第32話 風呂

 屋敷へ戻ってすぐに海山刑事は帰宅した。私たちは客間へと戻った。

「おう、磯田、怖がるんなら、始めからついて来るなよ」

「セクハラオヤジにー、言われたくありませーん」

「……セクハラ、関係ねえ……」

 京子の理論はメチャクチャだったが、言われたのが係長だったので、別にいいかと私は思った。

 そうこうしていると、係長に電話連絡がきた。

「おう、高木か。……。おう、そうか。……。わかった。じゃ、明日も頼むぞ」

「係長、何かわかったんでしょうか」

「いや、まだ何も。小次郎さん夫妻の役所の登録を確認して、家も訪問したが、留守だったそうだ。近所付き合いもほとんどないらしい。明日、勤務先に行ってみるらしい」

「そうですか」

「高木先輩ー、試験あるのにー、大変ですねー」

「おう、大変だな」

「セクハラ相談窓口に通報ですねー」

「……セクハラ、関係ねえ……」

 またおバカな会話が私の目の前で繰り広げられてしまった。ちょうどそのおバカな会話が終わって、豊さんがしし丸とやってきた。

「皆さん、どうも」

「どうしました、豊さん?」

「はい、捜査がどれくらい進んでいるのかと気になってるんです」

「ああ、今のところはまだ、解決の糸口が見えない状況です」

 係長が言うと、豊さんは厳しい表情になった。しし丸が豊さんの肩から飛び降りて、係長の側へ行き、クンクンと匂いを嗅いだ。唸るような低い声を上げて、しし丸は京子の膝の上の飛び乗った。

「おう、何だよ」

「臭かったわねー、しし丸ー」

 しし丸は高い声を出してごろごろと京子に甘え始めた。

「おう、モテる男の体臭が臭いわけないだろが」

「係長、一昨日から風呂に入ってませんよね」

「汚いー」

「ブミェャォーーーー」

 しし丸も臭いと言ったように私は感じた。係長はしょぼくれながら無言で着替えを取って、風呂へ行くために部屋を出ようとして勢いよく戸を開けた。

「ひゃっ!」

「おあっ、びっくりした」

 廊下に宇都宮さんが立っていたので、二人ともびっくりしていた。私たちも驚いた。

「あ、あの、浴場のお湯を流そうと思いますので、まだ入られるのかどうかを確認しに参りました」

「あ、よかった。ちょうど今から風呂に行こうとしてたんです」

「そうですか。それではどうぞごゆっくりと」

 宇都宮さんはそそくさと立ち去った。

「青田さんが来てたらー、一緒に行こうとかー、言ってましたよねー。最悪ー」

 係長は図星をつかれたようで、何も言い返せずに浴場へ行った。


 30分ほどして、係長が戻ってきた。

「早すぎー」

「お前らが遅すぎんだよ」

「セクハラでーす」

「……セクハラ、関係ねえ……」

 私は係長のことが気の毒に思えてきた。

「おう、豊さんは?」

「もういませんよー。見たらわかりますよねー」

「おう、何か言ってたか?」

「あ、はい。DNA検査の結果が出たけど、それでもやっぱり、弥太郎さんが父親だとは信じられないそうです。昭恵さんもかなりショックだったらしいです」

「そうか、やっぱり、心のどこかで偽者だと思っていたかったが、結果が出て、逆にそう思うことができなくなったんだろうな」

「そうですね」

 私も係長もしんみりしていた。

「じゃ、寝るかな」

 係長はふすまで部屋を仕切った。

 私は、犯人の目星がまだつかないという状況に焦りながらも、翌日に向けて英気を養うために布団に入った。

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