第29話 しし丸

 六日目の朝になった。水道管の工事が終了したと、恵子さんが知らせにきてくれた。

「やったー、シャワーできるわねー」

「そうね、一昨日からお風呂に入れなかったから、楽しみね」

「おう、まずは飯だぞ」

 私たちは食堂へ向かった。


 定番となった仕出し弁当とペットボトルのお茶が置かれたテーブルにつき、全員が一緒に朝食を取った。正代さんがいなくなって、昭恵さんは寂しそうだった。青田さんと赤羽さんは元気を取り戻してきたように見えた。


 食事が終わる頃に海山刑事が来て、みんなから聞き取り調査を開始した。弥太郎さんと進次郎さんコンビは文句を言っていたが、私たちも説得して何とか聞き取りを終えた。豊さん、昭恵さん、戌井弁護士、猿渡弁護士、使用人の方たちからも聞き取りを行った。特に不審な点は感じられなかった。


 私たちは屋敷の庭へ出た。関係者以外立入禁止のテープが池の手前に貼られてあった。

「個人宅の敷地内なのにー、立入禁止のテープ、必要ですかー」

「おう、そうだよな」

「すみません、こういう捜査、初めてなので慣れてなくて」

 海山刑事が申し訳無さそうに謝った。制服警官が何名か立っているその奥で、鑑識係が作業をしていた。潜水部隊が池の中を捜索しているようだった。

「あれ、県警の潜水部隊だよな」

「はい、言い忘れてました。昨日、県警の山崎課長から連絡がありまして、潜水部隊を送るということでした」

「山崎課長が海山さんに直接連絡したんですか?」

「はい。村田さんが電話に出ないということで、私にかけてこられました」

「おう?」

 係長はスマホを取り出して、履歴を調べた。

「あれ? 着信があるな。でも気づかなかったんだが、何でだ?」

「係長、水道管工事の音のせいではないでしょうか?」

「おう、たぶんそうだ」

「係長ー、鈍感ですねー、だからモテないんですよー」

「……それ、関係あんのか……」

 係長は考えるチンパンジーみたいな顔になっていた。

「海山さん、大次郎さんと照子さん殺害に使われた凶器、まだ見つからないんですね」

「はい、まだ……検死の結果、凶器は包丁やナイフらしいんです。だから近くに捨てられたんじゃないかなと思うんですが……」

「鋭利な刃物なのねー」

「あ、そうだ。実は今朝、駐在所の側にマスコミの車が数台来てました。パトカーが停まってて、制服警官が立ってるんで、やっぱ、事件があった場所だってバレますよね」

 海山刑事は困った感を出して言った。

「面倒だな、マスコミは」

「でも、係長。ここは猫田家の敷地ですから、マスコミは入って来られませんね」

「そうねー」

「あ、この猫髪村自体が、猫田一族の私有地らしいので、村の入り口に関係者以外立入禁止のテープを貼っておけば、効果ありますね」

 私たちが池の潜水作業を遠目に見ながら話し込んでいたら、いつの間にか、すぐ後ろに豊さんが来ていた、しし丸を抱っこして。

「あの、村田さん。しし丸が見つかったんですが、弥二郎さんたちの部屋にいたみたいなんです」

「え? ララさんとかがいた部屋ですね?」

「はい。さっき、部屋の前を通った時、中からしし丸の鳴き声が聞こえてきたんです。ララさんが救急車で警察署まで行ったから、誰もいないので、勝手に入ることに気が引けたのですが、少し戸を開けてみたんです。そしたら、しし丸が飛び出してきたんです」

 豊さんは不思議そうに話した。

「たぶん、ララさんたちがいなくなってから、しし丸が勝手に部屋に入ったんだと思います。けれど、気になるんです。しし丸が鳴き声を上げていたので……」

「それは、気になりますね」

「係長、調べてみましょう」

「おう」

 私たちは弥二郎さん一家三人の客間へ行った。


「一応、ララさんたちに貸し与えられた部屋だ。本来勝手に入るのはマズイが、緊急事態だから、いいだろ」

 係長は率先して部屋に入っていった。私たちよりも荷物が綺麗に整頓されてあった。

「係長、旅行カバンの中、調べましょうか?」

「おう、俺は何も見ていない。お前らが調べても、俺は何も見ていない」

 係長はそう言って壁の方を向いた。海山刑事は困った顔をしていたが、反論しなかった。私と京子は三つあるカバンの中を調べた。だが特に変わった物が入っていることもなかった。

「係長、特に何もありませんでした」

「おう、そうか」

 その時、豊さんの肩に乗っていたしし丸が畳の上に飛び降りて、押し入れの前に行き、こちらを向いて鳴き声を上げたのだ。

「え? 押し入れの中……」

 私はそうつぶやいて京子を見た。

「いやーーー! 押し入れの中ーーー! 何かいるーーー!」

 京子は耳を押さえながら絶叫した。海山刑事も豊さんも京子の変わり身にかなり驚いていた。

「京子、何もいないから」

 私が落ち着かせようとしても、耳を塞いだままで京子はぶるぶると震えていた。係長は面倒くさそうに押し入れの戸に手をかけた。一呼吸置いてから、係長は戸を一気に開けた。

「いやーーー!」

 京子は叫んだ。だがしかし、中には何もなかった。係長は頭を突っ込んで押し入れの中を見回したので、私はスマホのライトで係長をサポートした。しかし、押し入れの中は空っぽだった。

「あれ? 何もないな」

「はい、何もありませんね。京子、だから落ち着いて」

 京子はへなへなと畳の上に座り込んだ。

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