第41話 一族の真相
「それでは、マリアさんの事件に移りましょうか。マリアさんは、大次郎さんを殺した翌朝、屋敷へ帰ってきました。おそらく、いや、間違いなく、大次郎さんか照子さんから、弥二郎さん殺しの犯人を聞き出したのだと思われます。なので、マリアさんは弥二郎さん殺しの犯人を、つまり、宇都宮さんを殺すために庭へ誘い出した」
係長は言った。
「村田さん、先ほども言いましたが――」
「宇都宮さん、まずは私が話すことを聞いて下さい」
係長は宇都宮さんの反論を遮った。
「マリアさんは、着ぐるみを着て、宇都宮さんを庭へ誘い出しました」
「係長ー、どうしてー、マリアさんはー、着ぐるみを着たんですかー」
京子は鋭い質問をした。
「おう、おそらく、自分の目立つ外見、特に金色の髪が目立つから、もし誰かに見られてもわからないように着ぐるみを着たんだろうな。いや、そもそも、マリアさんじゃなくても、着ぐるみは最高の変装だ」
「なるほどー」
京子は気の抜けた返事をした。
「マリアさんは、復讐のために宇都宮さんを殺そうとします。しかし逆に、宇都宮さんに殺されてしまいました。そして、池に投げ落とされ、翌朝、遺体で発見されることとなりました。マリアさんの死因は、顔面と頭部を殴られたことによる外傷性ショックです。マリアさん殺害に使われた凶器ですが、厨房のフライパンを調べたところ、マリアさんの打撲痕と一致するへこみ傷が確認されました。それと、A型の血液反応が出ました。マリアさんの血液型です」
係長はホワイトボードに書きながら説明した。
「私が殺した? 一体、何のために私がそんなことを?」
宇都宮さんが言った。
「遺産を不正に相続するためにです」
係長はつぶやく感じで言った。
「村田さん……厨房のフライパンは、私だけが持ち出せたのではありません。私もA型です。私の血液反応が出たのかもしれません。フライパンはしょっちゅう床に落としたりしていますので、その時にへこみができたのかもしれません。フライパンが、私がマリアさんを殺した証拠になるんですか?」
宇都宮さんは普段の上品な口調ではなく、早口で文句を言った。
「いえ、フライパンで、あなたを犯人だと断定することはできません」
「だったら、どうして私がマリアさんを殺したと言えるんです? マリアさんだけでなく、弥二郎さんのことも。単なる推論ですわ」
宇都宮さんは怒り口調だった。
「ええ、推論です。だが、宇都宮さん、あなたは、弥二郎さんとマリアさんを殺したのです。もちろん、大次郎さんと照子さんもあなたと共謀していました」
「だから、どうして――」
「遺産を不正に相続するためにです!」
係長は焦りが見える宇都宮さんにかぶせるように大きな声で言った。係長は足元の箱から、二枚の紙を取り出して、ホワイトボードにマグネットでそれぞれ留めた。権藤さんから渡された箱に入っていた紙だ。それに弁護士二人が反応した。
「え? それは……」
「あら、まあ……」
猿渡さんと戌井さんは心当たりがあるようなことをボソっとつぶやいた。
「皆さん、これを見て下さい。“
係長はマーカーペンで指しながら説明した。
「おい! 署名とか拇印とか、そんなので本人が書いたと証明できるのか!?」
弥太郎さんはふてくされて言った。
「先輩、戌井さん、お二人はこれを見たことがありますよね? 前に、守秘義務がどうのこうの言ってたのは、このことじゃないですか?」
係長は弥太郎さんを無視して、二人に尋ねた。
「……ああ」
「……」
猿渡さんは小声で返答したが、戌井さんは無言で守秘義務を貫き通した。
「やっぱりそうでしたか。ここに書かれてあることを参照して、先輩と戌井さんは猫田一族の家系図を作成した。しかし、弥二郎さんのパスポートを確認してみると、年齢が一致しなかった。それで、お二人は議論が沸騰し、怒鳴り合いのようになった。その白熱しすぎた議論を部屋の外で盗み聞きしていたのが、宇都宮さんでした」
係長が言うと、宇都宮さんは視線をキョロキョロさせた。
「宇都宮さん、異論はありませんね? 私が、戌井さんの部屋の戸に耳を当てているあなたに声をかけた時、あなたは驚いていました。その時、あなたは知ったのです。弥二郎さんが弥太郎さんの兄であるかもしれないことを」
宇都宮さんは視線を係長から遠ざけていった。
「あの、村田さん。弥二郎さんが主人の兄かもしれないとは、一体……」
昭恵さんが不思議そうに尋ねた。
「母さん、そこに貼られた紙に書いてある」
豊さんはホワイトボードの紙を指差した。
