第40話 妄想?
「では、次に、大次郎さんと照子さんの事件についてお話しましょう」
係長は飄々と話を続けた。
「おそらくですが、大次郎さんと照子さんは弥二郎さんの殺害について話をしていました。その話を聞いてしまった人物がいたのです。その人物が “
係長は小さく深呼吸して間を置いた。
「マリアさんです。マリアさんが大次郎さんと照子さんを殺害したのです」
その場がざわついた。係長は構わず話を続けた。
「マリアさんはいつもポルトガル語を話していました。なので、マリアさんが日本語を話せないと、皆さん勝手に思っていたのではないでしょうか。私もそうでした。しかし、マリアさんは日本語をかなり話せたはずです。私がララさんと話をしていた時、マリアさんが怪訝な顔をして会話を止めに入ったんです。今考えると、変でした。ララさん、マリアさんは日本語を話すことができましたよね?」
「……ハイ、母は日本語、じょうずに話しマシタ」
ララさんは戸惑いながら答えた。
「えー、そうだったのー」
京子は場違いなギャル語で言った。
「ララさん、あなたかマリアさんは、干し肉を切るために、包丁を借りませんでしたか?」
「ホウチョウ? ハハは、ナイフを持ってマシタ。たぶん借りマシタ」
「そうですか、包丁ですね。それはおそらく、権藤さんが貸したのだと思います」
係長は権藤さんを見た。権藤さんは畳をじっと見つめたままだった。
「権藤さん、あなたは “猫猫丸祭り” の夜に、遅れて屋敷に帰ってきて、照子さんが殺害されたことを聞いた時、動揺してましたよね。もしかしたら、自分の貸した包丁で事件が起こってしまったのかもしれないと、心配になったのだと思います」
「……ええ、私がマリアさんに貸しました」
権藤さんは後悔しているような返答をした。
「あ、権藤さん、あなたは決して間違ったことをしたのではありません」
「……はい」
権藤さんは動揺しながらも力強く返事した。
「マリアさんは、大次郎さんと照子さんが弥二郎さんの死について話しているのを偶然聞いたのだと思います。そして、マリアさんは “猫猫丸祭り” の日に弥二郎さんの敵討ちを決意したのです。大次郎さん夫妻もマリアさん親子も、豊さんから着ぐるみを借りて祭りに参加しました。祭りの日は、みんな猫の仮面をつけたり着ぐるみを着たりして、一見して誰が誰なのかわからない状況でした。そこで、マリアさんは照子さんの後をつけ、本殿の裏にうまく誘い出しました。そして、包丁で刺して殺した」
係長が言うと、青田さんたちはひどく驚いて、顔が一気に青ざめた。
「大次郎さんはその現場を見たのか、それとも、マリアさんが大次郎さんに耳打ちでもしたんでしょうか、詳しくはわかりません。着ぐるみを着た者同士、たくさんの参加者がいる夜の神社で、誰が自分に襲いかかるのかわからない状況に恐怖した大次郎さんは、逃げることにしました。脚を引きずって歩いていた大次郎さんは、坂道を上って屋敷へ帰るのを避けました。偶然、神社の階段の側に停めてあった駐在所の自転車を見つけて、それに乗って坂を下って逃げました」
「あ、そうか、その時に自転車が――」
駐在の竹葉さんが思わず声に出した。海山刑事も納得していた。
「マリアさんは、大次郎さんが自転車に乗って坂を下って行くのを、追いかけました。脚が不自由な大次郎さんには、大してスピードを出すことができなかったはずです。ブレーキを握ったままゆっくりと坂を下ったはずです。そしてマリアさんは、大次郎さんが駐在所へ逃げ込んだのを見つけました。そしてそこで、大次郎さんを包丁で殺害した」
その場がどんよりとしたのを私は感じた。
「検死の結果、大次郎さんと照子さんの殺害に使われた凶器は包丁である可能性が高いということです。ですが、凶器はまだ見つかっていません。厨房の包丁はまだ一本なくなったままです。未解明な部分がありますが、以上のように、マリアさんは復讐のために大次郎さんと照子さんを殺害したのだと思われます」
係長がそう言うと、ララさんは沈痛な面持ちで悲しみに耐え、怒りを抑えていた。
「村田、大胆な仮説だな。でもマリアさん本人がいない以上、証明するのは困難だぞ」
猿渡さんが言った。
「はい、先輩。俺もそう思ってます」
「状況証拠ばかりですわね。でも、せめて凶器が見つかれば、何とかなりそうですわよ」
戌井さんが貫録満点に言った。
「アホくさ。ただの妄想だろ」
弥太郎さんが電子タバコを吸いながら、いちゃもんをつけた。係長は何も言い返さずに、呆れ顔をしていた。
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