さんは、遺産相続の件で、大次郎さん・小次郎さん宅を訪れ、そこで、トリカブトを飲まされました。弥太郎さんは体調が急変し、意識が朦朧とする中、家から飛び出し、道路を走る車に接触しました。車の運転手はすぐに救急車を呼びました。大次郎さんと照子さんは救急車を呼ぶなと運転手に言って、騒ぎ出したそうです。しかし近所の人たちが集まってきて、弥太郎さんは無事に病院へと搬送されました。その時、救急車に乗って付き添いをしたのが、進次郎さんでした。進次郎さんは、救急隊員や病院の医師に、『苦しまずに死なせることを望んでいる』と言ったそうです」

 係長はそう言って、進次郎さんを見た。進次郎さんは、係長とは逆の方に向いて、子どものようにべそをかいているようだった。

「皆さん、もうおわかりですね。今ここにいる弥太郎さんは、双子の弟の小次郎さんです。A市中央病院に入院しているのが、本物の弥太郎さんです」

「……それで、DNAが一致していたのか……」

 猿渡さんがボソっと言った。

「はい、双子はDNAが99.9%以上一致します」

 係長は小次郎さんとフネさん夫妻と息子の進次郎に怒りの目を向けた。

「どうりで、おかしかったわけだ……」

 豊さんが言った。

「そんな紙に書かれたものは、証明にはならん! 俺は弥太郎だ! 入院してるのが小次郎だ!」

 小次郎さんは怒りの形相で係長を睨んだ。

「しし丸がなつかないし、自分の誕生日を覚えてないし、昔の記憶がないし……」

 豊さんは吐き捨てるように言った。

「黙れ! そんなこと、証明にならん!」

 小次郎さんは顔の色が赤くなり、必死で弁明しているようだった。

「A市中央病院には、トリカブトの毒が使われたと伝えておきましたので、治療方法が変更になりました。容態は回復に向かうでしょう。弥太郎さんが回復すれば、小次郎さん宅で起きたことを話してくれるでしょう」

 係長が言うと、小次郎さんの怒りの度合いが強まっていった。フネさんは覇気がなくなり弱々しくなっていたし、進次郎さんは目を瞑り歯を食いしばっていた。

「あなたたち一家は、一太郎さんが築いた財産を不正に相続するために、今回のことを企てた!」

 係長は語気を強めて言った。

「あなた、もう言い逃れできないわ」

「何だ、俺はお前など知らん! 俺は弥太郎だ!」

 フネさんに話しかけられてすぐに小次郎さんは否定した。フネさんは思い詰めた表情でゆっくりと立ち上がり、服の袖をごそごそし始めた。そして袖口から包丁を取り出した。それを見た瞬間、私と海山刑事は正座から少し中腰になった。

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