「えー、では説明を続けます。この紙に書かれてあることによると、約70年前、一太郎さんは正代さんとともに、母親のとめさんの親類を頼ってブラジルへ渡ってます。とめさんの旧姓は山田です。一太郎さん夫妻はブラジルの山田農場で農業を始めました。そこで、夫妻に第一子である長男が誕生しました。名前は弥一郎」
係長はホワイトボード上の紙をマーカーペンで指差しながら説明した。
「それから、次男の弥二郎さんが生まれました。弥二郎さんはすぐに働き手のない山田家に養子に出されました。そして、次に三男の弥三郎さんが生まれました。ところが、長男の弥一郎さんと三男の弥三郎さんは幼くして亡くなってしまいました。ブラジルは生地主義を取っていますので、ブラジルで生まれた子どもは自動的にブラジル国籍が付与されます。日本でも戦後の混乱期にあったように、ブラジルでも生まれてから1年、2年経ってから出生届を出すなんてことはよくあったのでしょう。弥二郎さんは3歳の時に、出生届が出されました。本来の年齢よりも3歳若く公的に記録されることになったのです。だから、パスポートの年齢と、この一太郎さんが書いた家系図とは一致しなかったのです」
係長はわかりやすく論理的に話した。
「なるほどな。そういうことだったのか」
猿渡さんは感心したようだった。
「ヤマダは、私のひいおばあちゃんの名前デス」
ララさんが誇らしげに言った。
「続けます。三人の子どもの内、一人を養子に出し、二人を亡くし、一太郎夫妻は失意の中日本へ帰国しました。そしてすぐにまた夫妻に子どもが生まれました。双子の兄弟でした。兄を弥太郎、弟を弥次郎と名付けたと、一太郎さんが記しています。この字、“次” です、“二” じゃないですよ」
係長は “弥次郎” という名前の “次” の文字をマーカーペンでコンコンと小突いた。
「正代さんは、双子の出産後、意識不明で生死の境を彷徨いました。だから、自分の産んだ子どもが双子だとは知らされず、その後もずっと知らないままでした。その頃、大次郎さんと照子さん夫妻は、ここ “猫髪村” に住んでいました。大次郎さん夫妻には子どもがおらず、双子の弟の弥次郎さんは大次郎さん夫妻の養子になりました。そして名前が弥次郎から小次郎に変更されました」
係長の話に昭恵さんも豊さんも驚いていた。
「母さん、聞いたことあった?」
「いえ、初めて聞いたわ」
「弥太郎さんと弥次郎さんの出生届はちゃんと出されたようですが、ちょうどその後、村役場が火事になり、記録は全て失われてしまいました。大次郎さん夫妻は、養子の小次郎さんを連れてA県へ移住することになりました。夫妻はA県で新しく出生届を出しました。しかし、本来の誕生日より2日遅れた日付で届け出をしたのです。だから、双子なのに誕生日が異なったのです」
係長は猿渡さん作成の家系図をペンで指しながら説明した。
「なるほど」
猿渡さんは感心していた。
「おい、あんたの妄想だろ!」
弥太郎さんが怒鳴り声を上げた。
「今話したことは、この紙に書かれてあります」
「そんなもの、誰が書いたのかわからんだろ!」
「一太郎さんの拇印が押してあります」
「そんな拇印、本当に親父のかどうかわからん!」
弥太郎さんは横柄な言い方で否定した。
「弥太郎さん、あなたが蔵で探していたのは、この紙ではないのですか?」
「何のために、俺がその紙を探すんだ!」
「証拠を消すためにですよ。あなたは、宇都宮さんからこの紙の存在を聞いたのです。そして蔵の中を探したが、見つからなかった。それであなたは、戌井さんか猿渡さんが持っているかもしれないと考え、二人の部屋を調べた。庭に猫の着ぐるみをロープで吊るし、みんなの気を逸している間に部屋を調べたのです。進次郎さんと一緒に」
「いいがかりだ!」
弥太郎さんは激高した。
「え、進次郎と……」
豊さんは、ボケーッとしている進次郎さんの方を見てつぶやいた。昭恵さんや両弁護士も進次郎さんに目をやった。何を考えているのかわからない表情で、進次郎さんは部屋の隅っこを見ながら鼻をかいていた。
菊一(故)
‖―――――― 一太郎(96)
とめ(故) | ‖―――――― 弥太郎(67)
| 正代(95) | ‖――――― 豊(34)
| | 昭恵(65)
| |
| ―― 弥二郎(66)
| ‖――――― ララ(26)
| マリア(51)
|
――― 大次郎(93)
‖―――――― 小次郎(67)
照子(95) ‖――――― 進次郎(33)
フネ(67)
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