第31話 蔵の鍵

 夜になり、夕食のために食堂へ集まった。日が経つにつれて、せっかくの仕出し弁当もだんだん味気なく感じてきた。おそらく全員がそう思っていただろう。殺人事件が未だ解決せずに犯人がこの場にいるかもしれないという状況では、閉塞感が強まるしかなかった。ちょうど弥太郎さんが食べ終わり、席を立とうとした時、海山刑事が食堂に入ってきた。

「村田さん、お連れしました」

 海山刑事は竹葉さんと権藤さんを連れてきた。

「おい! お前はクビになっただろ! 出ていけ!」

 弥太郎さんは権藤さんを見るなり怒鳴りつけた。豊さんがテーブルをバンと叩いた。

「父さん、聞いてくれ! 駐在所がまだ閉鎖されてて、権藤さんは行く所がないんだ。だからこの家に居てもらえるようにしてほしい」

「だめだ! すぐに出ていけ!」

 豊さんの言うことなど聞く耳持たず、弥太郎さんは再度怒鳴りつけた。

「父さん!」

「あなた、どうしてそんなに変わってしまったんですか。せめて警察の捜査が終わるまでは、おいてあげて下さい」

 昭恵さんが懇願した。

「奥様、すみません、私のために。でもご主人がそう言われるので私は他所へ行きます」

「おい! 蔵の鍵、どこにあるんだ!」

 弥太郎さんに言われて、権藤さんは鍵が付けられた紐を自分の首から外した。

「これが、蔵の鍵です」

 進次郎さんがテーブルに置かれたその鍵を取り、弥太郎さんに渡した。

「戌井先生、猿渡先生、何とかならないんでしょうか」

「豊さん、権藤さんに関しては、法律的には何ともしようがありません」

 猿渡さんが申し訳無さそうに言った。

「権藤さん、とりあえず、表の車で待っておいてもらえますか」

 海山刑事が言うと、権藤さんは頷いて食堂から出ていった。私たちは歯がゆい感じがしていた。竹葉さんの横で心配そうにしている恵子さんも、出ていく権藤さんを悲しそうに見ていた。

「それじゃ、私も、他所に行くほうがいいですね」

 竹葉さんが言った。

「いえ、竹葉さん、僕たちはいずれ身内になるんです。ここにいて下さい。いいだろ父さん?」

「どうしてお前が決める? 俺がこの屋敷の主だ」

 弥太郎さんは踏ん反り返って豊さんを睨みつけた。

「おっほっほっ。竹葉さんは、豊さんの婚約者のお父様でいらっしゃいますわね。ですから、この屋敷に滞在されても一般論として何も問題ありませんわよね。社会通念上、婚約者の親と同じ家に住んでも、何もおかしいことなどありませんのよ。おっほっほっ」

「ふん!」

 弥太郎さんは立ち上がり、全員を睨みながら見回し、進次郎さんとともにそそくさと去って行った。

「ふう、ありがとうございました」

 豊さんは戌井弁護士にお礼を言った。

「竹葉さん、お疲れでしょうから、仕出し弁当食べて、どうぞ休んで下さい」

「村田さん、ありがとうございます」

 恵子さんが父親のために配膳をし始めた。

「村田さん、権藤さんですが、猫髪村のどこかの家に頼み込んで泊めてもらいましょうか」

「あ、刑事さん、“猫猫丸びょびょまる大明神神社” の社務所なら寝泊まりくらいできます。もちろん権藤さんがそこでもいいと言えばですが」

 豊さんが言った。

「え、あの神社に泊まるんですか……」

「いやーーー!」

 京子は急に怖がり始めた。

「京子っ。京子が泊まるんじゃないから」

 私は京子を落ち着かせようとした。

「あの、豊さん、神社の所有者に確認しないといけませんよね?」

 海山刑事が尋ねた。

「“猫猫丸大明神神社” は代々、猫田一族が宮司を出して管理してきましたので、土地も建物も全てうちが所有権を持ってるんです」

「そうでしたか、では、権藤さんに訊いてみましょう」

 竹葉さんも昭恵さんも、それを聞いて少し安心したみたいだった。権藤さんは神社でも全然構わないということだった。なので豊さんは社務所の鍵を持ってきた。そして私たちは “猫猫丸大明神神社” へと向かった。


 懐中電灯で道を照らしながら神社への道を歩いた。“猫猫丸びょびょまる祭り” の日は、村人がたくさんいたので思わなかったが、少人数で夜道を歩くのはとても寂しく怖かった。

「怖いーーー!」

 案の定京子が悲鳴を上げた。

「おう、磯田、突然悲鳴を上げるお前のほうが怖いわ」

 神社の社務所まで来て、鍵を開け、中へ入った。電気が通っているし、机や椅子が置かれてあり、ソファもあった。

「では、権藤さん、しばらくの間、ここに住んで下さい」

 海山刑事が言った。

「はい。豊さん、わざわざありがとうございました」

「いえ、僕はとても申し訳なく思っています」

 権藤さんは礼を述べたが、豊さんはすまなさそうな感じだった。

「豊さん、ここ、奥の扉の向こうには何があるんですか?」

 係長が尋ねた。

「奥は宝物殿です、猫田一族のお宝が保管されてるそうです」

「へえー、なんか、学術的な価値がありそうな気がしますね」

 係長は興味があるようだった。だが、京子をこれ以上怖がらせるわけにはいかなかったので、すぐに猫髪屋敷へと戻った。

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